酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「死亡通知書」~世界を震撼させた華文ミステリー

2024-09-13 20:48:16 | 読書
 10日ほど前、BS世界のドキュメンタリー枠で「嘘もヘイトも金になる ネット自動広告取引の闇」(2024年、フランス・スペイン制作)が放送された。既に中身は抜け落ちているが、示唆に富む内容だった。フェイスブックやYouTubeを利用している方は多いと思うが、フェイスブックでは掲載された広告が偏り、YouTubeでは自分が頻繁にチェックしている動画に傾向が近いものが並んでいる。

 効率的な収益を図る広告アルゴリズムを利用しているのがトランプ支持派で、社会の<タコツボ化>により、人々の分断は進行する。米大統領選に向けてのテレビ討論会で、トランプは<移民は犬や猫を食べている>、<あなた(ハリス)はマルクス主義者>といった愚かしい発言を繰り返した。だが、トランプに一票を投じる人々は〝常識〟と捉えたに相違ない。アメリカだけでなく、フェイク、ヘイト、陰謀論が蔓延する社会に恐怖さえ覚える。

 さて、本題……。当ブログで中国の小説を紹介したのは「心経」(閻連科著、2021年12月27日の稿)のみだ。一党独裁、硬直した官僚機構、都市と地方の格差、はびこる拝金主義を穿ち、発禁処分を受ける。中国での文化活動は常に共産党との距離が問題になるのだ。2作目に選んだのは「犯罪通知書 暗黒者」(周浩暉著、稲村文吾訳/ハヤカワ・ポケット・ミステリ)だ。

 ネット上での連載で人気を博し、ネットドラマ化された作品は驚異的な再生数を記録しているという。<刊行物を読む>というアナログ活字世代の俺とは依拠する基盤が異なるかもしれないが、夏バテした脳にも言葉はくっきり印字された。<犯罪は普遍的なテーマだから、推理小説は、それが中国のような権威主義的な政治体制下で書かれたものでも文化の違いを乗り越えられる>(要旨)と作者がインタビューで答えていた通り、本作は欧米でも絶賛された。

 中国で刑事は公安局所属という括りになっているようで、日本での公安とは異なる。2002年10月、ネットカフェの情報をチェックしていたA市公安局の鄭郝明刑事が殺される。現場に姿を現したのは龍州刑事隊長の羅飛で、管轄外でありながら鋭い分析力で周囲の称賛を得る。奇妙な動きに訝しさを感じたのは捜査本部を仕切る韓灝で、俺も怪しさを感じたが、羅飛こそ周浩暉作品のメインキャラクターで、高村薫作品における合田雄一郎のような存在だ。

 捜査本部の主要メンバーには、韓灝と助手的な存在である尹剣刑事、特殊警察部隊隊長の熊原とその部下の柳松、技術顧問でIT専門家の曾日華、警察学校で犯罪心理学を教える女性の慕剣雲と個性的な面々が揃っている。羅飛にとって本件は1884年に繋がっていた。警察学校でともに学んだ恋人の孟芸と親友の袁志邦の爆殺事件と深く関わっているからだ。エウメニデスによる殺人予告が警察の警戒を嘲笑うように実行されていく。

 ミステリーだからネタバレは抑えたい。描写は稠密で、様々な切り口から真相に近づいていく。エウメニデスには復讐の女神と慈愛の女神の二つの意味があり、物語の展開にも即している。羅飛と韓灝が抱える懊悩がストーリーの回転軸になっていた。キーパーソンである黄少平の五感が鄧小平に似ていると思ったが、大した意味はなさそうだ。

 本作は3部作の序章で、第2部「宿命」、第3部「離別曲」と続く。充実した本作に感嘆するだけでなく、続編の邦訳を待ち望んでいる。
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