福島原発を巡る状況は緊迫の度合いを増してきた。
東京電力関係者の生命を賭した努力、
現場に急行している自衛隊員の危険を顧みぬ努力に、
心からの敬意と謝意を表したい。
犠牲となった作業員にも哀悼の意を。
それにしても政府の危機管理能力、国民保護の姿勢はお粗末の一言だ。
「大丈夫、安心だけど念のため」を連呼しながら、
「速やかに避難せよ」とは、どうとらえればいいのか。
午後6時に計測したはずの放射線測定値すら、一向に出さない。
出さないということはつまり不都合だということなのか。
国民はどんどん疑心暗鬼になっていく。
「社会不安を煽る」からと、情報統制を布く政府のやり方は、
チェルノブイリのソ連政府のそれと一体どれほどの差があるというのか。
社会不安を何より煽っているのは政府のその姿勢そのものではないか。
政府首脳の無能ぶりは、
国民の冷静かつ秩序立った行動姿勢に比べ、いかにも際立つ。
未曾有の災害に遭いながら、
暴動も犯罪も起きないこの文化性と、
ツイッターやブログなどでの情報交換環境を維持したネットワーク技術は、
世界に誇りうるものだ。
それを支えるかのように国際社会の援助が届く。
これだけ高度な国家を支えるにはあまりにも脆弱な政府。
情けないの一言だ。
もちろん、現場対応スタッフレベルでは、
政府関係者の不断の努力が続いているであろうことは察する。
そして、おそらく彼らは、
危機意識の低く判断力にも劣る政府幹部に苛立っていることだろう。
とにかく現場意識、危機意識、当事者意識の欠如こそが、
何かと腰の重い政府上官の病巣であることは明白だ。
日も暮れ、気温も零度近くまで下がり、
ライフラインも絶たれ、電気も届かない中、
交通網も寸断され、足下すら覚束ないような状況にある福島県民に
やみくもに「速やかな退去」を連呼し、
そのための具体的な手段すら講じない政府の姿勢が象徴的だ。
どこへ、どうやって行けばいいのか。
お年寄りも子供も多くいるだろう。
疑問を越えて怒りすら感じる。
非常時にもヘリで移動できる彼らには、
安全なポジションからのんびり眺めた被災地の、
地上の困窮は思い浮かばないのだろう。
日本人の国民性にかかっている。
助け合い、支え合うことが出来るか。
世界が見ている。
GDPが世界何位だろうと、国債がいくらあろうと関係ない。
日本として誇れるような人間の在り方を、見せようじゃないか。
東京電力関係者の生命を賭した努力、
現場に急行している自衛隊員の危険を顧みぬ努力に、
心からの敬意と謝意を表したい。
犠牲となった作業員にも哀悼の意を。
それにしても政府の危機管理能力、国民保護の姿勢はお粗末の一言だ。
「大丈夫、安心だけど念のため」を連呼しながら、
「速やかに避難せよ」とは、どうとらえればいいのか。
午後6時に計測したはずの放射線測定値すら、一向に出さない。
出さないということはつまり不都合だということなのか。
国民はどんどん疑心暗鬼になっていく。
「社会不安を煽る」からと、情報統制を布く政府のやり方は、
チェルノブイリのソ連政府のそれと一体どれほどの差があるというのか。
社会不安を何より煽っているのは政府のその姿勢そのものではないか。
政府首脳の無能ぶりは、
国民の冷静かつ秩序立った行動姿勢に比べ、いかにも際立つ。
未曾有の災害に遭いながら、
暴動も犯罪も起きないこの文化性と、
ツイッターやブログなどでの情報交換環境を維持したネットワーク技術は、
世界に誇りうるものだ。
それを支えるかのように国際社会の援助が届く。
これだけ高度な国家を支えるにはあまりにも脆弱な政府。
情けないの一言だ。
もちろん、現場対応スタッフレベルでは、
政府関係者の不断の努力が続いているであろうことは察する。
そして、おそらく彼らは、
危機意識の低く判断力にも劣る政府幹部に苛立っていることだろう。
とにかく現場意識、危機意識、当事者意識の欠如こそが、
何かと腰の重い政府上官の病巣であることは明白だ。
日も暮れ、気温も零度近くまで下がり、
ライフラインも絶たれ、電気も届かない中、
交通網も寸断され、足下すら覚束ないような状況にある福島県民に
やみくもに「速やかな退去」を連呼し、
そのための具体的な手段すら講じない政府の姿勢が象徴的だ。
どこへ、どうやって行けばいいのか。
お年寄りも子供も多くいるだろう。
疑問を越えて怒りすら感じる。
非常時にもヘリで移動できる彼らには、
安全なポジションからのんびり眺めた被災地の、
地上の困窮は思い浮かばないのだろう。
日本人の国民性にかかっている。
助け合い、支え合うことが出来るか。
世界が見ている。
GDPが世界何位だろうと、国債がいくらあろうと関係ない。
日本として誇れるような人間の在り方を、見せようじゃないか。