酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「グリーンブック」~予定調和のカタルシスに癒やされるロードムービー

2019-03-19 22:22:54 | 映画、ドラマ
 クライストチャーチ(NZ)のモスクで銃乱射事件が起き、50人が亡くなった。逮捕された白人至上主義者は「刷新された白人アイデンティティーと共通目的の象徴」とトランプを称賛していた。メキシコ国境の壁、エルサレム首都認定、INF破棄など、トランプが体現する非寛容が世界を狂わせている。

 アメリカの虚妄の2大政党制は、極右とラディカルを排除する仕組みとして巧みに機能してきたが、前回の大統領選で〝安全弁〟は壊れ、ティーパーティーや福音派の流れを酌むトランプが勝利を収める。一方で民主党は、反組合法→ウォール街を占拠せよ→サンダース旋風→中間選挙のプログレッシブ躍進と左派転回が顕著になっている。

 次期大統領選に向け、サンダースだけでなく。プログレッシブに近い女性たち、アマゾン解体を掲げる上院議員らが立候補を表明した。多様性と共生を主張に取り込みミレリアル世代の支持を受けた〝社会主義者〟が、トランプと逆の側から安全弁を壊すかもしれない。

 トランプが醸成する刺々しい空気を和らげる映画を新宿で見た。作品賞、脚本賞、助演男優賞でオスカーを獲得した「グリーンブック」(18年、ピーター・ファレリー監督)である。ソールドアウト状態で上映中の作品ゆえ、ストーリーの紹介は最小限にとどめ、感想と背景を記したい。

 本作は実話に基づいている。1962年、アフリカ系ピアニストのドン・シャーリー(マハーシャラ・アリ)がディープサウスをツアーすることになり、運転手を募集する。採用されたのは、黒人への偏見を隠さないイタリア系の通称トニー・リップことトニー・ヴァレロンガ(ヴィゴ・モーテンセン)だった。トニーは名門クラブ「コパカバーナ」の改築で失業中だった。

 前年に大統領に就任したジョン・F・ケネディが弟の司法長官ロバートとともに黒人差別撤廃を掲げていたことが、本作の後景になっている。ドンがなぜ、厳しい差別が残る地域へのツアーを敢行したのかは後半に明かされる。ちなみにタイトルの「グリーンブック」とは、黒人が宿泊出来るホテルを掲載した旅行ガイドだ。

 違和感を覚えたのはドン音楽性だった。装いは成功したミュージシャンのステレオタイプだが、ピアノのタッチはブルース、ジャズ、ソウルとは無縁で、アレサ・フランクリン、リトル・リチャードも知らない。黒人がクラシック界で階段を上るのは困難な時代、ドンは原曲をアレンジすることで人気を博していた。

 ドンは複数の博士号を持つバイリンガルで、礼節を弁えるインテリだ。トニーは無学で暴力的傾向が強い。水と油の両者だが、トニーはドンの演奏に触れて敬意を抱く。本作がコメディーに分類されるのも、両者の〝間〟が面白く、見る側を惹きつけるからだ。ドンは人種差別、そしてセクシャリティーと二重の蹉跌を抱えているが、裃を少しずつ脱いでいく。

 両者の立ち位置は、当初の上下から、喘ぐドンをトニーが受け止める関係に変化していく。ドンは世間知らずの〝孤独な箱入り〟。トニーは従軍経験もあり、欲望渦巻くクラブで魑魅魍魎を相手に成り上がったつわもので、家族やコミュニティーに恵まれている。攻撃力だけでなく、「人生は簡単ではない」ことを骨の髄から知り、対応力と包容力を併せ持っているのだ。

 ドンにとってトニーとの旅は、アイデンティティーを探す道程だった。故障した高級車に主人然として乗るドンに、農場の黒人労働者たちが鋭い視線を送る。黒人からは孤立し、上流階級に〝黒い白人〟と迎えられても、トイレは別という事態に直面する。「俺は何者なのだ」という叫びが、両者の絆を深める決定打になった。ラスト近く、ドンが黒人専用のバーで楽しそうにセッションするシーンが、本作のハイライトだった。

 細部に至るまで工夫が凝らされた心和むロードムービーだが、欠点があるとしたら、予定調和に過ぎる点かもしれない。「きっとこうなる」と予感した通り、物語は進む。妻ドロレスへのトニーの手紙を巡るエピソードも楽しめた。ラストのカタルシスも想定内だが、それでも癒やされた。

 モーテンセンはアメリカ文化の奥深さを描いた「はじまりへの旅」(16年)が印象に残っている。エキセントリックなボヘミアンを演じていたが、「グリーンブック」のトニーは大食いという設定で20㌔増量したという。詩人、写真家、ミュージシャンとしても活躍する才人が、オスカーを手にする日は来るだろうか。
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2 コメント

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Unknown (観終わった後爽やかでした)
2019-03-20 05:57:51
私にとってViggo Mortensen はロードオブザリングのアラゴルンなのですが、時代劇でない映画の彼もとても素敵でした♪
メリーに首ったけのファレリー兄弟の兄が監督で、当時の厳しい人種差別を題材にしながら、そこかしこに笑いを誘うシーンがあり、観終わった後気持ちの良い、爽やかないい映画でした。
フライドチキンを食べるシーン、Tonyが妻に手紙を書くシーン、クラブで即興でピアノを弾くシーンがとても楽しく印象的でした。
そして帰り道、また警察に?と思ったら、パンクを知らせるためだったと知って、どれほど安堵し嬉しい気持ちになったことか。
ボヘミアンラプソディーがライバルでなかったら、Viggo Mortensen はアカデミー賞を受賞していたかもしれませんね!!
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柔らかく温かい (酔生夢死浪人)
2019-03-23 10:47:19
 シリアスなテーマを、こまやかな演出で柔らかく包むロードムービーで、温かいカタルシスを感じました。モーテンセンの役作りも素晴らしかった。いずれオスカーを手にするでしょう。
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