夜明け時

2009-05-31 | 【断想】ETC
 午前4時。
 町はまだ静かだ。
 程久保川を流れる水の音がする。
 小鳥たちの囀りが少しづつふえてくる。
 空は白みかける。
 通りの向こうに大きな欅の木がある。
 そのシルエットはまだ黒い。
 傾斜地に住宅街がひろがる。
 その街路灯が光っている。
 午前5時半。
 街路灯は消えている。
 黒いシルエットをなした欅はいまは緑色だ。

白い靄のなかに

2009-05-30 | 【断想】ETC
 芭蕉は、荒野を行く。
 蕪村は、灯影へ帰ろうとする。
 幸福なぞ、求めはしないと言ったのは誰だったか。
 あれは、春の日の幻惑だったのか。
 ある朝、気づいた。
 芭蕉は、地に倒れ伏していた。
 蕪村は、白い靄のなかに出かけた。
 それだけだった。

雨の音

2009-05-29 | 【断想】ETC
 夜の雨。
 木々に降る音。
 土に、石に落ちる音。
 チョロチョロ流れる音。
 ザーッと流れる音。
 屋根などからしたたる音。
 さまざまな音が入り混じって、俺の眠りをやすらかにしてくれる。

鳥の声する朝

2009-05-27 | 【樹木】ETC
 サーモンピンクの薔薇やオレンジ、紫のペティの花の向こう、欅の木のあたりで、画眉鳥の鳴く声がする。鶯の声をまねようとでもするようにも聞こえる。鶯よりは、声は太く、力強い。画眉鳥は帰化鳥だ。
 画眉鳥よ春になれしかあきつしま
 祖(おや)の森知らねど春にさえずりぬ
 曇り空の朝だが、雀たちも動き出している。
 小雀や緑の波に浮き沈み

南国ムード

2009-05-25 | 【樹木】ETC
 ヤシ科の木は、南国ムードがあって、わたしの住む多摩丘陵にあっては、他の木々との調和の点からはしっくりこない。
 しかし、案外あちこちで見かける。
 野生ではない。
 植えられたものである。
 それだけ、好まれてもいると言える。
 ひろびろとした場所で、青空もあったら、椰子も植えたくなるかな。
 写真はヤタイヤシ。

紫詰草と白詰草

2009-05-24 | 【草花】ETC
 紫詰草(ムラサキツメクサ)が花をつけていた。
 別名、赤詰草(アカツメクサ)。
 クローバーこと白詰草(シロツメクサ)と同種で同じよう形の花が咲き、その色が紅紫色であるところからの命名である。
 白詰草が、その名になったのは、江戸時代にオランダから長崎にガラス器などが届いたとき、割れないようにとクッションとして使われていたからである。
 一方、紫詰草は、ヨーロッパ産で明治時代に牧草として渡来した。その後、野生化。
 白詰草は、地をはうように生え、花の柄は10~20センチ。紫詰草は、30~60センチ。

柿の木の黄白の花

2009-05-24 | 【樹木】ETC
 カキノキ(柿の木)の学名は、Diospyros kaki(ディオスピロス・カキ)。
 「カキ」で世界に通用する日本のフルーツである。
 葉腋に小さな花がつく。
 花期は5~6月。
 雄花と雌花がある。
 黄白色で、雌花は萼が大きい。
 写真は雄花。

トーン・クラスター

2009-05-23 | 【断想】音楽
 ここのところ、クラシック音楽のことを取り上げている。
 それができる背景のひとつに、かつて、かなり集中的にクラシックを聴き、関係の書籍も読み、CDを集めたということがある。一日に一枚聴いても何年もかかるくらいだ。今後、大切な財産になるかも知れぬ。
 昨日は、スクリャービンの「法悦の詩」の他に、リヒャルト・シュトラウスの「ツァラトゥストラはかく語りき」、ストラヴィンスキーの「詩篇交響曲」などを聴いた。「ツァラトゥストラ」については、作曲家自身が、ニーチェの哲学を音楽化したのでなく、偉大なるニーチェを讃えるための音楽であると言っていたと思う。こういうことは、聴く前に知っていた方がいい。間違った思いこみで、音楽に接することがないように。
 今日は、ジェルジ・リゲティーの1961年の作品「アトモスフェール」を聴いた。現代音楽である。
 トーン・クラスターによるもので、映画「2001年宇宙の旅」のサウンドトラックでも使われている。トーン・クラスター(音の房)とは、1960年代の前衛音楽でひろまった技法。「オーケストラの最低音から最高音までの全部の音を半音刻みでいっぺんに鳴らす(吉松隆)」というものである。
 その音自体としては、興味深くもあり、「アトモスフェール」の音は、美しくもあるが、その音楽は、つまらない、楽しくない。なんらかのBGMとしてならいいが、個人的に何度も耳を傾けようとは思うことのない作品である。
 CDは、1988年録音のアバド指揮、ウィーンフィルハーモニー管弦楽団によるもの。レーベルは、グラモフォン。

