「二十世紀」を忘れないで

2018-09-02 | 【樹木】エッセイ
●梨花と春雨
 白居易の詩に、「梨花一枝、春、雨を帯びたり」とある。楊貴妃の美しさを「梨の花が春雨にけむっているようだ」とたたえている。
 梨は、桜などと同じバラ科の樹木で、春に、白い五弁の花をつける。シンプルで美しい。
 知り合いに、梨花という名前の美女がいる。今度会ったら、その名のいわれを尋ねよう。
●和梨の盛衰
 梨の花は春に咲く。そして、暑い季節に実をつける。
 梨は、和梨と洋梨とか、赤梨と青梨と言うように分類される。
 わたしが子どもの時分には、洋梨を見かけることはまずなかった。
 和梨の長十郎とか二十世紀と呼ばれる梨をよく口にした。
 今では、これらは、店頭での主役ではなくなってしまった。幸水とか豊水という梨の人気が高まり、多く生産され、よく食されるようになった。
 梨の世界にも、時の移ろいによる盛衰がある。
 ここでは、脇役となるつつある梨のことをしっかり記憶にとどめておきたいと思う。
 わたしは、長十郎のかための実でザラザラした食感もいいと思ったが、暑い季節には、なんともみずみずしく、そのさっぱり感、風味もいい二十世紀梨が好きだった。
 それもそのはず、二十世紀梨の水分は、なんと八十九パーセントで、解熱にも効力を発揮する。
●二十世紀梨の出自
 その二十世紀梨のことである。
 時は十九世紀、一八八八年、千葉県松戸のゴミ捨て場で、一人の少年によって、偶然に発見されたのである。
 少年は、その木を父の農園に移植し、十年の時を経て実が結ばれるようになったと言う。
 その実には、それまでにないみずみずしさと甘みがあった。
 来世紀の代表的な梨になるようにとの期待のもと、二十世紀梨と命名された。
 そして、期待どおりに二十世紀の売れっ子になった。
 ただ、二十世紀梨には、「自家不和合性」という性質がある。同じバラ科の染井吉野もそうなのだが、同じ木の花粉では受粉しないのである。それは、多様な子孫を残し、種を存続させるために大切な性質ともいえるが。
 そのうえ、ほとんど自然交配をしないそうだ。と言うことは、実をつけさせるためには、他の品種の花粉を手間隙かけて人工受粉させなくてはならない。
 つまり、二十世紀梨の味を守り、増やすには、接ぎ木、接ぎ木で同じ遺伝子をもつものを増やし、手間のかかる受粉作業をしなくてはならいと言うことになる。
 生産量がおちているにのは、その栽培のやっかいさも一因しているようである。
 時節柄、美女と一緒に梨を食べる機会もあるだろう。そんな時の話題に、こんな豆知識が役に立つこともあるかも。
●老いし小野小町
 謡曲「鸚鵡小町」に、老いた小野小町の霊が現れる。若き日、男たちの胸を焦がらせた女とされる小町だが、衰えたわが身の姿をこう語る。

 昔は芙蓉の花たりし身なれども
 今は藜藋の草となる
 顔ばせは憔悴と衰へ
 膚は凍梨の梨のごとし

 「時、人を待たぬ」。誰しも、いつしか老い、「あら恋しの昔やな」と。
 凍った梨のような膚とは、なんとも無惨だが、老いれば、それも現実。
 ゆえに、みずみずしいうちに、それゆえに得られる愉悦をと。
 (月刊誌「改革者」1918年8月号)
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はかなき桜

2018-05-22 | 【樹木】エッセイ
 時はめぐり、桜花爛漫の季節を迎えようとしている。
  四条五条の橋の上、
  老若男女貴賤都鄙、
  色めく花衣、
  袖を連ねて行く末の、
  雲かと見えて八重一重、
  咲く九重の花盛り、
  名に負う春の気色かな、
 謡曲「熊野」の桜に心浮き立たせる都の情景を謡った一節である。  さて、そんな桜のにぎわいもひと時のこと。桜は、花期も短く、時の移ろいを感じさせる。
 また桜は、芭蕉が「さまざまの事思ひだす桜かな」と詠んだように、過ぎし日への思いに結びつく花でもある。
●夜桜見あげて
 「花見はしましたか」
 「まだ。クルマで通りがかった千鳥ヶ淵の桜をチラッと観ただけ」
 「それじゃ、今から出かけよう」
 過ぎし日、美女と半蔵門から九段にかけて、千鳥ヶ淵の夜桜を見あげつつ歩いた。
 そして、夜寒にひえたからだを暖め合ったことを思い出す、あたたかい酒を酌み交わして。
 桜色に染まった細き指で盃にそそいでもらって。
 美女とのことには、忘れがたいものがある。しかし、そんな愉しさも、つかの間のこと。
 それに、美女と言えども、齢を重ねる。やがて、肉体の若さや美しさは失われる。人のさだめは、はかないものである。
●薄命の染井吉野
 はかなさついでに染井吉野のこと。今の日本の空を霞か雲かとするのは、染井吉野。明治以降にひろまった桜である。
 育つのが速く、花をつけ出すのも早いが、その命は短い。葉の前に花をつけ、なんとも見事だが、まことにはかない。
 美人薄命とも言える桜である。その生き急ぐ風情が人をひきつけもするのだろう。
 一方、しっとりした色気に欠けると感じる人もいる。樹齢百年を超える風格ある桜は、染井吉野ではない。江戸彼岸など別の桜である。
 色香濃艶な彼岸系の紅枝垂れ等を好む人もいる。
 あなたは、どちらをお好みだろうか。人それぞれである。
●色香残るうち
 さて、老いは誰にもやってくる。若き日に美男美女ともてはやされても、やがて衰え萎れて顧みられなくなるのは避けられない。
 それゆえに、友に、己れに言いたくなる。老いの翳濃くなる前に、色香の残るうちに、「恋せよ、元気なうち美酒を愉しめよ」と・・・・。
 色恋多き在原業平も老いを迎えて詠んだ。
  さくらばなちりかひくもれ
  老いらくのこむといふなる
  道まがふがに
 その意は、「桜の花よ、もっと散れ。雲がかかったくらいに散れ。そして、老いがやって来る道が見えなくしてしまえ」といったところか。
 人ごとではない。
 みずからの老いを感じだしているゆえか、謡曲の「西行櫻」の一節が身にしみる。「不思議やな朽ちたる花の空木より、白髪の老人現れて・・・」とある。その白髪の老人は、桜の花の精である。こう語る。
  あら名残惜の夜遊やな。
  惜しむべし惜しむべし、
  得難きは時、
  逢ひ難きは友なるべし。
 ある春の宵、酒席のあと、若い女性に尋ねられた。「わたし、そんなにいい子じゃないの」と言ったあと。
 「現役ですか」と。
 「もちろん」と応えた。加えて、「もう俺もながくはないさ」と言うと、励ましてくれた。
 わたしにまだ、春の気配が残っていたからか。
 「生きていれば、あたらしい恋が芽生えることもあるかもよ」と。
 嬉し侘しの花のとき。

