今日は職場に入り、惨状を目の当たりにする。
周囲の民家や店舗も似たような状況で、
あちこちでどなたも泥をかき出すのに懸命だ。
なんとか一刻も早い復旧を目指してがんばるしか、ない。
ウチの教室は幸い、建物内部は無事だが、
地盤が災いして、全体が傾いてしまっている。
どう復旧すればいいかシロウト目には皆目検討がつかない状況だ。
専門の業者に見て戴いたところ、
ジャッキアップが考えられる唯一の方策だとか。
さらには困ったことに断水でトイレが使えない。
この状況のまま生徒を預かるのは至難だ。
方々の対応に追われながらも何とか切り回し、帰宅すると、なんと。
ウチのマンションの前の交差点で3台の玉突き事故が発生し、
しかもそのうち1台の軽トラが、ウチの1回の店舗に突入したそうだ。
なんてことだ。
よりによってこんなタイミングで。
しかし、こういったら不謹慎かもしれないが、
普段だったら大事件なのだが、
ここ数日のあまりに衝撃的な事態の連続に、
ちょっと感覚が麻痺してしまっている。
あまり驚かなくなっている自分に驚く。
相対化されてしまったわけだ。
考えてみれば、
未曾有の大震災、大津波、万を数えようかという被害者、
石油基地の炎上、原発事故…と、
書いていてもまるで実感のわかない、
非日常レベルの大惨事が立て続けに起きたわけだ。
そして東北の惨状に比べれば並べるのもおこがましいほどではあるが、
僕自身も少なからず震災の恐怖と被害を体験し、
日常を過ごす街の崩壊を目の当たりにしている。
無理もない。
泥にまみれ、傾いてしまった教室を見ると、
とても他人事ではないし、冗談など言える気にもなれない。
どうやって失った日常を取り戻すか、精一杯だ。
もう何がおきても不思議じゃない。
報道によれば、大規模な余震の可能性も高いという。
電力供給も甚だ覚束ない状況で、停電の可能性も示唆され、
流通へのダメージと買い占めで、東京にあっても生活物資は滞りつつある。
ガソリンも不足しているとのことで、僕には痛い。
まだまだ不安で不便な日々が続くことが予想される。
しかし、住む家がある。食べるものも着るものもある。
何より、命がある。家族が居る。
このありがたさを思えば、多少の不便などものの数ではない。
各地の被災者に思いを馳せたとき、この程度で弱音など吐けない。
まずは自分の足元を固めるために頑張ろうと思う。
事態を打開するのは、前向きな気持ちと連帯だ。
だから、頼むから無責任な発言は慎んでもらいたい。
ネット上で飛び交う、心ない言葉、卑劣なチェーンメール、
そして質の悪い冗談ともとれぬ発言。
自分の生活圏に目立った被害のない者が、まるで実感がわかずに、
完全な他人事感覚に陥ってしまうのはわからないでもない。
かくいう僕だって、自分が巻き込まれるまでは、そんな感覚がなかったとはいえない。
しかし、何も貶めたり苦しめたりすることはないじゃないか。
敏腕経営者をアピールしたいのか、「ビジネスチャンス」を吹聴したり、
生半可な知識で「食べ物を捨てている日本に援助なんて必要ない」などとのたまったり、
「テレビが地震だらけでつまらん」だの、
居住区域がどうの、地価がどうの、
絶対的に弱い立場の被害者を、さらに傷つけて何が楽しい。
挙げ句「言論の自由」を振りかざして開き直る。
それでも人間か。
地震頻発国の日本で、
いつ、君らが被害者の立場に置き換わってもおかしくないんだぞ。
僕のいま置かれている状況は、限定的な不運とはいえ
決して前向きにとらえられるようなものではないが、
それでも、被災者の気持ちをほんのわずかでも実感として察せられる分、
貴重な体験だと思うようにしている。
ほんの少しでも、思いやりの持てる、
