【母と歩けば犬に当たる……57】

東海道みとり旅の記録
【母と歩けば犬に当たる……57】
 

57|◉極私的・夏休み親子六義園自然観察教室……7[ハト派スズメ派カラス派]

 抗がん剤投与後の衝撃も和らぎ、ようやく散歩する気力も戻ったらしい母と「極私的・夏休み親子六義園自然観察教室」を再開した。
 六義園内を歩いていると今も頭上から盛んに花や実が落ちてくる。見上げても空を覆う葉っぱの裏側を見られるだけで、どんな植物がどんな状態で花や実を茂らせ、地上に散らせているのかを確かめられない。それが見られるのは空を飛べる鳥だけであり、どんなに激しい雨が降ろうとも雲の上はいつも快晴であることが、飛行機にでも乗らないかぎり確かめようがないことにも似ている。
 六義園染井門から正門までの本郷通り沿いには、六義園の塀に沿ってビル群があり、その上層階の窓辺からは木々の上部を鳥になったような視点で眺めることができる。幸いにも取引先出版社の打ち合わせで7階会議室に上ったので窓から六義園の木々を撮影させていただいた。
 おもわず「おお〜っ」と声を上げてしまうほど樹上に実が付いている姿がよく見え、それは富士山に登って雲海を見下ろした時の感動に似ている。友人に確かめると、その実の主はミズキ(★1)だった。
 愛犬イビの散歩で近所を歩く際、母は大きなチチボーロ(★2)を持ち歩いてイビのご褒美にする。ベンチに座って「座れ」「伏せ」「待て」と声をかけてイビを腹這いでおあずけの状態にし、鼻先にチチボーロを置いて我慢を教えるのだけれど、チチボーロ欲しさに近づいてきたハトやスズメが、イビが盲目で自分たちに危害を加えないとわかると、一緒に並んで待っているので可愛いという。
 母は可愛さに負けてハトやスズメにもチチボーロをあげてしまうのだけれど、母に言わせるとハトはバカで、つついて食べることしか知らないのでくちばしでひたすらつつき、やっと粉々になる頃には他のハトの前へ転がっていって食べられてしまうのだそうだ。
「その点、スズメは頭がいいよ」
ほかの鳥に細かく砕かれる頃合いを見計らって近づいてきて、サッとくわえて安全な場所に飛び去ってから食べるのだという。母はおおぜいで一つのものを奪い合うように共有するより、才覚ある個人が他者より多くを手に入れられる仕組みが好きだし、タカのように自分の欲しいものを爪で握り、鋭い視線で睨みをきかせて独り占めする方が「頭がいい」と感じる人なのである。
 六義園内にある池の畔に近づくと鯉や亀が餌を求めて水面に顔を出し、人の足元にはおこぼれ目当てのハトやスズメがやってくる。
 手すりにもたれて眺めていたら母の横にカラスがチョンと飛び乗ってとまり、母は
「何か用? お友達になりたいならここまで来てごらん」
と自分の肘の横にイビのチチボーロを一つ置いた。どうなることやらと見ていたら、カラスは両足跳びで近づいてきてチチボーロをくわえ足元に飛び降りた。
 ハトやスズメが奪い合って食べるチチボーロである。割って食べるのか、丸飲みにするのかと興味深く見ていたら、「誰にもやらないぞ」とでも言いたげに足で大事に掴み、首を何度もかしげて思案している。
 そのうちにくわえて両足跳びして水辺に行き、小さな穴を見つけるとその中に入れ、草をくちばしで千切って来ては上に掛け、なんとチチボーロを隠そうとするのである。誰から何のために隠したいのかがどうにも解せない。
 隠蔽を終えたところで、また何度も首をかしげて考え、せっかく隠したのに掘り出して嘴でくわえ、植木の根方の凹みに置き、再び草や小枝を運んでは上に掛け器用に隠蔽する。最初の隠し場所が気に入らなかったらしい。
 再度隠蔽を終えたところで、また何度も首をかしげて考え、せっかく隠したものをまたまた掘り出してくちばしでくわえ、サツキの根方の凹みに置き、再び草や小枝を運んでは上に掛け器用に隠蔽した。
 どうやら三度目で満足したのか、その後は水辺で小石をつついたり、柱に嘴をこすりつけて身繕いしたり、「イビと同じだねえ」と母を喜ばせる方法で片足を上げ器用に側頭部を掻いたりし、自分の倍もありそうな枝をくわえて放り投げてみたりと、ひとり遊びをして母を喜ばせる。
「スズメも頭がいいけど、カラスは別の意味で頭がいいよ」
と母が頻りに感心しているので、
「お母さん、カラスはどうしてすぐに食べずにチチボーロを隠したんだろうね」
と聞いてみた。母がカラスのように何度も首をかしげてひねり出した仮説は三つである。
 1 今はお腹が空いていないのであとで掘り出してゆっくり食べる。
 2 食べ物ではなく丸くてスベスベした宝物に思えたので巣作りのデコレーションの目玉にするため隠蔽した。
 3 食べた振りをして隠してしまえばバカな婆さん(母だ)がもう一つくれるかと思った。
 仮説を確かめるため、午後涼しくなった六義園内に入った母によると、カラスがチチボーロを隠蔽したサツキの根方を探してみたけれど、チチボーロはもうなかった。リスが地中に埋めて蓄えた木の実が忘れられて冬を越し春になって発芽するように、サツキの根方に忘れられたチチボーロがあるという顛末を楽しみにしていたが、残念ながらハズレだった。母は、また同じカラスが現れるのではないかと期待していたらしく、手のひらにチチボーロをのせて「おいで〜」と呼びかけてみたがカラスはもう現れなかったという。

(2004年7月25日の日記に加筆訂正)

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★1 ミズキ
ミズキ科ミズキ属の落葉高木。小さな四弁の花の集まりを枝の先につける。

★2 チチボーロ
たまごボーロとか衛生ボーロなどともいう。

【写真】 チチボーロをつかむカラス。

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