エクスタシーは法悦

2009-05-23 | 【断想】音楽
 アレクサンドル・ニコライエヴィチ・スクリヤピンの交響曲第4番を、後で記す2種のCDで聴いた。この曲は、「法悦の詩」という名がつけられている。この「法悦」と訳されているのは、「エクスタシー」の意である。
 古来、男女の交合のうちに宇宙の完全な姿を見いだすという宗教・思想がある。いわば、陰と陽の混合のうちに調和、悟りもあるというものかと思う。特段どうということのない考えである。そして、それは、単なる観念上のことでなく、肉体をともなってこそのもとされている。
 スクリヤピンは、神秘主義の作曲家と言われる。ただ、神秘主義という側面から、彼の思想を日本人が理解しようとすると、なんだか、遠回りになるように感じる。単純に、「エクスタシーは悟りの状態」くらいにとらえていいように思うが違うだろうか。
 スクリヤピンは、実際のセックスによるエクスタシーによって、そこに宗教的法悦に達するさまを、音楽で表現しようとしただけでないか。
 ストコフスキー指揮のど派手な演奏を聴いていると、そのことがよくわかる感じがする。欲情の昂揚、そして恍惚の境地、その先のエクスタシー、解放感、満たされた平安という流れが表現されているように思う。
 そして、20分ばかりの曲のなかで、何回かイッているのもわかる。まるで、怒濤の快進撃みたいな感じで。
 ただ、この曲を、スケベゴコロだけで聴くと、きっとガッカリすると思う。何故なら、聴く者をそそらせ、イカせるために作られてはいないからのように思える。エクスタシーにいたる肉体と精神の変化を、客観的に音楽で表現していると思われるからである。
 ①Leopold Stokowski/Houston Symphony Orchestra/1987/PANTHEON
 ②Daniel Barenboim/Orchestre de Paris/1988/ERATO

画眉鳥

2009-05-22 | 【断想】ETC
 その声を聞き、姿も見ているのに、ながらく名前が分からぬ鳥がいた。
 声を録音し、姿の写真も撮った。
 そして、それをひとにみてもらいもしたが、判明しなかった。
 図鑑をひらいたり、鳥の声を収録したCDを聞いたりした。
 それらに載っていることはなかった。
 また、自然博物館のようなところでも、その鳥に関する記録はなかった。
 調べるのをあきらめかけていた。
 そんな折、妻が、ご近所宅を訪ねたとき、その鳥が近くで鳴いたという。
 妻は、持ち歩いていた鳥の写真を見せた。
 「名前が分からない」と言うと、その方は写真をあずかってくれた。
 そして、鳥に詳しい知人にあたってくれた。
 そして、ようやく判明した。
 帰化鳥のガビチョウ(画眉鳥)。
 ネットで検索すると、案外多くの記事があった。
 知っている人も多いんだなあと思った。
 それらで得た知識をまとめておこうかと思う。
 写真は、ほぼ1年前に自宅の窓から撮ったものである。

 名前・・・・・・・・ガビチョウ(画眉鳥)
 名前の由来・・目の周りから、眉を画いたように白いラインがのびていることによる。
 種別・・・・・・・・スズメ目ヒタキ科
 原生地・・・・・・中国南部からベトナム、パミール高原
 日本の分布・・関東から東北の一部、北九州。
          日本での生息地は広がりつつあり、過渡期。
          帰化鳥の一種で、2005年に特定外来生物に指定。
 生活型・・・・・・留鳥
          一年中みられるが、春に、その声がつややかになり目立つ。
          ブッシュの中が好みのようである。低木の中の移動が見られる。
          ただ、そればかりではない。木々の間を飛んで移動する姿が見られる。
          空高く飛翔する姿は見かけない。
 大きさ・・・・・・ムクドリ、ツグミのサイズ。
 容姿・・・・・・・嘴は黄色。
          羽は黄茶から赤褐色。
          目の周りに白い隈取り、それが眉のように半月形にのびている。
 鳴き方・・・・・・艶、抑揚あるなが鳴き。
          ひとによってはそれを賑やか、喧ましいと言う。
 参考メモ・・・・・東京・多摩の浅川流域での観察。
          1996年頃より目立つようになる。
          1980年代には、カオグロガビチョウが入る。
          それが消えて、ガビチョウの登場となった。

爽やかコルサコフ

2009-05-22 | 【断想】音楽
 管弦楽曲と区分されるクラシック曲の中で、好きな作品のひとつが、リムスキー・コルサコフの交響組曲「シェエラザード」である。
 曲を聴くと、まず青い大海を波をきり航行する船の姿が見えてくる。そして、シェエラザードと女性不信のサルタンのことが思い浮かぶ。シェラザードが語った冒険譚のことなどが想像される。
 シェエラザードを表す可愛すぎるのでないかと思える旋律が流れる。
 管弦楽のよさが、存分に示されている曲だと思う。それに、妙な屈託のようなものがない。気持ちのいい音楽なのだ。コルサコフが、海軍士官であったことと無縁ではないかも知れない。
 曲は4楽章から成る。全部聴くと、45分はかかる。久しぶりに聴いた。聴いているうちに、いつしか睡ってしまい、気づいたら4楽章のお終いの方だった。
 好きな曲で、何種ものCDを持っている。気に入っているのは、ストコフスキー指揮、ロンドン・シンフォニー・オーケストラによる1965年録音のDECCA盤である。