誠意ある人間に近づきたいと思う。
周囲の民家や店舗も似たような状況で、
あちこちでどなたも泥をかき出すのに懸命だ。
なんとか一刻も早い復旧を目指してがんばるしか、ない。
ウチの教室は幸い、建物内部は無事だが、
地盤が災いして、全体が傾いてしまっている。
どう復旧すればいいかシロウト目には皆目検討がつかない状況だ。
専門の業者に見て戴いたところ、
ジャッキアップが考えられる唯一の方策だとか。
さらには困ったことに断水でトイレが使えない。
この状況のまま生徒を預かるのは至難だ。
方々の対応に追われながらも何とか切り回し、帰宅すると、なんと。
ウチのマンションの前の交差点で3台の玉突き事故が発生し、
しかもそのうち1台の軽トラが、ウチの1回の店舗に突入したそうだ。
なんてことだ。
よりによってこんなタイミングで。
しかし、こういったら不謹慎かもしれないが、
普段だったら大事件なのだが、
ここ数日のあまりに衝撃的な事態の連続に、
ちょっと感覚が麻痺してしまっている。
あまり驚かなくなっている自分に驚く。
相対化されてしまったわけだ。
考えてみれば、
未曾有の大震災、大津波、万を数えようかという被害者、
石油基地の炎上、原発事故…と、
書いていてもまるで実感のわかない、
非日常レベルの大惨事が立て続けに起きたわけだ。
そして東北の惨状に比べれば並べるのもおこがましいほどではあるが、
僕自身も少なからず震災の恐怖と被害を体験し、
日常を過ごす街の崩壊を目の当たりにしている。
無理もない。
泥にまみれ、傾いてしまった教室を見ると、
とても他人事ではないし、冗談など言える気にもなれない。
どうやって失った日常を取り戻すか、精一杯だ。
もう何がおきても不思議じゃない。
報道によれば、大規模な余震の可能性も高いという。
電力供給も甚だ覚束ない状況で、停電の可能性も示唆され、
流通へのダメージと買い占めで、東京にあっても生活物資は滞りつつある。
ガソリンも不足しているとのことで、僕には痛い。
まだまだ不安で不便な日々が続くことが予想される。
しかし、住む家がある。食べるものも着るものもある。
何より、命がある。家族が居る。
このありがたさを思えば、多少の不便などものの数ではない。
各地の被災者に思いを馳せたとき、この程度で弱音など吐けない。
まずは自分の足元を固めるために頑張ろうと思う。
事態を打開するのは、前向きな気持ちと連帯だ。
だから、頼むから無責任な発言は慎んでもらいたい。
ネット上で飛び交う、心ない言葉、卑劣なチェーンメール、
そして質の悪い冗談ともとれぬ発言。
自分の生活圏に目立った被害のない者が、まるで実感がわかずに、
完全な他人事感覚に陥ってしまうのはわからないでもない。
かくいう僕だって、自分が巻き込まれるまでは、そんな感覚がなかったとはいえない。
しかし、何も貶めたり苦しめたりすることはないじゃないか。
敏腕経営者をアピールしたいのか、「ビジネスチャンス」を吹聴したり、
生半可な知識で「食べ物を捨てている日本に援助なんて必要ない」などとのたまったり、
「テレビが地震だらけでつまらん」だの、
居住区域がどうの、地価がどうの、
絶対的に弱い立場の被害者を、さらに傷つけて何が楽しい。
挙げ句「言論の自由」を振りかざして開き直る。
それでも人間か。
地震頻発国の日本で、
いつ、君らが被害者の立場に置き換わってもおかしくないんだぞ。
僕のいま置かれている状況は、限定的な不運とはいえ
決して前向きにとらえられるようなものではないが、
それでも、被災者の気持ちをほんのわずかでも実感として察せられる分、
貴重な体験だと思うようにしている。
ほんの少しでも、思いやりの持てる、
誠意ある人間に近づきたいと思う。