酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「地球星人」~村田沙耶香の世界観と強靱さに圧倒される

2019-05-31 12:28:38 | 読書
 川崎で忌まわしい事件が起きた。亡くなった2人の冥福と、心身に傷を負った方々の回復を心から祈りたい。社会の底から世間を眺めている俺ゆえ、偽悪的に記すのが常だが、自分は岩崎容疑者とさほど遠くないと感じている。一つ二つ歯車が狂っていたら、還暦を過ぎた今、どうなっていたのだろう。

 20代半ば、俺はひきこもりの走りだった。当時の知人は「爆弾でも作ってるんじゃないかと思った」、ある女性は「無理心中を迫られそうでビビった」と後に証言している。定職に就かず極貧だった俺は親不孝の極みで、「何かしでかしたのでは」と両親は朝刊を開くのが怖かったらしい。まさに犯罪予備軍だったのだ。

 ドラマW「坂の途中の家」(角田光代原作)は秀逸な内容だ。1児の母である里沙子(柴咲コウ)は、わが子を虐待死させた水穂(水野美紀)の公判の補充裁判員に選ばれた。裁判の進行につれ、里沙子は水穂の喘ぎにシンクロし、自分も娘に手を掛けてしまうのではという予感に苛まれていく。どのような結末が待ち受けているのか、明日の最終回が楽しみだ。

 映像化された作品にしか接していないが、角田ワールドには、女性への世間の不理解に醸成された悪魔が潜んでいる。さらに衝撃的な女流作家の小説を読了した。村田沙耶香の最新作「地球星人」(新潮社)で、帯に記された「過去10年で一番驚愕した小説」との佐藤優氏の絶賛も頷ける衝撃的な物語だった。

 芥川賞受賞作「コンビニ人間」を<カフカ的なテーマに貫かれ、アイデンティティーと疎外という深遠なテーマが滲む作品>と評したが、「地球星人」はその延長線上にある。主人公の奈月は「坂の途中の家」の里沙子と異なり、世間や常識を幼い頃から敵視している。

 奈月は両親、姉とともに、お盆になると長野県の秋級に向かう。鄙びた村で、UFOが飛来しても不思議のないムードを醸している。年に一度、全国から親族が集う祖父母宅で、いとこの由宇と結婚を誓う。由宇はポハピピンポポピア星人、奈月は魔法少女を自称する。由宇もまた世間に距離を覚えていた。

 奈月に近づいた塾講師の伊賀崎は一流大に通うハンサムな青年で、生徒や保護者の受けもいい。完璧な普通人の異常な振る舞いに、「自分の体が自分のものでなくなる」と直感した奈月は、秋級で思い切った行動に出る。針金で結婚指輪を作り、由宇と結ばれた刹那、大人たちに見つかって大騒動になる。いとこ同士の小学生のセックスという禁忌を破って引き離された二人の誓いは、<何があっても生き延びること>……。

 物語は20年後にタイムスリップし、奈月は世間の監視から逃れたい人々が集う「すり抜け・ドットコム」で出会った智臣と、セックスレスを前提に結婚していた。夫婦は<工場>を拒絶することで繋がっていた。恋という幻想で子宮と精巣を接触させ繁殖に至る工程から距離を置く二人は出来損ないの部品だった。工場は地球星人の作り上げた仕組みともいえ、職を転々とする智臣は二重の意味で不良品だった。

 奈月は地球星人であることを拒否しつつ、支配されたいというアンビバレンツに引き裂かれている。「コンビニ人間」の恵子は<世界の部品であることを初めて感じ、コンビニ人間として生まれた>と意識するが、奈月もまた、地球星人に洗脳されるのも悪くないと考えることがある。

 本作のハイライトは二つの殺戮シーンだ。奈月はぬいぐるみのピュートに勇気付けられ伊賀崎を惨殺する。変質者である伊賀崎だが、友人たちはストーカーに追い回される恐怖を克服しようと睡眠薬を服用していたと証言していた。幽体離脱して、伊賀崎の心に棲む悪魔を殺した……。奈月はデジャブのように記憶しているが、別の捉え方も可能ではないか。

 工場の掟に詰められた夫と秋級に向かった奈月は由宇と再会する。地球星人になってつまらなくなったと感じた由宇だが、天与の共感性ゆえ、夫婦の影響でたちまちポハピピンポポピア星人だったことを思い出す。盗み、そして凄まじい殺人と逸脱を繰り返すうち、三人は三匹と表記されるようになる。理性を失うことで解放された奈月が初めて疼き(性欲)を覚えるという設定が興味深い。

 今の日本社会の矛盾なんて問うても、村田は一笑に付すかもしれない。お茶目に見える彼女だが、社会や構造を内在化し、皮膚を固めているのは明らかだ。強靱だからこそ、シュールで狂気に満ちた物語を提示出来る。驚愕のラストと村田の世界観を味わってほしい。

 最後に、安田記念について。POG指名馬アーモンドアイとダノンプレミアムが文字通り雌雄を決する。40年超の競馬歴で最大のイベントだ。俺の予想は本命ダノン、対抗アーモンドだが、愛する両馬の一騎打ちを期待している。
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