つまさき立ちをする男

つまさき立ちをする男

 夕暮れの JR 草薙駅ホームで下り静岡方面行き列車を待っていたら、スポーツバッグを背負った若者が線路側に背を向け、つまさき部分だけをちょこっとホームの端にひっかけ、両手をしっかり体側につけ、しゃんと背筋を伸ばして立っていた。

 新幹線で帰京して通夜だけ顔を出してのとんぼ帰りである。
 暑くて疲れきったうえ、そういう儀式に出席した直後の心はおかしな方向に引きずられてバランスを崩しているので、この若者はそういう奇矯な姿勢から身をひねるように線路へ身を投げ、列車に轢かれて死にたいのだろうかなどとふと思った。

  危ないからそういうことをするなと注意する気力もなく、そんな死にかたを望む者には、それ相応に深い理由があるのだろうなどとも思う。それより、この若者はそういう微妙な姿勢で静止し、何があろうと線路側に転げ落ちたりしない、自分の鍛え抜いた技術を見せたくなったのかもしれないとも思う。見てもらうことで生きたいのだ、この若者は死んだりしないと思った。

  やがて列車到着のアナウンスがある頃には、若者も満足したのかつまさき立ちをやめ、ホーム進行方向寄りへぶらぶら歩き去ってしまったので、目の前で惨劇を見る可能性もなくなってほっとした。

  帰京後も、夕暮れのホームにつまさきを引っ掛け、背筋を伸ばして静止した若者の姿が忘れられず、ああいう光景をどこかで見たことがあるとずっと気になっていたが、いまようやく思い出した。目も眩むような飛び込み台から、後ろ向きでプールに身を投じる直前、じっと精神を集中させている高飛び込み選手だ。あれはそもそも美しい姿だが、夏の夕暮れのホームでは息を飲むほどにいのちを際立たせる。その夕暮れはそう見えた。

 

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