【秋天のざくろ】

【秋天のざくろ】

祭日なのだけれど事務所でパソコンに向かっていると、なんやかやと仕事のメールや電話がある。
 
新刊書の題字を毛筆で書いてくださった方から電話があり、立派な字を書かれるのでてっきり年上かと思ったら11歳も年下の准教授で筑波大だという。その前身ともいえる東京教育大学在学時代、ベニヤ板一枚で仕切られた隣の部屋が書専攻の実習室で、教室内で飲んで騒いでずいぶんめいわくをかけた。当時、書は教育学部の中にあるひとつの専攻だったけれど筑波大に移ってからは人間学群内にある教育学類をはなれて芸術専門学群に含まれているらしく、芸術学群内のメールアドレスを教えてもらった。

昼食は義母の好きなつけ麺にしたけれど、増量セール中とのことで麺が多くてすこし持て余した。それでも完食してしまうので義母はよほど麺類が好きなのだろう。
 
午後から散歩をかねて買い物に出たら秋晴れとはいえ汗ばむほどの陽気だった。とはいえ日陰はやはり涼しくて、赤やオレンジ色を美しいと思う季節になった。

静岡県清水で母親が営んでいた飲み屋では、この季節になるとよく客がザクロをもって飲みに来た。もらったザクロを割って赤い宝石のような実を器の中にかきだし、客と一緒にスプーンですくって食べては酒のつまみにしていた。
 
「ううう、酸っぱい」
と客は言いながら種をぺっと吐き出し、母は
「おいしいもんじゃないねえ」
と言って種を吐き出しては口直しをするように酒を飲んでいた。
そして
「買ってまでして食べるもんじゃないねえ」
とも言っていた。
 
おいしいもんじゃない、買ってまでして食べるもんじゃないならよせばいいのに、眉をしかめて種をぺっと吐いて、また同じことを言いながら酒を飲む姿を、秋になるたびに一度は見るのがおかしくて、それは一種の風物詩のようになっていた。

豊島区駒込。立派に実ったザクロを見上げて、酒のつまみにザクロがあった郷里の秋を思い出した。
 
絞ったザクロの果汁で作ったグレナディンという飲物を使ったカクテルがあるくらいだから、じつはザクロの実を口に含んで種をぺっと出しては酒を飲むというのはおつな味だったのではないか、きわめて秋らしい渋い酒の飲み方だったのではないかと自分が酒飲みになってみて思うけれど、いちどもザクロをつまみに酒を飲んだことはない。
 
この季節になると果実店で売っていることがあるのだけれど、おいしいもんじゃない、買ってまでして食べるもんじゃないと言っていた母の苦笑いを一緒に思い出すので買う気がせず、民家の庭にたわわに実ったザクロを物欲しげに見上げてみるのだけれど、残念ながら
「ひとつさしあげましょうか」
と声をかけられたことはない。

(閉鎖した電脳六義園通信所 2008 年 10 月 13 日、13 年前の今日の日記より。)

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