酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「夫婦茶碗」~毒々しくておちゃめな町田ワールド

2014-02-01 23:13:02 | 読書
 「STAP細胞」作製に成功した小保方晴子さんが、過熱する報道に自重を求めた。俺も童顔の30歳に胸キュンのアラカンオヤジだが、「研究が進めば若返りにも応用可能」と聞いて暗い気分になった。先日の朝刊各紙に<最富裕層85人の資産総額は下層の35億人分に相当する>という記事が掲載されていた。<1%>が健康と寿命を金で買い、<99%>の命はさらに安く軽くなる……。幾多のSFに描かれた歪んだ未来が現実になりそうだ。

 星野智幸が自身のブログ「言ってしまえばよかったのに日記」で都知事選について綴っている。メーンに据えたのは貧困と格差、そして福祉の問題だ。鋭く深い論考に感銘を受けたが、元首相連合を批判しており、一読して怒りに震える細川支持者もいるはずだ。

 細川候補は宇都宮支持を表明している三宅洋平氏と対談した。三宅氏は「哲学を語り合うことが出来た。次回は(宇都宮氏を含めた)3人で会いたい」とツイッターに投稿している。若さゆえの柔軟さだろう。三宅氏だけでなく山本太郎参院議員も、脱原発派に生じた亀裂を修復すべく立ち上がった。

 昨年以降、本の途中放り出しが続いた。解決策として、同世代の日本人作家で馴らすことにした。村上龍、保坂和志に続き、町田康の「夫婦茶碗」(98年、新潮文庫)を読んだ。01年に映画化された「人間の屑」も収録されている。〝21世紀の戯作文学〟といえる毒々しくておちゃめな町田ワールドに、玄関口で魅了された。猫好きで知られる町田らしく、「人間の屑」には猫についての観察と薀蓄がたっぷり披露されている。

 堕落、下降、現実逃避、幼児性、衝動、反抗、自虐、社会的不適応、身から出た貧乏……。「夫婦茶碗」のわたし、「人間の屑」の清十郎は、上記の負の言葉を重ね着していた。「夫婦茶碗」の妻、「人間の屑」のミオのアンニュイで浮世離れしたキャラは、町田の好みに違いない。

 「夫婦茶碗」に顕著だが、会話のズレとおかしみに落語を連想した。ちなみに同作の結末は、落語のオチに近い。不良、奔放というイメージを勝手に抱いていたが、セックスや薬物耽溺の描写は淡泊だった。町田は意識的にブレーキをかけているのだろうか。成熟とは程遠いわたしと清十郎は、心ならずも父になったが、〝責任〟の重圧で変調を来す。

 「夫婦茶碗」のわたしは知人の仲介でペンキ塗りを始めるが、日給8000円で非創造的作業に身を削るべきではないという思いが頭をもたげてくる。仕事を辞め夢想に逃げ込んだ揚げ句、夫婦のおかずは自生するタンポポのてんぷらと相成った。神経症的症状が現れてきたわたしは、卵の保管を巡って妻と険悪になる。一念発起してメルヘン作家を目指すものの、現実と空想が次第に混濁してくる。

 「人間の屑」の清十郎は、作者自身の投影といえるだろう。パンクロッカーとして好スタートを切りながら、薬物に手を出したり、女性関係がこじれたりで、東京から2度、逐電する羽目になる。最初の逃亡先は祖母が所有する温泉旅館、次は母が女郎屋を営む大阪と、清十郎は家族の絆にすがっている。破天荒と自省のアンビバレンツに引き裂かれた清十郎を待ち受けていたのは、とんでもないカタストロフィーだった。

 下降の書き手といえば車谷長吉で、主人公は自らを削ぎ落としながら孤立し、社会の底まで沈んでいく。町田の主人公も堕ちていくのだが、そこにカラフルさと飛翔を感じた。ダウナーな車谷、ポップな町田……。下降もまた、作者の個性で描き方が変わってくるのだろう。

 大抵の人はセーフティーネットを設け、自らの安全を保障する。超凡人の俺が言っても説得力はないが、無理を承知で壊れ、狂うことが、非凡に至る道筋なのだろう。町田の作品に触れ、そんなことを考えた。
コメント (4)
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