(月刊誌「改革者」2018年3月号)
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竹と風と女人

2017-12-04 | 【樹木】エッセイ
 窓近き竹の葉すさぶ風の音に
 いとどみじかきうたた寝の夢
●うたた寝
 式子内親王の歌のひとつである。このように詠う彼女の心の景色はどんなものだったろうか。
 うたた寝でみる夢は昔日に恋したひとのことだろうか。
 これを読むと、淋しげな白いうなじを見せて、うたた寝する色香匂う内親王の姿が思い浮かんでくる。
 実際にどのような容貌をされた方かは知らないだけど、きっと美しいひとだったろう。
 彼女は後白河天皇の皇女として生まれ、斎院をつとめるなどされた。特殊な境遇・環境を生き、自由奔放とはいかなかったであろう彼女のやるせなさも思いやられる。それが、いとおしさをつのらせる。
 それにしても、美女のうたた寝は色っぽい。男の悪戯心をも誘う。
 何かの成り行きで聞いた現代の美女の一言。
 「旅先の電車で、うたた寝してたら、となりの男性が、膝にコートをかけてくれたの。気遣いじゃないのよ。いたずらするためなの、アタマにきたわ」
●竹の音
 また、式子内親王の歌からは、風にすさぶ竹の音が聞こえてくる。その響きは、人の想いを形而上の世界へとはこぶかのようだ。
 女性へのひとかたならぬ思いを抱いていた川端康成は、庭の竹笹の音を好んだと聞く。いやいや、文豪だけではあるまい。
 竹の音には、胸につもった埃も吹き払ってくれるところがある。
 竹の風鐸、風に竹と竹がぶつかる音、竹箒が地にすれる音、尺八、竹笛もそうだけど、竹による音には、人の感情を透き通った世界へと飛翔させる作用がある。
 そんな効用も含んでの武満徹の「ノーヴェンバー・ステップス」をはじめ、尺八を使うなどした竹にまつわる現代の名曲も多い。
●老女と筍
 ところで、色っぽい美女から離れて竹のこと。旬の筍はうまい。
 とりわけ、皮を剝いで囓る姫竹は、適度な歯触りがあり、甘みや香ばしさがある。酒のおともにするに「姫」と名のついているのも。
 秋田では、筍といえば、この姫竹をさすそうだ。
 うまいのは姫竹だけではない。筍は老女にも鬼女にも好まれる。
 一般的に食用とするのは孟宗竹。中国の原産で、日本に伝わったのは、将軍吉宗の時代と言われる。古来、日本にあるのは真竹で、苦味が強いものだった。
 冬場、年老いたお母さんが筍を食べたいというので、親孝行の孟宗さんが見つけてきたというのが、孟宗竹の名前の由来。
●鬼女と筍
 古事記の黄泉の国の話に、筍が出てくる。イザナギノミコトが、鬼女たちに追われたき、追い払おうと、鬘を投げてできたのが蒲子(えびかづら)で山葡萄のこと、櫛の歯を投げると生えてきたのが笋(たかむなな)、すなわち筍(タケノコ)。
 鬼女たちが、それを食べているスキに逃げたということである。
 鬼女に追われて、筍で対抗できた時代はのどかだったと言えるのか。
●少女と竹箒
 ある風の吹く秋の日、小学校一年の女の子とベンチにすわっていた。竹の葉もすさんでいただろう。
 枯れた落ち葉を拾うと、「何してるの」と聞いてきた。
 「おじさんは、植物学者なんだ。この葉脈を見ると、何の木の葉かわかるんだよ」と。
 植物学者というのは、嘘だった。
 「この葉は何」
 「あそこの大きな木から飛んできたんだね。ふつう落葉は秋だけど、竹の落葉は春なんだよ」
 傍らにおいていた竹箒で落葉を掃き出したら、別の箒を見つけて、手伝ってくれた。
 「君はきっといい女になるよ」
(月刊誌・改革者29年11月号掲載)
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病院にて酒と薔薇

2017-06-01 | 【樹木】エッセイ
 はかないこの世の愉しみは、酒と薔薇、そのように説く哲学に魅かれる。酒、美女に酔えば、この世の苦も遠ざかる。
          ◇          
 先だって、腹部をズバリと切らなくてはならぬ手術で入院した。
 その折、一人の先輩が見舞いにやってきた。
煩わしさを避けたくて、入院先は人に知らせなかった。ただ、その先輩にはついもらしていたのだ。
恐らく、氏の日頃の言動に、ものごとを煩わしくさせないスタイルを見ていたからなのだろう。
 先輩は、「本代」なるものを置いて帰った。
●美酒を想いて
 いただいた「本代」で、いささか値が張るので買うのをためらっていた一冊を入手し、病院で読んだ。
 沓掛良彦訳の「ギリシア詞華集3」、京都大学学術出版会が発行する西洋古典叢書の一巻である。「飲酒詩」や「風刺詩」なるものが収められている。
 要するに、酒をめでる詩に接したかった。どうしてかと言うと、今後、酒を禁じられることがはっきりしていて、それは、許容し難いことに思え、切ない抵抗心があってのことと思う。
 総督マケドニオスのやけくそのような次の言に、なんだか慰められた。
          ◇
 昨日病気で寝ていた俺の傍らに憎たらしい敵の医者めが立って、大杯で美酒を飲むのを禁じた。
 水を飲めと言いおったのだ。頭がからっぽの馬鹿者めが、ホメロスが酒こそは人間の活力の源と言ったのも知らんのだ。
          ◇
 その詞華集には、「若いうちに、存分にうまい酒をあおろう。やがて、老いが来れば、それも叶わなくなる」と厳しい現実をうたうものも収められている。老齢にかかっているわが胸に、残酷に響く。
●つぼみの看護師
 酒のつぎには美人看護師のこと。
 病院で、医師や看護師と接していて、「この人たち、よく働くなあ」と感じる。
 その人たちにとって、病人に接するのは、日常であっても、患者にすれば、非日常。尿道にチューブを挿され、術後にうら若き美女に抜いてもらうなんて、めったにあることではない。あっては困る。
 彼や彼女らは、下手をすれば、命を落としかねないと思っている患者をてきぱき処置していく。
 しかし、そうなるには学習や訓練が必要。入院してすぐ、看護学校の学生の実習に協力してもらえるか尋ねられ、了承した。
 若い女学生が、頻繁にベッドわきに来ることになった。まだつぼみの薔薇と言えるか。
 「シャワーにかかれるのはまだですね。蒸しタオルをお持ちしますか」等々、いろいろ気をつかってくれるが、いまいちタイミングがよくない。気づかないようだ。わたしの手にはタオル。
「今、さっぱりしたばかりだよ」。
 「血圧を計ってよろしいですか」と言われ、「いいよ」と腕を出すと、聴診器をあてての計測。
 「上は一三六、下の値がうまくとれません。もう一度いいですか」と何度も繰り返す。計測器を取り替え、やっと下を計ることができた。
 「あれっ、上は幾つでしたっけ」、あたふたして忘れたようだ。「一三六だよ」と教える。
 まだ、トータルな状況判断やプロ意識、計測テクニックが未熟。
 煩わしい見舞客ならぬ実習生とも言える。でも、それに腹を立てることはなかった。
 看護師を志すなんて、わたしには出来ぬ貴いこと。そばにいるだけで、患者が安心できるような一人前に育ってほしいものだ。
 なんとも切ない酒と薔薇の日々でした。
(月刊誌「改革者」2017年5月号)
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茶碗と美女たち

