酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「ダラス・バイヤーズクラブ」が描くアメリカの矛盾と人間の尊厳

2014-02-28 12:47:33 | 映画、ドラマ
 高村薫は「神の火」(91年)で、<二酸化炭素排出規制=原発推進派の後ろ盾>に言及していた。15年後(06年)、<二酸化炭素温暖化説>に則る「不都合な真実」が公開され、提唱者アル・ゴアはノーベル平和賞を授与される。聖人になったのも束の間、転落も早かった。ニューヨーク・タイムズら主要紙に誤りを指摘され、日本の原発推進派でさえ、同説に依拠する者はいなくなった。

 有楽町で昨日、1980年代のダラスの街を舞台にした「ダラス・バイヤーズクラブ」(13年、ジャン=マルク・ヴァレ監督)を見た。'13アカデミー作品賞候補作は5本目だが、最も魂を揺さぶられた作品である。

 「ダラス――」の背景に重なるのが<ゴア最大の罪>だ。「金で買えるアメリカ民主主義」(グレッグ・バラスト著、角川書店)はゴアの酷い過去を暴いている。エイズが蔓延するアフリカに向け、南米やアジアで造られた安価の治療薬が輸出される運びになっていた。ストップを掛けたのは〝製薬メジャーの代理人〟ゴアである。高い治療薬がアフリカで普及するはずもない。<史上最も多くのアフリカ人を殺した非人道的な男>の汚名が広がったことが00年大統領選の敗因と、バラストは指摘している。

 人間は苦境に陥らないと矛盾に気付かない。「ダラス・バイヤーズクラブ」の主人公ロン(マシュー・マコノヒー)も同様だった。共和党支持、カウボーイハットが似合うダラス・カウボーイズの大ファン、酒、麻薬、女、賭け事に溺れるうちに野心と夢は溶け、トレーラーハウスに独り暮らし……。ロンは冒頭のシーンで、エイズ感染を公表したロック・ハドソンをこき下ろしていた。

 体調不良を自覚していたロンは、意識を失い病院に搬送される。待っていたのは「エイズで余命30日」の宣告だった。エイズ患者≒ゲイが当時の常識だったが、ロンの場合は不特定多数(主に娼婦)との性交渉が感染の理由だったのだろう。マッチョを競った仲間たちはロンから離れていき、彼の身を案じたのは幼馴染の警官タッカーだけだった。

 偏見、孤立、死への恐怖と闘いながらエイズについて学ぶうち、ロンは恐るべき構図に行き当たる。副作用のある高価なAZTで患者をモルモットにするFDA(米保健福祉省)と製薬メジャー、病院、ゴアら政治家、司法当局、メディアが結託してエイズ患者を死に追いやっている。敵は強大な国家そのものなのだ。

 メキシコ人医師の処方で生き永らえたロンは、効果的な治療薬をエイズ患者に与えるべく、「ダラス・バイヤーズクラブ」を立ち上げた。副作用が小さく安価な薬は企業の利潤を生まない。だから権力は、全国に広がった「バイヤーズクラブ」を弾圧する。ロンは日本やオランダを訪れ、治療薬確保と販路拡大に邁進する。

 病院で知り合ったレイヨン(ジャレッド・レト)を毛嫌いしていたロンだが、あまりの駄目さに肉親の情が芽生え、同時にゲイや女装への偏見は消えた。マコノヒーは21㌔、レトは12㌔減量と身を削った演技が衝迫を際立たせ、神々しい輝きを添えている。

 レイヨンはマーク・ボラン崇拝者という設定で、エンディングにはT・レックスが流れていた。レイヨンの恋人サニーを演じたブラッドフォード・コックスはディアハンターの中心メンバーと、ロックの薫りがする作品である。4ADナイト(11年11月)で彼らを見たが、ブロンド・レッドヘッドの至高のパフォーマンスと比べ、「情念に欠ける」と辛口に評した記憶がある。

 享楽的に生きてきたロンは、医師のイブ(ジェニファー・ガーナー)と共に生きたいと願う。心から愛しているのに彼女を抱きしめられない。ロンとイブの表情に、切なさと哀しみが宿っていた。ロンとイブ、そしてレイヨンとサニーと、本作は崇高な愛の形に迫っている。

 絶望の淵を知った者は、勇気や優しさを身につける。ロンにとってエイズ感染は悲劇だったが、矛盾と闘い、差別意識を克服し、人間の尊厳を体現する。地上すれすれを舞っている俺など、真実に近づくために堕ちた方がいいのだろうが、気力も体力もとっくに萎えている。そうなったら這いつくばったまま、人生を終えることになるはずだ。
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