酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「解放区」~フェンスの先は楽園か

2019-10-28 23:21:19 | 映画、ドラマ
 帰省を挟んでこの10日余り、内外のニュースをチェックする機会が減っていた。気になっていたことを枕で記す。

 知人の杉原浩司氏が代表を務める武器取引反対ネットワーク(NAJAT)は先日、日本とイスラエルの軍事連携を掲げるイベントを主催した日経新聞前で抗議活動を行った。背後に控えるソフトバンクの孫正義氏は、武器、セキュリティー面で最先端を行くイスラエルに接近している。就任直後にトランプ大統領と面会するなど、孫氏は悪の枢軸<米-イ-日>のキーパーソンだ。

 健康に不安を抱えるバーニー・サンダースを心配していたが、ニューヨークで先日開催された集会に2万6000人が参加し、復活を印象付けた。民主党プログレッシブを代表するオカシオコルテス下院議員もバーニー支持を表明している。中間選挙で投票率が10%上昇した若年層には社会主義が浸透し、気候危機、銃規制に関心が高まっている。大企業、民主党幹部、自称リベラルのメディアは、地殻変動を恐れているはずだ。

 テアトル新宿で釜ケ崎を舞台にした「解放区」(2014年、太田信吾監督)を見た。上映会で高評価だった本作は完成後5年、ようやく日の目を見た〝幻の映画〟だ。様々な切り口から抉っているうち、返り血を浴びたような感覚に浸った。ちなみに、サブタイトル“Fragile”は壊れやすいという意味だ。人とは脆いもので、道を踏み外せば這い上がるのは難しい。釜ケ崎は敗者を引き寄せるブラックホールだと仄めかしているのだろうか。

 ドキュメンタリーを手掛けていた太田は13年、釜ケ崎で出会った若者2人の消息を追った劇場映画を企画した。<貧困や犯罪に目を据えるだけでなく、抑圧的なシステムを許容する市民一人一人に問い掛ける>ことを目指したが、大阪市に助成金返還を求められ、映倫からはR18+指定を受ける。太田は「あいりん地区をにおわすシーンをカットせよ」との指示に屈せず、お蔵入りになった。この間の経緯はメディアで報じられている。

 太田は企画、監督、脚本だけでなく主役のスヤマを演じている。くしくも今年、「あいりん労働福祉センター」が閉鎖され、「表現の不自由展」に圧力が加わった。言論封殺だけでなく、同調圧力に屈し自己規制してしまう空気が相俟って、日本社会には閉塞感が漂っている。そんな空気に風穴を開けるパワーを秘めているのが「解放区」だ。

 大阪市はあいりん地区が存在することを隠蔽したかった。釜ケ崎は山谷と並び、社会から弾かれたものが辿り着く貧民窟というイメージがあるが、大阪に馴染みのある人の目には、異なる貌が映っているはずだ。<そのフェンスの向こうには〝楽園〟があった>のキャッチ通り、釜ケ崎は一種の駆け込み寺で、相互扶助の精神に溢れている。通天閣と新世界に近い釜ケ崎は名作「じゃりん子チエ」の舞台でもある。

 <若者のリアリティー>というテーマで、ADとしてドキュメンタリー製作に携わっていたスヤマ(=太田)は、40歳間近になっても引きこもりを続ける本山に取材する。音楽をきっかけに心を通わせるが、その手法をディレクターに咎められ、チームを離れる。スヤマは協力を要請した本山と大阪で合流する。

 俺にとって肝に思えたのは、本山がスタッフと闘わせるドキュメンタリー論だ。本山は<おまえたちに底辺で喘いでいる者の気持ちがわかるはずがない>と詰め寄る。森達也、想田和弘、鎌仲ひとみ、土井敏邦とこの国にも優秀なドキュメンタリー監督がいるが、被写体との距離感で、太田は森に近いという評もある。

 無名のキャストを集めたことでリアルさを増し、<セミドキュメンタリー>感を呈している。歌われるラディカルなメッセージともマッチしており、リアルなアジテーションは日本の未来を先取りしている。スヤマもまた撮る側から〝釜ケ崎に漂着した若者〟になる。衝撃のラストは夢を諦め、苦界に身を沈める覚悟の行為の表れともとれる。そこは<楽園>だと信じながら……。
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