夫に先立たれ、窮状にある母をみかねて、少年は、己の身を売り、金を残して、母のもとを去る。少年の名は櫻子という。
母は、いかに困窮にあろうとも、わが子の顔を見ての暮らしに慰めもあったと嘆く。行方知れずの子を思い、思い思って気がふれる。そして、子をさがし求め、放浪の旅に出る。
常陸の国に櫻川という櫻の名所がある。時は、花の季節である。花見のにぎわいのなか、人々は、物狂い女の舞を心待ちにしている。
桜花 散りにし風の名残りには
水なき空に波ぞ立つ
思ひも深き花の雪
散るはなみだの川やらん
折しも、山に風が吹き、花が散り、その花びらが櫻川の水面を流れる。花びらの流れるさまに、気が昂じ、美しい掬い網をもった女は、ひとひらものがさじと、狂いの舞を舞う。袂を水にひたし、裳裾を濡らして。
流れぬさきに花掬はん
げにげに見れば山颪の
木々の梢に吹き落ちて
花の水嵩は白妙の
波かと見れば上より散る
桜か
雪か
波か
花かと
浮き立つ波の川風に
能「櫻川」のことである。哀しさ、切なさ、美しさに狂気、ないまぜの作である。紀貫之に次の歌があり、この能のもといをなしている。
常よりも春べになれば櫻川 波の花こそ間なく寄すらめ
もう一首。
さくら花散りぬる風のなごりには 水なき空に波ぞ立ちける
話は、母と子の出会いにいたり、「親子の道ぞありがたき」と終わる。
ここには、狂を誘う櫻がある。
母は、いかに困窮にあろうとも、わが子の顔を見ての暮らしに慰めもあったと嘆く。行方知れずの子を思い、思い思って気がふれる。そして、子をさがし求め、放浪の旅に出る。
常陸の国に櫻川という櫻の名所がある。時は、花の季節である。花見のにぎわいのなか、人々は、物狂い女の舞を心待ちにしている。
桜花 散りにし風の名残りには
水なき空に波ぞ立つ
思ひも深き花の雪
散るはなみだの川やらん
折しも、山に風が吹き、花が散り、その花びらが櫻川の水面を流れる。花びらの流れるさまに、気が昂じ、美しい掬い網をもった女は、ひとひらものがさじと、狂いの舞を舞う。袂を水にひたし、裳裾を濡らして。
流れぬさきに花掬はん
げにげに見れば山颪の
木々の梢に吹き落ちて
花の水嵩は白妙の
波かと見れば上より散る
桜か
雪か
波か
花かと
浮き立つ波の川風に
能「櫻川」のことである。哀しさ、切なさ、美しさに狂気、ないまぜの作である。紀貫之に次の歌があり、この能のもといをなしている。
常よりも春べになれば櫻川 波の花こそ間なく寄すらめ
もう一首。
さくら花散りぬる風のなごりには 水なき空に波ぞ立ちける
話は、母と子の出会いにいたり、「親子の道ぞありがたき」と終わる。
ここには、狂を誘う櫻がある。