酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

俯瞰の目で記された「私小説」~水村美苗が穿つ日本

2012-02-13 22:43:24 | 読書
 土に還る日が近づくにつれ、感性が和風化している。池澤夏樹、カズオ・イシグロ、小川洋子らが創り上げる個性――自然やコミュニティーとの調和を重視し、包容力がありオルタナティヴ――にアイデンティティーを抱いている。

 3・11以降、柔軟で温かい日本人独特の感性が浸潤し、この国の空気が変わることに期待したが、ベクトルは逆だ。猛威を振るっているのは、石原慎太郎都知事や橋下徹大阪市長ら居丈高の<アメリカ型二元論者>である。彼らと日本人観が真逆の俺は、滅びゆく少数派なのだろう。

 日本とは、日本人とは、そして今後の日米関係は……。間口は狭いのに、ページを繰るにつれ奥行きが広がっていく「私小説」(水村美苗著、95年)を読み終えた。副題に“from left to right”とあるように横書きで英語の会話も多い。著者は1951年生まれで、中学1年の時、父の転勤で家族とともにニューヨークに渡った。本作はまさに私小説で、事実に即したストーリーは美苗と姉奈苗との電話のやりとりを軸に、時を行きつ戻りつする。

 別稿(10年12月14日)で紹介した「本格小説」(02年)では、延々と続く美苗のモノローグで、60年代の水村一家の生活が語られる。アメリカに馴染めなかった美苗のその後が、舞台は同じニューヨーク、時を80年代に移して語られる。

 姉妹の男性遍歴は対照的だ。アメリカナイズされた奈苗は数え切れないほど恋に落ちるが、一つとして成就しなかった。一方の美苗は堅く生きてきたが、結婚を前提に同居していた「殿」が日本に帰り、独り身だ。不安で寂しい姉妹はともにニューヨーク在住だが、昼夜問わず電話で話す。父は意識がない状態で病床に伏し、母は若い男とニューヨークを去った。かつての団欒は見る影もなく、<家族という存在は罪の念をひきおこさざるをえない何物かと化して居た>のである。

 <私にとっての日本が、ひたむきな望郷の念の中で化物のように膨れ上がっていった>美苗だが、日本を肯定的に見ていない。感じるのは<発展することによって露呈されてしまう貧しさ>で、<大国になればなるほど精神が矮小になる国、どこを向いてもうすら寒い女の写真と狎れ合いの言葉が宙を舞う国>と吐き捨てる。鴎外の「舞姫」や三島の「鹿鳴館」の引用も効果的だった。  

 美苗が執着するのは日本語で、大学院の口頭試験を区切りに、20年ぶりの帰国を決意する。日本語で小説を書くためだ。父をどうする? 彫刻家を目指している奈苗の未来は? 母は果たして? 渡米20年、水村家に変化の兆しが訪れた。

 美苗の目に映るニューヨークは興味深い。貧富と階層の差は夥しいが、悪いことばかりではない。特筆すべきは、キリスト教に基づくチャリティー意識、他人の目に拘らない自由さだ。教育も充実している。理解度によって編成される少人数クラスで、劣っていた美苗の英語力は飛躍的に伸びた。

 だが、人種の壁は越えられない。ハイスクール時代、合コン的デートで、奈苗の相手にあてがわれたのはコリアンの少年だった。奈苗と付き合ったドイツ人、イタリア人、ハンガリー人、食い詰めたポーランド出身の今の恋人ヘンリックも、いずれアメリカ社会に同化する。だが、黄色人種はそうもいかない。<平等な日米関係>なんてありえないことを、著者は肌で知っている。

 <外では白い雪があふれるほど降っているのだが、黒い夜をさらに黒く染めていくように思える。死の鏡のような沈黙がアパートの内も外も支配していた>……。

 姉妹だけでなく、ハイスクール時代の友人レベッカも、狂いそうな孤独に震えている。他愛のない会話で始まった私小説は、ラストでは凍えるような闇に覆われていた。仄かに射す一条の光は、家族の再生だろうか。

 水村の処女作「續明暗」(90年)は未読だが、「明暗」の続編の形を取っているという。俺は主立った長編を読了後、<漱石は「それから」がピークで、以降の作品は読まなくていい>(論旨)と当ブログで記した。水村の目に触れたら、一笑に付されるに違いない。


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