【民家の品格】

【民家の品格】

 

司馬遼太郎が新聞社文化部の記者だった頃、当時気象庁課長をしていた人物に連載小説の依頼をするため上京し、ものの見事に断られたという話なのだけれど、司馬遼太郎がその後も一愛読者であり続けたその人とは新田次郎のことだった。

新田次郎と妻藤原ていの間に赤ちゃんが生まれ、自分の生まれたばかりの息子が力強く乳を吸うのを見て赤ちゃんは舌で乳房の乳頭を巻いて真空(バキュウム)を作っているのではないかと仮説を立てる話を、司馬遼太郎は印象深く読んだことを記憶していたという。

70 歳を過ぎた頃のこと、司馬遼太郎はある優れた著者による新刊書を感心して読みながら、突然この著者こそあの新田次郎の赤ちゃんではないかと気づき、調べてみたらその通りである奇遇に驚いたという。その人とは数学者藤原正彦のことだった。

この話を書いた数ヶ月後に吐血して倒れそのまま亡くなられているので、司馬遼太郎は新田次郎の息子の藤原正彦が 10 年後に『国家の品格』という大ベストセラーで名をはせることを当然のことながら知らない。

東京都北区中里を散歩していたら中里親睦会館という小さな二階屋があった。
司馬遼太郎風に書けば、こういう建物を見ると風景のいい民家としてこのもしくおもう。

( 2009 年 3 月に閉鎖した電脳六義園通信所 2008 年 7 月 27 日、14 年前の日記に加筆のうえ再掲載。)

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