フランスの詩人ピエール・ルイスに「ビリチスの歌」という作品がある。散文詩と言っていいのだろう。ビリチスについては、「伝」があって、その冒頭部分を以下に写し載せる。引用は、鈴木信太郎訳譯の角川文庫。
「ビリチスは、紀元前六世紀の初めの頃、パンフィリイの東部、メラス河畔の一山村に生れた。この邊は、鬱蒼たる森に蔽はれ、タウルスの巨大な山塊が聳え、幽邃なもの悲しい地方である。石灰質の泉は岩間から迸り、鹽分を含む大きな湖が山の高みに淀み、谷間は沈黙に滿たされてゐる。彼女は、ギリシャの男とフェニキアの女との間に生まれた娘であった。・・・・・・・」
ともかく、まだ豊かな森があった時代であることが分かる。
この詩集の第1部「パンフィリイの牧歌」の一番最初に出てくるのが、「樹」という題の詩である。このブログは、樹木のことを中心にしているので、紹介しておこうかと思った。
著物を脱いで 樹のぼりをした。裸の腿で、滑らかな 濕つた樹肌を 抱き締めた。サンダルが 枝から枝と渡つてゆく。
天邊で、木の葉がくれに暑さを避けて、木の股に 妾は馬乗り。両足を 宙に ぶらぶらさせながら。
雨はあがつた。雫が落ちて肌を流れる。両手は 苔の染みつき、足の指は 花踏みしだき 赤く染まった。
横なぐりの風が吹くとき、この美しい樹が生き生きと 生きてゐるのを 妾は感じた。 妾は脚をなほ締めつけて、枝の毛深い襟筋に脣をひらいて 押しあてた。