2016-12-27 | 【樹木】エッセイ
 和泉式部が「花もみな夜更くる風に散りぬらん何をか明日のなぐさめにせん」とうたったのは、春の花爛漫の季節が過ぎゆく頃のことであったろうか。
 しかし、この歌、四季の移ろいとは関係なく、人生の春遠くなり、齢を重ねていく者のこころに、深く沁みるものがある。
 花のごとき美女たちも老い、鬼籍に入った友も増え、身の衰えが現実となると、明日のなぐさめは何かと惑ってしまう。
●白い抹茶碗
 気に入りの茶碗でお茶をすすることを老後のなぐさめにしようというわけではない。ただ、以前から、焼き物には興味があった。
 神谷町で骨董屋をやっていた老人が造った徳利や盃を家で使っていた。仕事柄、目利きなのか、いにしえの名品を模してのそれは魅力的であった。そして、いつしか抹茶碗にも興味を抱くようになった。
 秋のはじめ、八王子の西放射線ユーロードで陶器市があるのを知って、出かけた。有田、唐津、萩、備前等々と全国津々浦々の焼き物がならぶ。
 その中に、福山に窯をもつ人が自分で焼いたものを売っている店があった。わたしより少し年下のお喋りの方で、わたしが手にとって見ていた茶碗の説明をしてくれた。
 「牡蠣の殻を粉状にして用いた。なかなかうまくできなかった」と。
 牡蠣好きのわたしとしては、放っておけず、買い求めた。
 茶碗やお茶に関心をもちだして、よかったことのひとつは美女との交流にひろがりができたことか。
●温かみのある茶碗
 以前、お祖父さん手造りという温かみのある茶碗でお茶を点れてもらった。点れてくれたのは、顔の輪郭が、ボッティチェリの描く女性に似てくっきりとした美女である。武人にして茶人の古田織部のことを教えてもらいもした。
 某日、彼女と焼き鳥と赤ワインで、よもやま話をした。いつしか、彼女も四十代なかばで、独身。
 「女は、本能に発するかも知れないけれど、子どもがつくれる時期を過ぎると結婚観が変わる。過ぎてしまうと、前のようには結婚を意識しなくなる」と、何だかふっきれたような言。
 これから子どもをつくることはないにしても、彼女はまだ若い。結婚と言う「呪縛」をはなれた次元で、もっと男との充実した関係をつくられんことを。世の中、男と女、男と過ごす愉しみは、多くの潤いや豊かさをもたらすだろうに。当然、わずらわしさもともなうだろうが。
 こう思うのは私の心の何ゆえか。
●しぶい茶碗
 自分と同世代の六十代後半の女性に対すると、いささか思いも異なってくる。
 かつて仕事の同僚で、今は裏千家の師匠をしている方が、時折、お茶会に招いてくれる。わずらわしい作法を教えてもらいもしたが、身につかない。でも、嬉しく思っている。
 それなりに立派な茶碗で、お茶を点れていただく。
 茶席で使われた柿の蔕と呼ばれるしぶい茶碗が気に入って、欲しいと言ってみたが相手にされなかった。
 当然ながら、彼女の周りの女性には、それなりの年齢の人、独り身の方も多い。皆、いまだ色香をたたえているとも言えるが、色事の対象として、見ることはない。
 「いい男を見つけてはどうなの」と声をかけても何だか他人事。
 私の心の何ゆえか。
 こんなことを言うと、「あなたのような禿頭の老人に、とやかく言われるのははなはだ迷惑、おおきなお世話、筋違い」とののしられそうである。
 さしずめ、わたしの「なぐさめ」は、こんなたわいもないことを言ったり書いたりすることか。
 (月刊誌「改革者」2016年12月号)
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はかなき夏の花と美女

2016-09-16 | 【樹木】エッセイ
 どうせ呆けるなら色呆けがいい、金銭呆けや名誉呆けよりも。そう言ってきたが、どうなることやら。望んだからと言って、その通りになれるものでもなさそうだ。
 齢を重ね、つくづく感じることがある。美女と酒を酌み交わし、気もつかわずあれこれ話をしていると、なんだか力が湧いてくると言うことだ。
 某日、同席の美女に、「一緒にいると元気になれるんだ。心も、そして体も。君は」と尋ねると、「わたしもそうよ」とのやさしい返事。
 そんな言葉にすがって明日を生きると言う次第。
●命短し
 いにしえのギリシアの詩人が歌っている。
 「どんな美女もやがて萎れて枯れて、打ち捨てられる。こころ蕩かす甘い言葉も聞けなくなるよ。色恋は今のうち」「花は散るからこそ美しいんだよ」なんて。
 美女を前にすると、色呆け志望の老人は、「命短し恋せよ乙女」と唆したくなるのだ。既に乙女とは言えない方にも。

 さて、命短し夏の花、いずれもアオイ科の植物のこと。
 以下は、美女との語らいの足しにでもなればとの豆知識。
 ツユアケバナ(梅雨明け花)とも言われるタチアオイ(立葵)。茎の下方から花が咲きだし、一番上の花が開くと、梅雨が明ける。
 そして、本格的な夏へ。ハイビスカスやフヨウ、ムクゲの花の季節となる。いずれも、朝に開いて、夕方に萎れてしまう命の短い花々。
●扶桑・仏桑華
 北畠親房の「神皇正統記」に、日本の呼び名のことが出てくる。そのひとつが「扶桑」。芭蕉も「おくのほそ道」で、松山の景色を「扶桑第一の好風」と言っている。
 この扶桑は、架空の神木、中国から見た東方の巨木のことで、日本の異称となったようである。
 また、扶桑はブッソウゲのことでもある。仏桑華、仏桑花、扶桑花と書いて、ハイビスカスのことである。植物の名はややこしい。
 もともと南国の花木で、マレーシアの国花である。
●芙蓉・酔芙蓉
 フヨウ(芙蓉)、スイフヨウ(酔芙蓉)からは、秘められた色気が思い浮かんでくる。
 酔芙蓉は、その花が、朝に純白、昼に淡い紅、夕に紅色にと変化するので、その名がつけられた。酒に酔って顔をあからめる色っぽい美女というところ。
 メシベの先が上に反り、内に秘めた情の濃さも感じられるのだ。
 女性を酔わせ、誘うのは、古来の男の手管とも言えるが、先に酔いつぶれませんように。
●木槿
 ムクゲ(木槿、槿)はインド、中国が原産とされ、その花は典型的な一日花。
 夏のはじめから秋まで長い期間、散っては、新しい花がつぎつぎと咲く。その生命力に着目して、韓国では「無窮花」と呼び、国花としている。
 一方、わが国などでは、はかない花の命に着目している。
中国の白居易は「槿花一日自ら栄を為す」と歌った。
 それで、世のはかなさを知るべしとばかり、「槿花一日の栄」「槿花一朝の夢」の言葉がある。

