酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「サラバ!」~<邂逅と再会>、<崩壊と再生>を描く壮大な物語

2021-04-16 12:50:50 | 読書
 俺の感動体質は齢を重ねるごとに進化している。6年前、「CSI:科学捜査班」最終話(WOWOW)に深く感動した。「シーズン9」までチームを牽引したグリッソムとサラが再会する。15年にわたる愛の軌跡を綴った映像のバックにザ・フーの「ビハインド・ブルー・アイズ」が流れ、涙腺が一気に決壊した。

 スカパーで「ザ・フー~ライヴ・アット・キルバーン」を見た。映画「キッズ・アー・オールライト」用に撮影されたシークレットギグで、全編を見るのは初めてだった。5曲目に演奏された「ビハインド――」にまたも涙が抑え切れなくなる。そういえば先日、電車の中で号泣しそうになったが、〝マスクの日常〟で気付かれずに済んだ。読んでいたのは「サラバ!」(西加奈子著、2014年、小学館文庫)である。

 西の小説を紹介するのは「通天閣」(06年)以来、1年4カ月ぶりである。西はテヘランで2歳まで過ごし、小学校1年から5年までカイロで暮らした。その幼年期を下敷きにしたのが「サラバ!」だ。本作は圷(あくつ)家の40年にわたる波瀾万丈を描いた叙事詩といえるだろう。

 主人公の歩(あゆむ)もテヘラン生まれで、当地に赴任した父、母、姉の貴子とともにカイロで5年過ごした。当地の風土、人々の気質、習慣が精緻に描写されていた。上中下3巻(900㌻超)の長編で切り口は多いが、俺自身の来し方と照らして感想を記したい。

 本作には〝ボーイズ・ラブ〟的な雰囲気が漂っている。カイロ在住時は同い年のヤコブ、高校時代はサッカー部のチームメイトである須玖に、歩は恋以上の思いを抱いていた。記憶を振り返ると、俺も10代の頃、男の友人に嫉妬に近い感情を覚えたことがある。本作の歩は決して特別ではない。西の男性への理解度に感心した。

 「サラバ!」は日本語的には〝さようなら〟だが、歩とヤコブにとって「また会おう」という気持ちを込めた合言葉だ。本作のテーマは<邂逅と再会>と<崩壊と再生>で、キーワードは<白くて大きな化け物>と<すくいぬし>だ。ジョン・アーヴィング著「ホテル・ニューハンプシャー」、ニーナ・シモンの「フィーリング・グッド」を主旋律に物語は進行する。

 カイロ在住時、父と母は離婚し、歩は母、姉と大阪に帰る。圷家は崩壊するが、既に綻んでいた。元凶は姉で、〝わたしを見て〟という欲求が空回りし、母との亀裂は埋め難かった。歩は突飛な言動で周りを混乱させる姉を嫌い、空気を読むのが習いになる。痩せこけて〝ご神木〟と陰で呼ばれ、孤立する姉と対照的に、歩はいつも仲間に囲まれていた。ヤコブ、須玖に続き大学時代、映画サークルで出会った1年後輩の鴻上とは、男女を超えて語り合える親友になった。

 背が高くイケメンの歩は超モテ男だった。美人の恋人を取っ換え引っ換えし、カルチャー系ライターとして地歩を築いていく。内外のクリエーターに取材するようになった歩だが、致命的欠陥に気付いていなかった。<自分がどう見えているか>に拘泥していることで、女性への距離感もそこに基づいている。だから、〝ビッチ〟の鴻上とは関係を持たなかった。一方の姉は傷つきながら漂流し、<自分は何者か、信じるものは何か>を探し続ける。

 再会するたび、決定的だった姉弟の差が埋まり、逆転する。抜け落ちる髪はメタファーなのか、歩は仕事も恋人も失っていく。カルチャーをツールとして用いてにしていたことが隠せなくなって、図書館だけがサンクチュアリになる。かつて自らと社会を遮断していた姉は依然、喘いでいた。パフォーマーとして認められたものの挫折したが、それでも殻を破り、信じるものを手にした。

 どん底の歩は、須玖、鴻上と奇跡的な再会を果たす。他者への感応力に優れた須玖は阪神・淡路大震災の衝撃で高校に来なくなり、15年以上も没交渉だった。須玖の生業は想像もつかないものだったが、そこに鴻上が加わり、温かで緩やかな円は壊れそうになる。原因は歩の狭量さだった。

 ともに理解者として姉に寄り添う矢田おばさん、夏枝おばさんの魅力的なキャラクターが本作に彩りを添えている。包容力と磁力を併せ持つ矢田おばさんは、意志に反して新興宗教の教祖的存在になる。<すくいぬし>という言葉はやがて、社会を拒絶していた姉の芯と幹になる。夏枝おばさんが身につけたカルチャー全般への理解は、歩だけでなく須玖にも影響を与えた。

 エジプト革命の報に、歩は当地を訪れ、ヤコブと再会する。10歳の頃、2人は別れの日、ナイル河から蜃気楼のように立ち上る<白くて大きな化け物>を見た。あれは歩、そしてヤコブにとって、未来に繫がる時間だったのか……。歩は化け物の正体を表現することこそ、自分に課された義務だと確信する。歩にとって<すくいぬし>は小説家になることだった。

 圷家に慰安が訪れ、母、姉、歩は空白を埋めるかのように寄り添う。俺は書かれていない終章以降に思いを馳せる。父と母との再会だ。父は決して自分は幸せになってはいけないと誓い、意識的に自らを削いでいく。そんな父は、母にとって<すくいぬし>だったのは。本作は秘められた思いに紡がれた、宿命的で哀しい愛の物語でもある。

 「サラバ!」は全ての人にお薦め出来る作品だ。読者は必ず自分の来し方に重なる部分を見つけられるはずだ。自分史や家族の物語を書いてみたい……、そう感じる人もいるだろう。
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 「騙し絵の牙」~獰猛な牙は... | トップ | 「シャドー・ディール」&杉... »

コメントを投稿

読書」カテゴリの最新記事