【赤い文字】

【赤い文字】

赤い字を見るとドキッとする。
経理上の赤字ではなくて、ドキッとするのは、まさに赤い文字そのものに対してであり、どんな場所でも赤い文字が効果的に使われているとドキッとするわけで、赤い文字は不思議な力を持っている。

六義園から最も近い神社である駒込富士神社。この神社の前に立って、まずびっくりするのは、ありとあらゆる石の建造物に彫られた文字に赤い色が擦り込まれていることである。赤というのは日常、そう目にする色ではないからこそ、ドキッとするのである。石に彫られた文字や図柄に赤い色を塗ること、こういうのを何と呼ぶのだろう。どこか別の神社でも見たことがあるような気がして、調べてみたのだけれど、この行為の名前と意図するところがわからない。

生前に墓石をつくり、生きているうちは名前を赤文字にしておく風習は聞いたことがあるのだけれど、それとは違うのだろう。柱や石碑のうしろには夥しい数の寄進者の名前が刻印されていて当然『赤い文字』で塗られているのだけれど、彼らは皆、枕を並べて江戸時代に亡くなっているのである。

駒込富士神社に行くと、その赤い色が剥げることなくいつも生々しいのにも驚く。
しかも富士山に見立てた小山の中腹や、女坂方面の目立たない祠にも、きちんと彩色が施されているのに感心するし、そしてなにより、誰かが筆を持って塗りなおしたりしている光景に出くわさないのも不思議なのである。

江戸時代に建てられた大きな鳥居の上の方まで赤く塗られており、これは大きな梯子でも使わないと無理だし、とてもひとりでこっそりできる仕儀ではない。いったい誰がいつ塗っているのかという、無邪気で素朴な疑問というのも、今の時代にはかけがえのない貴重な謎として、大切に保全したいもののひとつである。

石の刻印であっても数百年経てば薄れていくものなのだけれど、それが常に赤く色入れしてあるだけで判読しやすいのがおもしろい。染井界隈に今も多い苗字が江戸時代から多く刻印されていることもわかって楽しいし、ここの富士信仰がかなり遠方に住む人々も信者としていたことがわかって興味深い。

石が彫られた年と彫らせた人名や職業がわかるだけで歴史風俗の断片がありありと蘇ってくる。赤い文字は死者であることをも超越したちからを持っているのかもしれなくて、境内で死者が生き生きとしている神社という意味で、駒込の富士が並はずれて霊験あらたかな神社であったとしても不思議はない。

( 2009 年 3 月に閉鎖した電脳六義園通信所 2004 年 5 月 10 日、18 年前の日記に加筆のうえ再掲載。)

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