▼亀の湯

 小学生時代に通った東京下町の銭湯は毎夜芋の子を洗うように混雑しており、昭和三十年代とはそういう時代だった。あまりに混雑しているので、銭湯では脱衣場の脱衣カゴを片付けたり、乳幼児を連れた客の手伝いなど、雑用をするために紺の上着を着た若い女性が何人も働いていた。

 




左から、夕日を受けて点いているように見える電球、
色とりどりの飾りカボチャ、
廃線となった電停看板のある中古カメラ屋、
いずれも亀の湯のある坂道にて。



 木賃アパートの隣三畳間に住む独身のお兄さんが、そのうちのひとりを好きになったらしいという噂が近所に広がり、とうとう自分の三畳間に彼女を誘って連れてくるのに成功したなどという話しが、また近所の話題となっていたのを今でも思い出す。やがてデートの日が来て、いま隣の部屋に銭湯のお姉さんが遊びに来ていると思うと不思議な気分だった。
 おとな達の恋愛にかかわるドタバタはたくさん見聞きしているのだけれど、裸になる場所で知り合った女性との恋愛というのが、子ども心に妙な引っかかり方をしているのか、今でも忘れない。
 中学生になって生まれ故郷清水に引っ越し、当時飲食街はずれにあった銭湯に通い始めたら、湯上がりに番台の少女と目が合い、それが中学でよく顔を合わす上級生であることにきづき、それ以来巴川たもとにあった別の銭湯に通うようになったが、その複雑な想い出とも微妙に絡み合って記憶から消えない。




寝かせて入れる奥の深い傘箱が馴染み深いが、
ここ亀の湯では立てて入れる方式なのが珍しい。



 銭湯で男湯と女湯が左右どちらにあるかは決まりがないらしく、思い出の中で男湯は右だったり左だったりする。住宅が建てこんだ街なかでは、覗き見されにくい側に女湯があるケースが多いと聞く。やはり男湯より女湯の方が覗かれてはまずいのだ。
 小学校4年生になって「今日からひとりで男湯に行け」と言われてそうしたけれど、男湯の脱衣場にも女湯で見かけた紺の上着を着た同じ女性が入って働いているのにびっくりし、三畳間のお兄さんとはその後どうなったのだろう、などと横顔を見てぼんやり思ったものだった。

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