電脳六義園通信所別室
僕の寄り道――電気山羊は電子の紙を食べるか
【夜の底にて】
【夜の底にて】
「夜の底には安らぎがあると思った。」(岩田慶治『カミの人類学』)
調査に入った少数民族の村で、あてがわれた寝場所で死の不安におびえながら、「夜」について考えたこの学者は詩人のようでもあった。詩人のようである自分の分身に救われていたのだと思う。よい詩人は死人のようであり、人は死人のような分身とつねに一体となって生きるべきなのだ。そういうことを「メメントモリ」という。
岩田慶治を読みながら考え事をし、青空文庫への道草で、早逝した農民作家佐左木俊郎(1900 - 1933)の『再度生老人』(にとせろうじん)を読んだ。
「私達は五六人で、本の頁にはさむ公孫樹の葉を拾っていたのだが、みんな不思議そうな、訝(いぶ)かる眼で、どこからか風に吹きとばされて来たように、突然私達の側(そば)へ寄って来たこの上品な容貌の老人を見た。」(佐佐木俊郎『再度生老人』)
岩田慶治を読みながら「喜捨(きしゃ)」という行為について考えていたので、ちょうど寄り道した『再度生老人』はとてもおもしろかった。
主人公「私」と両親は、近所の寺に転がり込んだ自称「画家」の乞食老人、雅号「再度生老人(にとせろうじん)」に着物や食べ物を施して手厚く遇する。老人は「私」がねだった天神様の絵を描き残して立ち去る。ある日ふと戻ってきた老人は「私」が大切にして毎朝拝んでいた天神様の絵を手に取り、髭の部分をちょっと手直しし、これでいい、もういつ死んでもいいと言う。「私」はそんな老人に心の底から感心する。
その後、父は、その天神様の絵を表具屋にやって、表装してくれた。そして、その絵は今でも私の郷里の家に残っている。私は、帰郷のたびごとに、再度生老人を懐しく思い出すのであるが、その菅公の像というのは、今になって見ると、中学生の図画と選ぶところがないほど、ひどく下手なものである。私は、いつもこの絵を見るたびにあの哀れな老人の上に微笑を洩らさずにはいられない。(佐左木俊郎『再度生老人』)
喜捨とは本当に食べられるものを相手に施し、その見返りに画餅をいただくことにより、自分が救われることなのである。
この世の食物をもらうためではなくて、あの世の食物を与えるために、その手段、方便としてこの世の食物を受けるべきだ。実際の食物をもらって、 虚空の食物をお返しせよ。余りものをいただくかわりに画餅、つまり、画にかいた餅を食べていただけ。そう維摩はいっているのではなかろうか。(岩田慶治『カミの人類学』より維摩経にある托鉢の教えについて)
2023 年 12 月 27 日 六義園
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