フィット


SIGMA DP1Merrill

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自分の足に完全にフィットした靴と、巡り合えた人は幸せだ。
多くの人は、一生巡り合えないで終わるという。
僕の場合、最近になって、ほぼ文句の無い型の靴と巡り合うことが出来た。
50歳になってやっとである。
それがきっかけで、靴の趣味にのめり込むこととなった。

僕の母親は、ある職人さんの作った靴しか履かない。
もう30年以上も、その靴以外の靴を履こうとしない。
自宅には、未使用の予備も含めて何足か、そのメーカーの靴が置いてある。

最初の出会いは、小さな出来事であった。
叔母から誘われて、ある商社の開いた、社内販売の売れ残り品セールに出向いた。
その会場で、安く売られていたハイヒールを一足購入した。
それが30数年前のことだ。

ところがこの靴が、自分の足に見事にピッタリと合った。
今まで体験したことが無いほど完璧にフィットし、履いた瞬間から、何のストレスも感じず、一日履き続ける事が出来た。
家に帰って脱いだ時に、そういえば今日はずっとこの靴を履いていたのだ・・と改めて気付くほど、自分の体の一部になってしまったという。

それから、靴を作ったメーカーを探した。
一度あの履き心地を体験してしまうと、もうそれ以外の靴を履く気になれなかった。
やっと探し当てると、意外にも自宅からそう離れていないところで、小さなお店を開く職人さんであった。
それ以降、母親は年数回お店に通い、その職人さんの作った靴を買うようになった。

職人さんとも親しくなり、靴との最初の出会いのことを話した。
それは、若い頃にイタリアで修行してきて、帰国して最初に出したモデルだという。
商社に卸したが、あまり売れなかった・・と言って職人さんは笑った。

もちろんあちらも、僕の母親のようなユーザーがいてくれることを、心底喜んでくれている。
何しろ、一生涯自分の作った靴しか履かないというのだ。
職人冥利に尽きることだろう。

あまりにフィットするので、母親は何人かの人にその靴を紹介した。
多分4、5人の知人を、そのお店に連れて行ったはずだ。
しかし一人として母親のようにフィットした人はいなかったようで、いつも最初の一足だけで話は途絶えてしまった。

最近になり、母親も高齢になったため、安定した太目のヒールの靴を職人さんにお願いした。
若い頃から徹底してハイヒールを履く母親であるが、さすがに足元が危なくなってきたのだ。
予備に買ったヒールの細い新品の靴が、いくつか箱に入ったまま家にあったが、それはすべて姪にプレゼントした。

職人さんは、母親のために太目のヒール部分のパーツを、まとめて5つ仕入れてくれた。
それを聞いた母親は、もし自分が途中でいなくなったら悪いから、私がまとめて全部買いますと言った。
職人さんは驚いて、とんでもない、構いませんよ、そんなこと・・と真面目な顔で答えた。
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