酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

猫の日に寄せて~ビートが叩いた「夏への扉」

2012-02-22 23:11:53 | 読書
 きょう2月22日は猫の日だ。子供の頃から犬嫌いで、以心伝心というべきか、俺にだけ吠える犬までいる。その分、猫は好きだが、広言する資格はない。近隣の猫に餌付けしたことから裁判沙汰に至った加藤一二三9段の例を挙げるまでもなく、猫を普遍的に愛するためには、社会との折り合いが必要になる。

 大抵の猫好きは、<自分と接点がある猫>だけを愛し、そこで生まれる濃密な関係を楽しんでいる。俺自身の猫についての思い出もあれこれあるが、今回は「夏への扉」(1956年、ロバート・A・ハインライン著/ハヤカワ文庫)を紹介する。

 小松左京以外、SFを読んだ記憶が殆どないから知識は全くないが、ハインラインはアイザック・アシモフ、アーサー・C・クラークとともにビッグ3と称される巨匠という。SF作家には科学の進歩だけでなく、グローバルな政治力学の変化を見据える巨視も求められる。ウィキペディアで遍歴を読む限り、ハインラインは極右からリベラルまで、時代に応じてスタンスを変えた作家らしい。女性(妻)からの影響が窺える点が微笑ましい。

 膨大な作品群の中で、日本のSFファンに高い人気を誇るのが本作だ。主人公ダンは優秀な発明家で、「文化女中器」、「窓拭きウィリイ」、「万能フランク」、「製図タイプライター」など斬新なアイデアを幾つも形にした。1971年から冷凍睡眠で2001年、タイムマシンで71年に戻り、冷凍睡眠で再度2001年へとタイムトラベルを繰り返しながら、様々な問題を解決していく。時空を飛ぶ映画や小説で問題になるのは、未来や過去の自分との出会いや史実の改変だが、本作では齟齬を来さないよう、細部まで配慮されていた。

 飼い猫ピートが、ダンとリッキィを繋ぐ役割を果たしている。猫といえば牡でも去勢されていても、女性的なイメージが強いが、ビートは〝護民官〟の愛称に相応しいマッチョぶりを発揮する。「じゃりン子チエ」に登場する小鉄みたいに猛々しく、ダンを絶望に陥れたカップルに戦いを挑む。

 小説や映画は、接する時期によってポイントがずれる。本作で印象的だったのは核兵器や原子力に関する記述だ。アメリカは水爆投下で国家存亡の危機に立たされ、ダンは母と妹を失った。ちなみにダンの父は、北朝鮮で洗脳され死に至る。アメリカは逆襲して核戦争で勝利を収めるという設定だが、輸入肉の汚染が言及されるだけで、放射能がもたらす被害は無視されている。それどころか、原子力は未来の万能ツールとして礼賛されていた。

 56年といえば、正力松太郎が原子力委員会初代委員長に就任し、日本が原発建設のスタートラインに立った時期だ。本作にも色濃く反映しているが、ハインラインは戦時中、技術士官として海軍に従軍した。右派政治家とも付き合いがあり、結果としてハインラインは原子力推進派と歩調を合わせることになる。

 ケチを付けてはみたが、本作はあらゆる要素が詰め込まれた読み応えあるエンターテインメントだ。復讐譚であり、社会批評でもあり、70年前後のヒッピーイズムまで織り込まれていた。だが、本作が支持される最大の理由は、ロマンチックなラブストーリーとして成立しているからだと思う。

 来年以降も猫の日に合わせ、猫小説を読むことにしよう。「ジェニイ」、「夢先案内猫」、「内なるネコ」など候補は多いが、森繁久弥の名演が光った「猫と正造と二人のをんな」の原作(谷崎潤一郎)も忘れちゃいけない。

 老後は郷里に帰り、猫とともに悠々自適で暮らしたいと考えている人は多いはずだ。半世紀前は可能だったのに、今ではそう簡単じゃない。こんな21世紀を予測したSF作家は、果たしていただろうか。
コメント (2)
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