前記事の片田先生の講演会の折、前置きがあり、これも聞き捨てにならないことと思い加筆します。地震も心配ですが、台風も見過ごすことが出来ません。
近年の洪水の規模は想定外の大きさばかりです。これも海水の温暖化によるもので、普通台風の発生は、赤道あたりでしたが、温暖化により日本近海で発生。九州から上陸することが多かったのに、近畿や東海の直撃となっています。昨年の台風12号では、奈良の十津川ダムが大洪水でした。海水温上昇のために暖流の魚が北で獲れると言う異変もあるとか・・・
これまでに日本に上陸した台風で最大のものは室戸台風。その台風と同じ規模の台風が、今年9月の15号台風で、910ヘクトパスカルでした。続いて襲った16号台風は、900ヘクトパスカル。50年に一度程度の規模のものが年二回も襲来するとは異常です。
あの怖かった伊勢湾台風でさえ、927ヘクトパスカルだったのに・・・
これからは台風の発生数は減っても、規模は増すのだそうです。昨年は14号までしか発生していません。これは過去最少。今年の15号台風の降雨量は過去最高でした。
前日の記事に追加があります。
生徒たち4人が一緒に津波から逃げる時、義足のAくんを3人が交替でおぶって避難したこと。Aくんは、「僕のために3人が死んでしまうから先に逃げて」と訴えたそうですが、3人はかわるがわるおんぶして高場に逃げたそうです。
母と一緒にしか寝られなかった甘えん坊のBくんも一人で必死で逃げたこと。日ごろから「津波てんでんこ」と教わっているので、母にも心配かけまいと逃げたのです。
1896年の明治三陸津波では、2万人以上の犠牲がありました。32基の石碑があり、どれもここより先に家を建ててはならないという教訓ばかり。しかし、その碑は、草に埋もれていました。生徒たちが草を引き、今は大切にされています。

高い所に逃げる子たち
近年の洪水の規模は想定外の大きさばかりです。これも海水の温暖化によるもので、普通台風の発生は、赤道あたりでしたが、温暖化により日本近海で発生。九州から上陸することが多かったのに、近畿や東海の直撃となっています。昨年の台風12号では、奈良の十津川ダムが大洪水でした。海水温上昇のために暖流の魚が北で獲れると言う異変もあるとか・・・
これまでに日本に上陸した台風で最大のものは室戸台風。その台風と同じ規模の台風が、今年9月の15号台風で、910ヘクトパスカルでした。続いて襲った16号台風は、900ヘクトパスカル。50年に一度程度の規模のものが年二回も襲来するとは異常です。
あの怖かった伊勢湾台風でさえ、927ヘクトパスカルだったのに・・・
これからは台風の発生数は減っても、規模は増すのだそうです。昨年は14号までしか発生していません。これは過去最少。今年の15号台風の降雨量は過去最高でした。
前日の記事に追加があります。
生徒たち4人が一緒に津波から逃げる時、義足のAくんを3人が交替でおぶって避難したこと。Aくんは、「僕のために3人が死んでしまうから先に逃げて」と訴えたそうですが、3人はかわるがわるおんぶして高場に逃げたそうです。
母と一緒にしか寝られなかった甘えん坊のBくんも一人で必死で逃げたこと。日ごろから「津波てんでんこ」と教わっているので、母にも心配かけまいと逃げたのです。
1896年の明治三陸津波では、2万人以上の犠牲がありました。32基の石碑があり、どれもここより先に家を建ててはならないという教訓ばかり。しかし、その碑は、草に埋もれていました。生徒たちが草を引き、今は大切にされています。

高い所に逃げる子たち
大きな台風怖いですものね
自然はどうなるか判らないことばかりです
用心が一番大切ですね
これからも異常な気候が続くとは
安閑としておられないですね。
今日は雨、という予報で入浴後洗濯そして部屋干ししていたら、ずいぶん遅くなりました (^_^;;
突然襲われる地震は怖いですが、天気予報で予め分かっている台風も、近年は風速や降水量が想像以上のものだったりで、あちこちで甚大な被害を受けています。
歴史に名だたる『伊勢湾台風』。当時私はまだ生まれていませんでしたが、何度となく話は聞いたことがあります。
母曰く「胸まで水に浸かった」そうです。
東日本大震災の際、私が今も覚えている出来事は、津波が来るので避難するよう防災放送をし続けた役場の女性。
住民たちが高いところへと逃げていく中、最後まで放送を続け任務を全うし、そして・・・。
新聞にも掲載されたことがありますから、きっとご存知の話だと思います。
子どもたちが津波から逃げる場面、なかなか出来ないことです。このような子どもたちはきっと素晴らしい大人になるでしょう。
本当に台風をはじめ異常な大雨、竜巻など恐ろしいほどの気象ですね。どんどんエスカレートしていきます。
これからは災害にあらゆる備えをしていかねばなりませんね。
あれを知ると知らないとでは風に対する恐怖の度合いが
違います。
愛知の被害はひどかったですよ。6000人以上亡くなった
のですから・・・
お母様も恐怖を味わっておられたのですね。
私も役場の女性のことは覚えています。
100年間で4代ですが、その間に人は忘れてしまう
そうです。何年これらが伝わるか、ですね。
岐阜の人が立役者とは知らずに失礼していました。
岐阜も、お勤めされている群馬も海のない県で
津波の恐ろしさが分かっていないと人から
言われることがあるそうです。
何度も通い生徒の名前もよく知っておられて
それにも驚きました。よい師弟関係が保てる
でしょうね。
異常な豪雨はそれなりに理由があったのですね。