【母と歩けば犬に当たる……32】

東海道みとり旅の記録
【母と歩けば犬に当たる……32】
 

32|ドアを開けて

 サンリオのグッズ用キャラクターであるキキララ(★1)と同じくらいに、セキララという言葉もオジサンが口にするとちょっと恥ずかしい。
 日記で家族のことをウェブ上に書き綴っていると、あんなにセキララに書いて大丈夫ですか、などと気づかわれることがあるけれど、セキララといっても、たとえれば東海道新幹線車窓からちらりと見える富士山のようなもので、看護、介護について日記に書いていることなど氷山の一角とまでは言わないけれど、富士山の七合目から上が見えている程度に過ぎない。
 介護体験のある友人などは
「まあサイトの日記を読んであのくらいですから、実際はもっと大変でしょうけど…」
などと、とても客観的に話しかけてくれるのでありがたい。ほんとうに在宅介護の実際は泥沼のように大変なのである。
 あるところにおじいさんとおばあさんたちが住んでいました。おじいさんはパーキンソン病ですが毎日デイサービスセンターに、おばあさんたちは血液と内臓のガンですが、定期的な治療を受けながら毎日穏やかに暮らしていました、とわが家のことを日記に書いたとしても、実際は果てしない格闘の日々なのである。老人は日々老いを深めているし、その進行は直線的ではなく激しく振幅している。
「日記を読んだら、元気で明るく暮らしていそうなので安心しました」
などとメールをもらったりするが、日記を書いてアップした直後に突然事態が暗転していたりするのであり、年寄りたちが息子のセキララな日記をこっそり読んで、翻弄することを楽しんでいるのではないか、などと思ったりするくらいである。
 精神に比べたら肉体的な介護は楽なのではないか。
 もちろん肉体は激しく疲労するけれど、心までボロボロにならないからいい。大正末期から昭和初年生まれのわが親たちが医療漬けになりながら老いを深めていく現在の社会環境は、未だかつて日本人が体験したことのないものなのかもしれない。
 在宅介護者が大変なのは肉体的な介護より、精神的な介護の負担が増大することであり、精神的介護というのは生やさしいものではない。病院が名付けた口当たりの良いカタカナ言葉で言えばメンタル・クリニックを素人がやっているのであり、セキララに言えば精神病者との戦いのように感じる夜が多い。とても素人介護者の手に負えないような事態に遭遇することが多く、こちらも一緒になって精神的病いに落ちていきそうな恐怖もあるし、第三者でなく家族であることがそれを困難にしている一面もあると思う。
 母は今日、近所の図書館併設の生涯学習センターで開かれる、ペン習字サークルに体験参加するという。気に入れば毎月通いたいし、郷里静岡県清水に住むたくさんの友だちに、少しでも綺麗なペン字で手紙を書きたいのだと言う。
「初日だからちゃんと息子が一緒に行って皆さんにご挨拶した方がいい、午後一緒にちょっと顔を出すよ」
と言うと母も嬉しそうに笑う。このところ母のうつ状態が周期的にやってくるような気もし、なるべく薬の種類と量を整理して減らしている。母自身、薬に頼らずなるべく外に出て友人を作ることで自らの精神的危機を克服しようと健気な努力を始めたのかも知れない。老いと病気に伴う精神的な苦しみの突破口は、試してみるドアの数だけ見つかりやすいということに母自身気づいているのかもしれない。
 「息子が綴るセキララな日記、などと他人に言われた」と話したら大笑いしている母を見て、頼もしくも思えるペン習字サークル初日の朝である。

(2004年2月13日の日記に加筆訂正)

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★1 キキララ
正式にはリトルツインスターズといい、株式会社サンリオでデザインされたキャラクターグ。通称キキララといい、主人公キキとララは擬人化された双子星。

【写真】 ペン習字教室初日に付き添う道すがらに咲いていた黄色い花。

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