 過日、かつて民社党の国会議員秘書をつとめた顔ぶれが集まった。同窓会のようなもので、半分は女性である。民社党がなくなって、二十年以上が経っている。それで、皆の年齢も知れようというもの。
 時の流れは逆らいがたく、老いは無惨、花の命は短いと言う。
そうは言うものの、彼女たちのうら若き日を知るわたしには、みんな美女に見えました。
(月刊誌「改革者」2016年8月号掲載)
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玲瓏と臘梅の花

2016-03-24 | 【樹木】エッセイ
 福寿草、満作、その花は黄色。もうひとつ、臘梅の花も黄色。
 早春には黄色の花が多い。その理由について、誰かの本で読んだような気がするが、よく思い出せない。
 とりわけ、臘梅の花は冬の光に透けて美しい。透けていいのは、女性の衣だけではない。玲瓏としてなんとも魅きつけるものがある。
 寒風に頬を冷たくしながら見るというのもいい。
●蝋細工ですか
 名の由来には、諸説ある。ロウバイは、漢字で、蝋梅と書かれたり、臘梅と書かれたりする。
 その花びらは、飴でできているかのようでもあり、蝋細工ですと言われれば、そのようにも見える。故に、蝋梅。
 また、陰暦十二月のことを臘月といい、その時季に梅のような花をつけるからとも言われる。
 名前に梅とつくが、梅の種類ではない。どうして、梅がついたかにも、説はいろいろあるようだ。
 英語名は、ウィンター・スウィート。寒い冬に甘い香りを漂わすからだろう。
●長瀞の宝登山
 先年、長瀞の宝登山に、臘梅を見に行った。宝登山(ほどさん)は、古くは、火止山(ほどさん)と言われたそうだ。
 これは、日本武尊の東征での出来事に発する。山火事に遭った折、巨きな山犬が現れて、日本武尊を導いて救ったとの伝えによる。
 この山犬とは、狼のことだろう。山犬が日本武尊を救ったとの言い伝えは、秩父だけではない。奥多摩の高尾山や御岳山にもある。
 宝登山の斜面は見事な臘梅園となっている。その本数は約三千。東京、千葉、埼玉、神奈川のなかでは、他を圧して一番。
 山頂へのロープウェイの麓駅には、見頃情報が示されていた。約一万五千平方メートルの敷地は、西園、 東園と分かれていて、それぞれの開花状況である。
●あちらこちらの臘梅
 何かしら、古風で、懐かしさをも感じさせる花である。見れば、心の雑念も消えていく。お薦めである。
 これまでに見たあちこちの臘梅を思い出す。なんだか、よく覚えているのだ。そんなに珍しいものではないのだが。
 時折、多摩川べりの吉野街道を上流に向い、酒蔵がある澤ノ井で豆腐料理を食べる。食後、店の庭を散歩し、臘梅の花が咲いているのを見た。
 近くの吉野梅郷の入り口にも臘梅の木がある。梅がまだの時期に目を愉しませてくれる。
 吉野梅郷は、関東一の梅林とも言われたが、梅の木がウィルスに感染し、拡大防止であらかた伐採されてしまった。それで、今はさみしい。
 鎌倉、円覚寺の黄梅院で臘梅の花を見たことも思い出す。本数はないが、落ち着いた風情がある。
 京王線沿線の百草園にも。そこには、甘酒もあります。美女と訪れ、からだをあたためあうのもいいのでなかろうか。
●夏臘梅
 久しぶりに会った美女と植物の話をした。彼女は、多くの種類の草花を育てている。
 「夏臘梅(ナツロウバイ)って知ってる」と聞かれ、花の画像を見せてもらった。知らなかった。
 五、六月に枝先に半八重の花をつける絶滅危惧種。そのうち、どこかで見ることがあるだろうか。
 それはともかく、美女とそんなやりとりが出来てよかった。
木々の名前や野の草花、植物にまつわるあれこれに関心をもちだしてから、女性との話題に彩りが増えたように思う。花は交遊にひかりをもたらします。
●はなのひかり
 春を待つ季節。式子内親王作の歌をひとつ。
 この世には
 わすれぬ春のおもかげよ
 朧月夜のはなのひかりに
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乱舞する百日紅

