【母と歩けば犬に当たる……38】

東海道みとり旅の記録
【母と歩けば犬に当たる……38】
 

38|タイヘン

 老人はタイヘンなので、老人介護はタイヘンである。
 子育てはしたことがないが、子どももなかなかタイヘンなので、子育てだって物凄くタイヘンらしい。老人も子どももタイヘンだけれど、ふつうのオトナはタイヘンじゃないかというと、実は人間は子ども時代から老人に至るまで一貫してタイヘンなのだ。けれど、オトナはタイヘンさを他人に見せたり、世話をかけたりしないよう自助努力をしているので、タイヘンだけどタイヘンじゃないだけなのである。人間はタイヘンな子ども時代を経て、タイヘンさを隠してオトナの時代を過ごし、隠しきれなくなって老人というタイヘンに戻るのである。
 欲求不満が高じて郷里に帰省した母親を迎えに、慌ただしく週末の清水へ帰省した。
 旧東海道江尻宿(★1)、巴川にかかる稚児橋(★2)たもと、清水最古の料理店『楠楼』(★3)で、黄昏の川面を見ながら食事をする。やっぱり清水がいい、清水で暮らしたいと泣き出したりして涙ながらの食事である。女性というのは泣きながらご飯を食べ、汁をすすり、鼻をすすり、赤身の刺身を食べながら「おいしい!」などと言える不思議な生物である。そして泣かれて食欲の失せた男に向かって「どうしたの? おいしいから食べなさい」などと仰天するようなことを言うのだ。
 涙の繰り言を聞きながら飲食ができるほどの剛毅(ごうき)な男ではないので、早々に勘定を済ませて帰宅し、焼酎お湯割りを飲みながら、深呼吸し、もつれた糸をほぐすように丹念に話を聞き、言葉の小箱に母の願いを並べて入れながら整理してみせる。
 「ほら、おかあさんが辛いこと、腹立たしいこと、こうしたいと思うこと、これならできるなと思うこと、それを整理してみたらとても見やすくなったし、どれも大切なことだから、ひとつひとつ解決してみようね」
 一夜明けて、別人のようにすっきりとした顔で、そのうち住めば都で東京の方が良くなるような気もするから時にはわがままもを許してね、などと言い出す母である。このようにして呆れて苦笑いする朝が来るから、オトナはタイヘンに根気強くつきあえるのだと思う。
 帰郷直前になって古いアルバムを引っ張り出し、息子の幼い頃の写真を見せたりするのは、
「あんただって、タイヘンな時代があったんだよ」
という昨夜の醜態に対する照れ隠し、オトナぶった母親がする息子への意趣返しかもしれない。まったくもう、疲れたなぁと脱力感を感じながら、
「この写真は何処だろう、昔の清水駅前かなぁ」
「うーん、駅前銀座のナオさんならわかるかも知れないよ」
などと夢中になっていく自分を感じ、そういう力があるうちはタイヘンに負けないな、と思ったりする。

(2004年3月28日の日記に加筆訂正)

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★1 江尻宿
東海道五十三次の18番目の宿場。旧清水市の中心部。
★2 稚児橋
旧東海道が江尻宿西端で巴川を渡る橋。
★3 楠楼
稚児橋たもとで文政年間創業という清水最古の料理屋。

【写真】 昭和30年頃。清水駅前で母と。

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