<1284> 蜘蛛と小紫陽花の花
恋の題 寄り添ひ 花に蜘蛛二匹
最近、高浜虚子の句に接した。中に「ふるひ居る小さき蜘蛛や立葵」という句があった。昭和五年の作で、蜘蛛も立葵もともに夏の季語。つまり、季が夏の句である。季語が二つを嫌う御仁もいるが、虚子は問題にしないように見受けられる。この句の場合は主役が蜘蛛で立葵の近くに網を張って獲物を捕えにかかっているところであろう。蜘蛛は女郎蜘蛛か。この句に接し、以前、小紫陽花(こあじさい)の花の下で睦み合う蜘蛛の写真を撮ったのを思い出した。
今の時期にとは思いつつ、虚子の句に触発され、その写真を題材にしてこのほど句作を試みた次第である。蜘蛛というのは、最近、毒を有するとして騒がれている外来のセアカゴケグモのような要注意蜘蛛もいて怖い存在ではある。その姿はどちらかと言えばグロテスクで、猛烈に嫌う人も少なからずいるが、蛇や百足のようには嫌われる存在ではないところがうかがえる。
写真の光景は三重県境に近い東吉野村の山中で見かけたもの。撮影は六月で、花はコアジサイ(小紫陽花)である。蜘蛛は胴体部分が一センチ弱の小さな種類で、如何なる名を持つのか、残念ながら私には不明である。コアジサイは杉林の縁に群落をつくり、いたるところに花が見られた。その中の一花にカメラを向けたところ、花の下に睦み合う二匹の蜘蛛がいたという次第である。
このときふと思った。こんなところにも生の営みが展開されている、と。日が差し来る度にコアジサイの花や葉が輝き、蜘蛛の世界を彩った。まさに、蜘蛛には至福のときであったろう。それがレンズを通して感じられた。全く小さな領域の世界であるが、これも歴然たる生の光景である。フレーミングを決め、花と蜘蛛に焦点を合わせ、シャッターを切ったのであった。
コアジサイはユキノシタ科アジサイ属の落葉低木で、関東以西、四国、九州に自生分布し、大和地方の山地にも多く見られ、日本の固有種として知られる。幹の下部で枝分れし、横に広がり高さ一、二メートルになる。葉は卵形で、先が尖り、縁に大きな鋸歯が見られ、葉の両面に毛が散生する。花は六、七月ごろ、枝先に散房状の花序をつけ、直径四ミリ前後の両性花を多数咲かせる。花弁は白色から淡青色まで見られるが、陽光の加減や角度によって色彩に変化が見られ、アジサイの仲間の中では地味な花を咲かせる部類に入るが、その花には味わいがある。 写真は日の光を受けて咲くコアジサイのもとで睦み合う蜘蛛。では、なお、次なる四句。
蜘蛛に蜘蛛の営み 花に花の萌え
花の蔭 蜘蛛には蜘蛛の世界あり
小紫陽花 日が差し来れば輝きぬ
寄する恋 花の下にて 蜘蛛二匹