2015-08-28 | 【樹木】エッセイ
●雨風にお祭
 そこは、百日紅(サルスベリ)の並木道だった。
 クルマを走らせていて夕立にあった。
 烈風に激しい雨、これでもかと言うほど花をつけた百日紅の枝が揺れる。花飾りいっぱいの御輿が激しく乱舞するかのようだ。まさにお祭。
 せわしなく動くワイパーの内側は、密室性が高まる。隣に美女がいたら、「雨宿りでもしようか」と誘いたいところ。
 いつまで経っても女性に対する思いが消えることがない。
 CDをセットする。ハイファイセットのフィーリング。
 「もう逢えないこと知ってたけど 許したのよ そうよ 愛はひとときの その場かぎりのまぼろしなの」
 なかにし礼の歌詞が心をくすぐる。
●みんな女性好きだった
 先般、二十代の頃からの友人に会った。
 みんな女性がこよなく好きだった。
 一人はイラストレーターというか画家、もう一人はカメラマン。二人とも、思えば、女性の人気を意識して選んだ道とも言える。かく言うわたしは、詩人を自称していた。
 「俺は今、田舎に住んでいる。女性と何かあれば、またたくまにあたりに知れわたる。やれないな。それに、女房にわるい」
 「仕事柄、今も女性に接することは多い。機会は多いけど、しない。悪評が立てば、仕事がもらえなくなってしまう」
 みんな、「良識」をわきまえたおじさんになってしまった。
●その花を見よ
 さて、百日紅の花のこと。
 日盛りの百日紅の赤い花は暑苦しい。白花であっても、もこもこして暑苦しい。
 その花を近くでゆっくり見た人は案外少ないのでなかろうか。よく見ると、思わず「こんなだったのか」と声をあげたくなる。
 百聞は一見にしかず、見かけたら、ぜひ足をとめてみてください。
 花の真ん中に丸い粒、その粒から細い糸がのび、その先に、フリル状の花びらがひろがっている。
 そして、その粒は時来れば、開く。中央に、長い雌蕊が一本。その周りに四十本もあろうか、雄蕊が立つ。そのうちの六本が、長く伸びている。この六本だけが、生殖能力をもっている。
 その他大勢の雄蕊は、昆虫たちをおびき寄せるためにあるそうだ。昆虫があって、花粉を拡散、子孫を残せることになる。
 それぞれ、役割があるものだと知る。たんに、おとりになるのは、さみしいが。
 いささか、百日紅とは異なるが、かのイラストレーターは、女の子をおびきよせる能力にたけていた。故に、わたしも付き合っていたという面を思い出した。
●樹肌をなでる
 百日紅は、花期が長いこともあって、その名がついている。別名、猿滑り。
 樹肌がツルツルになるのは、樹皮が剥がれ落ちるからである。
 樹木に関心をもって眺めるようになって、サルスベリの他に、樹皮が剥がれ落ちる木を知った。
 シャラノキ(沙羅の木)とも呼ばれるナツツバキ(夏椿)、その肌はまだら模様。
 リョウブ(令法)の樹肌もツルツル。
 フトモモ科のユーカリも樹皮が剥がれ落ちる。その白っぽい肌をなでてみたことがある。ザラザラしていた。荒れ肌である。
 そう言えば、はげているのは、これらの木ばかりではない。いつしか俺の頭も。
 フトモモならぬ樹肌を撫でて、あれこれ言う禿頭のじいさんになろうとは。
 百日紅を見て、過ぎし時を思う。女性への思いだけは、散らさずにいたいもの。
 加賀千代女の句に「散れば咲き散れば咲きして百日紅」
(月刊「改革者」6月号掲載)
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老いて色香を

2014-11-04 | 【樹木】エッセイ
 先般、九十七歳で、天に召された知り合いの女性がいた。友人が、彼女の思い出を一文にした。
 彼女の幼子のように純真な信仰にふれ、神さまの恵みのうちに自分もあることを感じたとあった。
 某日、入院中の老女を見舞いに行った。いささか意識が混濁しているようであったが、看護師への愚痴を言い、自分の病気のことを顧みず、家に帰りたいと口走っていた。
 人は時と場で、異なった相貌を見せるものであるが、なんだか悲しかった。
●美女も老いれば
 時は、晩秋へ。枯葉の季節。木々は枯れて、葉が落ちても、翌年には新しい葉が芽生えるが、人は枯れる一方。そのうち火葬場行きとなる。
 美女も時経れば、老婆となる。
 老いて、色香ただよわす女性もいるが、ただ醜悪となる女性も多い。 年増の独り身の女性に、よく言ったものだ。
 「いまのうちだよ。もっと年をとると、誰も振り向かなくなるよ」
 「色恋に身を焦がした女ほど、老いても色香を残すものだよ」
 これも、女をたぶらかそうという男の言い草か。こんな戯れを楽しんでおられるのは恵まれたことか。
●安達ヶ原の鬼婆
 人それぞれ、さまざまな星の下に生まれる。自らの力では、なんともし難く、鬼婆となることもある。
 謡曲「安達ヶ原」でおなじみの黒塚の鬼女の話である。荒涼とした枯れ野に吹く風にのって、おのれの業に呻吟する老女の声。そこは、陸奥の安達ヶ原、鬼となった女が棲み、旅人の肉を喰らい、血をすすると言われた。
 伝説では、公卿に仕えていた乳母が、公卿の子の病気を治すには妊婦の生肝が必要との占いにしたがい、それを求めて旅立つ。
 そして、安達ヶ原で見つけた妊婦の腹を裂き、肝をとりだした。殺した後で、その妊婦が、自分を尋ねて諸国を廻っていたわが子と知る。老女は驚愕、狂って鬼女となる。
 無残な運命とも言えるが、老女のうちには、鬼女となる要素があったということか。いや、その可能性は誰にもあるものであろう。
 我欲にとらわれず、他への思いやりを失わず、自制の心を身につけることが大切なのだろうか。
●あの桜を観ない春なんて
 いささか前のことだ。時は春、ところは京都。知恩院の前を通って、円山公園に入った。広く知れ渡っている枝垂れ桜の周りには、人のにぎわいがあった。
 車椅子を止めて、ゆっくり眺めている人も何人かいた。長年、あの桜を観てきた人かなあと思った。からだは不自由になっても、桜は観なくてはということなのかなと、その心根が、なんとも嬉しかった。
 そう言えば、車椅子に座っていたのは、みな姥桜だった。
●姥桜の色香
 京の桜守である佐野藤右衛門の「櫻よ」という本を数年前にとても楽しく読んだ。
 円山公園のかの枝垂れ桜のことにふれて、次のようなことが語られていた。
       ◇
 姥桜はええなぁ。「色香」がある。花にはみな「色気」があるんです。その「色気」を通り越すと、「色香」にかわる。・・・桜も姥桜になると、それまでの「色気」にかわって、ものすごい「色香」が出る。・・・それで、場所が祇園やから、ますます「色は匂へど散りぬるを」ですわ。
       ◇
 男のことは、さておいて、女性のなかには時折、老いて、気品を増す方がいる。
 願わくは、平穏無事に過ごしたいもの。勝手な言い分であるが、老醜で厭われたり、鬼女になったりせず、いつまでも色香をただよわす女性とともにいたいもの。
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オリーブで愉しく

