電脳六義園通信所別室
僕の寄り道――電気山羊は電子の紙を食べるか
老人ホーム寸描 旅路の果ての詩人たち 11 人気急上昇のSさん
老人ホーム寸描
旅路の果ての詩人たち 11
人気急上昇のSさん
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若いケアワーカーたちに人気急上昇のSさんは、ちょっと前まではただの気むずかしいおばあちゃんだった。一昨年の敬老会では、お祝いにやって来た幼児にむかって
「うっせー!」
と怒鳴っている光景が手持ちのビデオに映っている。当時のことを知っているベテランケアワーカーは、介助中Sさんに話しかけている若いケアワーカーに
「気をつけて、しつこくするとSさん恐い人になっちゃうよ!」
などと声かけをしている。
新人ケアワーカーたちは失敗を繰り返しながら育っていく。上手な付き合い方に成功した同僚からの学習力も高い。Sさんと仲良くやっているケアワーカーを真似するうちに、Sさんはみんなの人気者になっているが、Sさんの人格が変わったわけではない。Sさんに話しかけても返事がない時は、うまく聞き取れないか意味がつかめないのであり、声かけの返事をしつこく求められるからSさんは怒っていたのだ。ちゃんと言葉のピンポンが成立すれば、Sさんはやさしくて可愛い人なのだ。
先週の日曜日も、若いケアワーカーや生活指導員がSさんとの会話を愉しんでおり、皆がクスクス笑いをする光景がほのぼのして嬉しかったので聞き書きしてきた。
指導員「Sさん、ご飯残ってるけどどうする?」
Sさん「残しとく」
♯ 指導員、お年寄りと同じメニューのお盆を持って隣りに腰掛けながら
指導員「Sさんのとなりで自分のご飯を食べさせてもらうね」
Sさん「おいしい」
♯ 指導員、また食べ始めたSさんを見て
指導員「あれSさん、まだおなか減ってたんだ」
Sさん「もう食べない」
♯ 指導員、それでも食べているSさんを見て
指導員「もう少し食べる?」
Sさん「もう少し食べたい」
指導員「よく噛んでね」
Sさん「うん」
♯ 指導員、食べ終えたSさんに
指導員「Sさんきれいに食べたね」
Sさん「きれいに食べた」
このコミュニケーションの鍵は、隣りに腰掛けてご飯を食べるという生活相談員Nさんに対して言ったSさんの「おいしい」であり、SさんはNさんが隣りで食べてくれるというので「うれしい」と言ったつもりなのだと思う。だから食欲が復活してきれいに完食したのだ。
食事後、ピンポン的会話の上手なケアワーカーYくんに車いす介助をして貰い、口腔ケアを済ませて居室に帰る時も、楽しい会話を交わしながら退出していった。
Yくん「Sさん、おなかいっぱい?」
Sさん「おなかいっぱい」
Yくん「晩ご飯は?」
Sさん「晩ご飯もいっぱい」
Yくん「晩ご飯はぶり大根ですよ」
人格などというもの、とくに子どもやお年寄りや弱い人のそれは、他人が勝手に作り上げているものなのだと思う。
|特養ホーム帰りの乗換駅田端にて。真ん中あたり、夕日に染まった東京スカイツリーが見えている。|
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