Vision&Education

木村貴志の徒然なるままの日記です。

それでも心を奮い立たせて

2021年02月08日 | Weblog

自分のやり方が正しいと信じる人たちは、それを超える方法や異なる発想や道理があるとは夢にも思いません。だから、すぐに批判の言葉が口を突いて出てきます。更に、そのことの恩恵を、まさか自分が受けているなどとは夢にも思わない。そして否定のための理屈を色々と並べ立てていきます。それも間違ってはいません。だって、そう見える人には、そう見えているとしか言い様がないのだから・・・。

今の社会を覆っている病根は、ここにあるようにも思います。自分が正しいと思い込みすぎて、互いが理解できなくなっているのです。あるいは、相手を否定することが自分の正しさを証明する方法だと思い込んでいるのです。

自由で平等で権利を主張することが正しいと信じていることも問題だと感じます。えっ?何でそれが問題?ときっと思われると思いますが、自由と自由、平等と平等、権利と権利は、互いが無条件に主張し続ければ、必ずぶつかり合うのが道理だからです。ぶつかり合い、いがみ合い、争い合うことで、自由も平等も権利もその価値を損壊されてしまうほかはありません。

教えられたことを鵜呑みにして何も考えていなければ、そうした矛盾にも気づかないものです。幸か不幸か、気づかなくて済んでいるのは、気づいている人間が、黙って道を譲ってくれているからです。

しかし、そのことが見えない人たちにとっては、そんな心の在り方には何の価値もありません。

かくして、わかる人とわからない人とは、平行線の人生を生きるしかなくなるのです。

しかし、それを教育の力で何とかしたいとも思います。

でも、批判し合い、馬鹿にしあうことが人生だと思う人たちにとっては、何とかしようとすることもまた無意味なことなのだろうと思います。

人生は虚無との戦いだと思います。だから、私はミヒャエル・エンデのネバーエンディングストーリーが好きなのだろうと思います。

 

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