2014-06-04 | 【樹木】エッセイ
●中道左派の木として
 政治の舞台に、時折、「オリーブの木」という言葉が登場する。もともとはイタリアでの中道左派連合の運動で使われた。
 日本でも、何人かの政治家が、政党連携の構想で使った。オリーブと言うと、西洋風でなにやらカッコよさそうという面があったのかも知れない。
 ただ、オリーブの木の樹形は、カッコいいとは言えない。枝の伸び方が不規則なのである。形をよくしようとすれば、梅の木と同じで剪定が大切となる。
●美女との食卓で
 オリーブのイメージを利用して、カッコをつけるということでは、人をけなしたりできない。私もしているのだ。
 美女と西洋料理を食べる折、パンが出てくると、オリーブオイルを注文するようにしている。
「塩分の多いバターを塗るより、オリーブオイルをつけた方がヘルシーだよ」とか言ってカッコをつける。少しは、好感度が増すかとの下心で。いずれにしろ、いつまでも元気に美女と楽しい時を過ごすためにも、オリーブはおおいに摂らなくては。健康にいいのである。
●血液の循環にかかわる
 オリーブの樹形はカッコわるくても、その実は、多くの恩恵を人にもたらす。動物の肉をよく食べるヨーロッパで、循環器系の病気が少ないのは、オリーブオイルの摂取が多いからとも言われる。血液の流れをよくするようである。
 オリーブが健康にいいと知り、また、そのスペイン産のオリーブの実の缶詰が廉価で手に入ることをいいことに、大いに買い込んで失敗したことがある。
 愚かなる私は、毎日、大量に実を食べた。ある日、医者に「血圧が高すぎる。治療を始めますか」と言われた。その実は塩水につけられていたのである。要するに、塩分の取りすぎだった。
 翌日から、しょっぱい実を食べるのはやめた。ただ、オイルの方は、毎朝、サラダにかけるなどして、かなり摂っている。
●哲人タリスの大儲け
 オリーブにまつわるいにしえのエピソードをひとつ。
 古代ギリシアの哲人、タリスがオリーブオイルの搾り器を借り占めて、大儲けをした話である。
 哲学の祖とも言われるタリスは、夜ごと、岩山に腰を下ろし、星空を仰いでいた。何をするでもなくボケーッとしているように見えた。
 それで、村の女たちに「役立たずのおじさん」と、馬鹿にされてしまった。当然といえば当然の成り行きである。女たちを咎めてもはじまらない。
 タリスは、言われっぱなしは、哲学者の沽券にかかわると一案を実行にうつした。金儲けをすれば、みんなが見直すか、そんなの簡単なことであるぞとばかり、みんなの鼻を明かしたのである。
 タリスは、ただ夜空を眺めていただけではなかった。天体の動きを見て、近く、オリーブの実の豊作が到来することを予測したのである。
 その地方では、不作続きで、搾り器の借り占めに走ったときも、不信を抱かれることはなかった。やがて、オリーブの枝に実がたわわとなる。実は収穫され、オリーブ農家の人たちが、搾り器の前に行列をつくることとなった。
 タリスは、搾り器の使用料をそれなりにとった。儲けた金には目もくれなかったという。カッコいいね。
●恵み多き特別の木
ヨーロッパでは、オリーブは特別の木、その実は大事な食用であり、平和のシンボルでもある。
 ギリシア神話では、知恵の神でもあるミネルヴァの神木。旧約聖書の創世記では、大洪水のあと、ノアの箱船から放たれた鳩が嘴にしてきたのもオリーブ小枝である。
 「オリーブの木」は、わが国政治では実りがないが、オリーブ自体は、女にもてるためにも、健康にも、金儲けにも大いに有用という次第。
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美女たちと柿

2014-06-04 | 【樹木】エッセイ
 今は昔。昨年、一昨年の国政選挙を境に、仕事場の環境が大いに変わった。
 秘書業から解放されたのはよかったとも言える。しかし、国会の議員会館に勤務していた時には、近くに美女たちがわんさかいたが、そうではなくなった。
 「お昼を食べに行こうか。ビールでも飲みに出かけようか」と、美女と席をともにする機会に恵まれていたのだが。
 今は、新橋にある小さな事務所でわびしく仕事をしている。
 それで、美女がらみのことを書こうかと思ったら、今は昔となった。
 柿にまつわるあれこれである。
●柿の蔕(かきのへた)
 昨秋、美女からのお誘いがあって、お茶会に行った。紅葉した楓が美しい庭園にある茶室で、手にした茶碗がある。
 「柿の蔕」だった。その渋い風合いに、「いいなあ、欲しいな」と口走り、亭主の美女に無視された。
 柿の蔕と呼ばれる茶碗は、高麗もの。枯れ落ちた柿の蔕を思わせる薄汚くもある色合いをしている。「寂び寂びと冷え枯れた趣」などと表現されたりする。いささかいびつなその形もいい。
 お茶をいただいたあと、私と同じく客の美女三人と庭を散歩した。色っぽい出来事はなかったけど、それなりの秋の一日。
●干し柿スライス
 そして、秋から冬へ。
 美女と一緒に、高尾の冬蕎麦を食べに出かけた。
 東京の京王線をご利用の方には、知られたことであるが、毎年、冬になると、高尾山口周辺の蕎麦屋と京王電鉄がつるんで、「冬蕎麦」アピールのキャンペーンがはられる。
 とろろの温蕎麦をメインとした各店の蕎麦の写真が並んだポスターを目にすると、無性に食べたくなる。 高尾山に登るケーブルカーの駅近くに人気の蕎麦処「高橋家」がある。そこで、甘味のひとつとして、「秋日和」と名付けられた干し柿をスライスしたお菓子が食べられる。店のレジ脇で売ってもいる。
 なんとも、上品な風味で、人にお薦めできる一品である。和風の美女へのお土産に如何だろうか。
●柿の葉寿司
 「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」正岡子規の有名な句だ。
 奈良の名産のひとつに柿の葉寿司がある。鯖や鮭、小鯛の切り身を寿司飯にのせ、殺菌作用もある柿の葉にくるんでつくられる。柿の葉の香りが愉しめるのである。
 鯖は、若狭から運ばれる。その通り道は、鯖街道と呼ばれる。
 その時、滋賀県大津市にいた。衆議院選挙の真っ最中だった。滋賀から、奈良へ勤務場所が移っていた美女が、差し入れで、柿の葉寿司を持ってきてくれたことがあった。
 無粋な選挙事務所で食べた柿の葉寿司がうまかった。そんな場所でのこともあろうか、忘れられないことのひとつ。
●柿泥棒
 男にとって、至福な時というのは、美女に目覚める前の少年時代にあるように思う。
 「柿の木は竈の煙のあたるところを好む」と言われる人里の木、煙の絶えた空き家の庭に、立派な柿の木があった。大きい見事な実をつけるので、日頃から目を付けていた。
 遊び仲間でグルになって、柿泥棒。見張りをたて、木に登る者、もいだ実を下で受け取る者、役割分担をして、大量に収穫した。楽しい思い出である。
 さて、柿の木の学名は、Diospyros kaki(ディオスピロス・カキ)。「カキ」で世界に通用する日本のフルーツである。そのうまさは、世界に誇れるものと思っている。
 与謝蕪村に「柿の花」を詠み込んだ句がある。
「柿の花きのう散しは黄ばみ見ゆ」
 時は五月、その花の季節となる。
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美女たちとの「別れ」

