エイジングケア

2016年12月16日
僕の寄り道――エイジングケア

 知り合いの女性編集者が、90歳近くまで舞台に立ち続けたカリスマ女優の舞台を観に行き、帰ってきて開口一番、口をついて出た感想が
「モモンガみたいでびっくりした!」
だった。
 人間、歳をとると筋肉の張りが衰えたり、痩せて肉が落ちたりして、身体を覆っていた皮膚が余って垂れ下がる。自分もまた頬や顎の皮膚がたるんで垂れ下がり気味になり、鏡の中の自分と目が合うと思わず目をそむけたくなる。年老いた女優が舞台上で見せる鬼気迫る演技ではなく、袖なしの衣装でむき出しになった肩から肘への二の腕から、余った皮膚が垂れ下がって動物のモモンガみたいだったというのだ。
 「あの人はツラの皮が厚い」
などと言うけれど、あの人は恥を恥とも思わない性格であるという比喩ではなく、本当に顔の皮膚には厚い薄いの個人差があるように思う。特養ホームで暮らす義母は色白でポワンとした容貌の女性だったが、いわゆる認知症と呼ばれる状態になった頃から、人生にがっかりしたように皮膚が垂れ下がり出した。まだ家族のことが理解できて喋れた頃、ホームの屋上に連れ出したついでに鏡の前で髪をといてやったら、
「こうやって鏡を見ると自分がいやになるのよ」
と言っていた。
 毎週末、妻にくっついて特養ホーム訪問をし、居室に入ってベッドで寝ている義母を真上から覗き込み、
「おかあさん、おはよう!」
と言って反応を確かめるのだけれど、ごく稀にだけれどコクリとうなづいて反応のある日がある。
 仰向けで寝ているときの義母は驚くほど若い。
 加齢による皮膚の垂れ下がりは避けられない宿命なのだけれど、美容整形の荒療治であらがう事も芸能人などでは珍しくないようで、メスを入れて余った皮膚を引っ張り上げる事をフェイスリフトという。そして見かけだけでも老化にあらがいたい人たちのための商売をエイジングケアと呼ぶ。
 特養ホームには定期的に美容師さんや理容師さんがやってきて、義母はヘアカットをしてもらうが顔剃りもいっしょにしてもらい、産毛が消えただけでずいぶん若く見える。
 整形美容の荒療治を受けたわけでもないのに、髪がさっぱりし、顔剃りですぺすぺになり、仰向けで寝ている義母の顔が若返って見えるのは、重力に引っ張られて皮膚が垂れ下がり、万有引力による逆フェイスリフトが起こっているからだ。
 女性は歳をとるとどんどん母親に似てくるように思う。
 若い頃の妻はあまり母親似と思わなかったけれど、介護ベッドに乗って母親を覗き込みながら、拘縮のある身体をマッサージしている姿を見ると、顔の皮膚が重力に引っ張られて垂れ下がり、いつかこの人も年老いて介助を受ける側になるのだなとリアルに思う。
 年相応に皮膚がたるんできた義母も妻も、写真を見るとずいぶん若返って見える瞬間があり、フェイスリフトとも逆フェイスリフトともちがう、笑顔によるたるみ解消が起きているらしい。余った皮膚が自然に折りたたまれているのであり、笑いによってできるシワの数と深さは増えているのだけれど、たるんだ顔に見えない。
 よく笑う人はそういう理由でいつまでも若く、笑顔は自然のエイジングケアなのだろう。

 

 

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