2013-03-02 | 【樹木】エッセイ
 浮世はのう、所詮あそびか芝居小屋/くすむ心をさらりとすてて/かぶきたまえや
 それは御免と言いやるならば/忍びたまえや世の憂さを
 古代ギリシャの詩人、パルラダースの「浮世」という詩、沓掛良彦氏の訳である。
 まるで、酔っぱらいの繰り言のごとくでありながら、胸にグッと迫るものがある。
●浮き草稼業として
 第四六回衆議院選挙は、自民党の圧勝、民主党の惨敗で終わった。衆議院議員の多くが入れ替わった。
 開票日、選挙速報を見ながら、民主党の国会議員の秘書たる私は、国会を離れる議員のこともさることながら、議員会館からいなくなる同僚秘書たちのことが気にかかった。そして、自分もその一人になった。
 私は、民社党本部の書記を経て、昭和五十四年から平成二十四年まで、ほぼ三十三年間を衆議院議員の秘書として過ごしてきた。その仕事に区切りがつくことになった。
 秘書になった当時、先輩から、「お前は馬鹿だ」と罵られたことがある。また、「秘書は浮き草稼業でしかないぞ」と脅されたこともあった。未だに、その意味が判然としないところがあるが、先輩の言は、しつこく耳に残っている。
 これまでにも多くの秘書仲間が、いずこかへ消え、今回は大量に「消える」人が発生した。確かに、浮き草稼業と言えば、そうかも知れぬ。
●さまざまな秘書たち
 政治活動というのは、本来は、自分の政治的思いを実現するために行うものであろう。しかしながら、秘書になると言うことは、自分自身の思いに従うというより、ついた議員の考え方に従わざるを得ない立場に身を置くことになる。その上、議員の性格による影響を大いに受けることになる。
 政治的意見の基本線が同じであれば、多少の意見や性格の不一致はクリアできるであろうが。
 また、秘書の中には、所属組織の都合によってなる者もいる。政治への考えをもちあわせず、同志意識も希薄な単に職務としての秘書もできることがある。議員によっては、そんな秘書を求めもするが。
 「お前は馬鹿だ」と言われたのは、秘書になってしまうと、折角の自分自身の思いが、台無しになってしまうぞと言う意味だったのだろうか。●「あそび」ではすまなくて
 いずれにしろ、政治的意見が議員と対立する場合は、どうしようもなければ秘書をやめるか、許容範囲なら議員に合わすということになる。
 政治的見解を問われた場合、自分の意見があっても、議員ならどう思うか、その政治的立場にも配慮しての対応となる。
 そんなことどうでもいいじゃないか、「浮世は、所詮あそびか芝居小屋」と割り切ってもいいのだろうが、それもなかなか勇気のいること。秘書の本文をはずれることになる。
 結局、三十余年も秘書をやった私は、常識的でおもしろみのない奴ということか。だけどまあ、私は、ひとつの政治理念の流れに身をおくことができ、恵まれていた。
●スイートシェリーで
議員会館の片付けが一段落して、私の今後を気遣ってくれた男の旧友に誘われ一杯やった。ありがたいことであるが、勝手な思いこみであれこれ心配されるのは煩わしくもあったが。
 早々のお開きで、私はひとり、近隣の女性秘書による会合へ行った。私は、その女子会への参加をゆるされていた。美女たちに囲まれて、日頃、飲むことがない甘ったるいスイートシェリーを注文した。気分転換であった。私は、いつも通り、エロチックな話をして、「声が大きい」とたしなめられながら楽しいひとときを過ごした。
 もう、こういう機会もなくなるのだろうか。
※政策研究フォーラム発行、月刊誌「改革者」2013年2月号掲載
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金木犀の香りに

2013-01-16 | 【樹木】エッセイ
 細身の麗人が、扉を開けて外に出てきた。庭にいた私を見かけて、「いい香りがするわね」と言った。
 「そこの金木犀だよ」と応えた。
 時は秋、金木犀が、だいだい色の花をつけ、いい香りを放っていた。
●九里香
 早春の沈丁花。
 初夏の梔(くちなし)。
 秋の金木犀。
 これら、三大芳香花と言われる。
 金木犀は、その芳香から九里香の名もある。
 金木犀と言う名の金は、花の色。木犀は、木の犀。白っぽく平滑な樹皮が、動物のサイに見たてられての命名と聞く。
 名の由来はともかく、香りから、その存在を感じさせる花木と言えよう。金木犀はモクセイ科の小高木。樹高もせいぜい四メートルくらいで普段は、常緑の変哲のない樹木。
 花期というか、香りの季節にしか注目されない。
 大概の人は、その香りに秋のおとずれを感じたりするが、知人に金木犀の香りが嫌いだという人がいた。アレルギー反応が出るとのことで、おきのどくと言うしかない。
 金木犀にしても、レーゾンデートルともいえる香りが嫌われては、立つ瀬がない。
●色香がない
 私は、その香りが嫌いというわけではないが、何かものたりない、人をもの狂おしくさせるものがないように感じている。
いささか偏った言い掛かりかも知れぬが、金木犀は、総じて、色気不足でないか。
 金木犀は、山桃や銀杏と同じく、雌雄異株。日本の金木犀は結実しない。種をつけないのである。
 江戸時代、中国から渡来したとされる金木犀は雄株だった。雄株ばかりが挿し木で広まった。
 雌株がいないのだ。要するに、雄と雌の交わりがないのである。男ばかりでは、色気もあったものではない。
●三嶋大社の古木
 日本で一番大きな金木犀が、静岡県の三嶋大社にある。大きいと言っても、天に向かってぐんぐん伸びる樹種とは異なる。樹高約二○メートル、根元の周囲、約四メートルというところである。
 推定樹齢一二○○年。日本で一番高齢の金木犀である。二○~八○年前に富士山麓に降った雨が、伏流水となり、湧き出して、その水の恵みを得て生きている。
 三島の町を歩いてみよ、道端に澄んだ水がたっぷり勢いよく流れている。遠くないところに、環境省が「名水百選」に認定している柿田川湧水(清水町)もある。
 いずれにしろ、その長命と勢いのもとは豊かな水にあるようだ。
 三嶋大社は、神に愛でられた地に建っていると言えよう。
●老い避けがたし
 数年前に三嶋大社の金木犀を見に行った。
 連れの美女に、「これが日本一の金木犀」と教えはしたが、「へぇ」というレベルの反応。
 樹勢に衰えが見られ、写真で見ていた鬱蒼とした感じがなく、なにやら色褪せて、全体にスカスカしていた。いささかがっかり。
 美女に感嘆の声をあげさせられるものではなかった。
 三嶋大社の金木犀は、かつては花の季節になると、二里四方に香りをただよわせたとも伝えられている。また、生命力に満ち、花も一度満開になって散ったあと、もう一度花をつけると言うことであった。
 歳月の流れによる衰えは、人にしろ、樹木にしろ、いたしかたのないものである。
 木を見て、己が身のことも思う。衰えたりと言えど、未だ花をつけ、人々を惹きつける三嶋大社の金木犀には、はるかにおよばないなと。
 樹木の命にくらべて、人の命のはかないことも。
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いにしえの梅の宴

2012-03-14 | 【樹木】エッセイ
●植物の恵み「美女の連鎖」
 昨年十二月、美女からのメッセージ。「首相官邸下のツワブキの佇まいが見事です」
 ツワブキ(石蕗)の絵が載った雑誌が添えられていた。私が、植物に関心があることを知ってのこと。
 ツワブキはキク科の常緑生多年草。その年も残りが少なくなったことを知らせるように黄色の花をつける。葉には光沢がある。それで、その名は、艶葉蕗(ツヤバブキ)から転じたとも言われる。
 別の艶っぽい美女に、「官邸下のツワブキを知ってるか」と尋ねると、「そお。すてきよ」と、案外知られていることのようだった。
 そして、花をつけた見事なツワブキを見たのは、「一緒に見に行こう」と言っていたはじめの美女でなく、もう一人、別の美女とであった。「煮物のキャラブキには、この茎からつくられるのもある」などとの知識も披露。これらの交わり、ささやかな愉しみと言えようか。
 私の植物への関心は、美女三人との機縁となったわけである。
●花をめでる心
 樹木や草花に関心を持ち出して、もう七、八年だろうか。町や野で見かける樹木の名前を余りに知らないことに気づいて、己の無知を何とかしたいと思ったのが切っ掛けだった。
 以降、植物に関する本も相当手にした。それで、幾らかの知識を得た。そのことは、わたしの暮らしを豊かにしてくれたと思う。
 外を歩きながら、見かけた植物についててのあれこれの知識を連れに話す楽しみができた。
 そして、植物と文化との関わりについても自然に知るようになった。古典に出てくる植物のことも。
 そして、花をめでる心が、いかに人の心を慰め、暮らしを豊かにしてきたかにも気づいた。
 梅の花の季節となるが、わたしの美女とのはかない接点ではなく、次のような高尚な交わりがあったことも知った。酒杯もめぐる愉しい宴である。
●大伴旅人の酒宴
 天平二年正月十三日、大宰府、大伴旅人卿の庭で、梅の宴が催された。
 天候に恵まれ、梅花をめでて三十二首の歌が詠まれた。いにしえの人たちの心の豊かさが察せられる。
 豊後守の山上憶良は、次のような歌をのこした。
 春さればまづ咲くやどの梅の花ひとり見つつや春日暮らさむ
宴の主人であり、大宰府長官であった旅人は、次のように詠んだ。
 わが園に梅の花散るひさかたの天より雪の流れ来るかも
 視野の広さ、おおらかさを感じさせる歌である。
 そして、土師宿禰百村は、次のような生きてある喜びの歌。私の気に入りの一首である。
 梅の花咲きたる園の青柳をかづらにしつつ遊び暮らさな
 梅の花を機縁に、友との時を愉しむ宴、うらやましい限りである。
●「快楽主義の哲学」へ
 これらの歌は、万葉集の第五巻に収められている。この段には、旅人による序があり、「快然自ら足る」とある。
 愉しみ優先の思想が察せられる。刹那主義という言い方も出来るかも知れないが、世の雑事に乱れる心を静めるため、とりとめのない教義にすがるより、現実のなかで愉しみを見いだし、心の救済、平静を得るすべを体得しようとするスタンスをとっていると言えないか。ギリシャ哲学でいう「アタラクシア」を得ようとする魂の姿勢である。
 大伴旅人は、老荘思想に親しんでいたと言われる。老荘は、エピクロスの教説に共通するように思う。旅人は、エピキュリアンたろうとしていたのか。共感するところがある。
 願わくは、美女と共に梅の宴を。
 旅人の一首。《生けるひと遂にも死ぬるものにあればこの世にある間は楽しくをあらな》
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議員と秘書のその後

2011-09-16 | 【樹木】エッセイ
●議員と秘書でなくなって
 「千鳥ヶ淵の桜、すごかったよ」とケータイの画像を見せてくれた。見せてくれたのは和田一仁さんである。もう三年くらい前のことだ。
 和田さんは、衆議院議員を十五年ばかりつとめた。その間、私は秘書であった。
 議員と秘書の関係もさまざまである。気心が合えばいいが、合わないと不幸なことになったりする。議員事務所の規模は小さく、配置転換などという逃げ道はない。
 幸い和田さんとは、同じ民社の同志として、その政治信条に違和感を覚えることもなく、歩むことができた。ただ、事務所運営やこまごましたことなどで、嫌気を覚えることもあった。何もかもピッタリうまくいくことなんてない。
 平成五年の総選挙に和田さんは落選し公職から離れた。私は、秘書という立場から解き放たれ、抱いていた複雑な気持ちは、きれいさっぱり消えてなくなった。
 以降は、よき先達、いささか失礼な言い方かも知れないが、よき友として付き合わせてもらった。そんな気楽な付き合いでのひとこま。
●上溝桜を知ってるか
 和田さんとよく一緒になる昼食会のテーブルに、花をつけた桜の枝が花瓶に挿してあった。まだ、桜花盛りの季節の前で、早咲きの啓翁桜(ケイオウザクラ)だった。小さく淡い花色は可憐でなんとも気持ちをなごませてくれた。
 それからしばらくした同じ席だったと思う。和田さんが、「ウワミズザクラ(上溝桜)って、知っているか」と私に尋ねた。
 私が、樹木に関心を持ち出していることを知っての問いかけである。
上溝桜は、白くて小さな花が穂状をなして梢に垂れる。そうと知らなければ、サクラとは思えない、変わり種である。和田さんの住むマンションの敷地内に二本あって、花をつけているという。その名は、森林インストラクターをされている方が教えてくれたそうだ。
 議員と秘書であった時分には、お互い樹木に関する知識も薄く、そんな会話はありえないものだった。
 なんだか時の流れを嬉しく感じたものだ。
●国会の銀杏を植える
銀杏は、地球に恐竜が跋扈する時代からの古い樹木である。一科一属と希有な植物。
 そんな銀杏の実のこと。
 和田夫人の保子さんが、「主人が、国会議事堂裏のイチョウ並木から、実を拾ってきて植えたんだけど、うまく生えてくるかしら」と言った。
 私が、多摩動物公園で櫟の実を拾ってきて、植木鉢で苗に育てたと自慢げに言っていたのに触発されたのかも知れない。
 実生の苗を育てること、それを国会の銀杏でやろうとするところ、いかにも和田さんらしいなと思った。なにしろ、幼少の頃から片山哲や安部磯雄という政界の大物に囲まれて暮らし、秘書、議員と常に政治のなかに身をおいた人である。国会への思いには強いものがあったと思う。
 和田さんが植えた銀杏の実、その後、うまく芽を出したとは聞いていない。
●時の流れに
 和田さんが議員をやめた後も元秘書他が年に二回集まり、ボスを囲んでワイワイガヤガヤやってきた。楽しい酒席である。
 そんな折、和田さんに「もう、こわいものはないだろう。思い通りにやればいい」と言われた。なんとも嬉しかった。
和田さんは、昨年十二月に八十六歳で亡くなられた。
 時の流れは残酷で、老いは進む、病気も得る、愛する人も死ぬ。だけど、和田さんと樹木のことを語りあえたりできたのは、時の流れがあったから。
 生きてともにあったから。
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