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つきみそう

平成元年に出版した処女歌集の名

岐南町の交通事故

2017-02-04 | 災害

 昨日は、町老人クラブ主催の健康安全教室が食事付きで、一日開かれました。何度も参加しているのですが、油断大敵です。まず健康について。当町には100歳以上が9人おられるようです。寝たきりでなくて健康寿命の大切さを言われました。心がけたいです。

 午後からは警部補から交通事故防止についての話。今年成人式を終えた各務原市の若者が当町内の国道で事故を起こし、全国ニュースとなりました。ワンボックスカーに乗っていた8人の若者の内、後部座席の1人が死亡。運転者は無傷でした。安全ベルトがどんなに大切かを力説されました。フロントガラスは破片が飛ばないのですが、側面は車衝突と同時にガラスは割れて拡散し、無くなります。その窓から車道に投げ出され、最後列の女性が即死。若い命がいとも簡単に消えてしまい、いたましいことでした。当町は国道21号と22号が交差しています。県内の交通事故死者は昨年は90名。町内では9名。そのうち6名は高齢者でした。夜間の歩行者が最も危険らしいです。明るい色の服装で、出来たら夜光のグッズを身に付けるよう心がけてほしいことも・・・

 次は、町防災ボランティアの人の話。これも東海地震が間近にせまる私たちには必要な情報です。住む家が耐震基準に満たないかを査定してもらい、必要なら補強工事を頼むこと。特に昭和58年以前に建築された建物は注意。窓ガラスが飛散しないよう透明のテープを貼るのもよいようです。非常袋に入れるべきものについて。家具の転倒防止対策。これは実行しています。水道が止まった時の簡易トイレの作り方。これには猫の排泄用の砂が便利であること。(可燃物として捨てられる)  とっさの時の行動は、まず逃げるドアの位置の確保。スーパーで地震に遭った時は店の買い物カゴを頭にかぶることなど・・・有益なお話でした。 昨日の話を聞き、非常袋にビニールの大きな袋を追加しました。火事の時、これを膨らませ、頭にかぶり煙の中を壁伝いに脱出します。参加者にはアルミ温熱シートと、懐中電灯が配布されました。

 

保健師の話 

警部補の話 

昨夜は節分 いつものように知り合いの店に注文

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黒糖プリン

2016-09-06 | 災害

 お菓子をいつもいただくNさんから今度は、黒糖プリンが到来。甘みも丁度よくておいしくいただきました。プリンも子供が幼いころはよく作ったのに、最近は作ったことすら忘れています。普通のプリンのようにクリーム色でないのは、黒糖が使ってあるため。市販のものは甘すぎですが・・・

 

 昨日、台風12号は日本海で熱帯性低気圧に変わりましたが、今年も異常気象で、8月に上陸した台風は4つ。何十年ぶりです。台風10号はこれまでにない進路でした。最終的には東北、北海道を襲来。これまで東北に台風が上陸したのもごく稀。5年前の大震災に続く天災。本当にお気の毒です。岩手では、死者16人。行方不明者7人。孤立地域もあり、一日も早い復旧が望まれます。北海道の被害も甚大。空知川氾濫により、犠牲者があり、死者2人。行方不明者2人。北海道あたりは、大抵台風は熱帯性低気圧になって、これまで台風被害は聞いたことがないのに・・・2012.12.2-3に書いている片田先生の講義を思い出しました。これからは想定外の台風が起こる可能性のあることを。もうすでに、新たな台風が沖縄付近に発生しています。第一号の発生は記録的に遅いのに、次から次へと台風に見舞われる日本列島です。 

 

黒糖プリン

 

庭に毎年咲く朝顔です

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チャリティーコンサート

2015-08-27 | 災害

 英会話のエランガ先生のご子息・サチン君が、東北大震災のチャリティーコンサートに出演することになりました。まだ高校生なのに、ミュージカルのオーディションに合格したり、大変な活躍です。学業に余裕があるから出来ることなのでしょう。中高一貫教育の受験校に在籍。勉強の合間に練習を続けています。以前放送大学での、親子でスリランカ紹介のイベントの時も、マイケル・ジャクソンの歌を披露。練習していたことは、母親のエランガ先生もご存知なかったそうです。衣装までマイケルを真似て、歌もうまかったです。

 

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防災訓練 3

2013-11-18 | 災害
 昨日は、恒例の防災訓練がありました。自治会長がカメラを忘れたのでと、記録写真を頼まれてしまいました。毎年似たような訓練ですが、一年経つと忘れます。今年も子供たちが楽しそうに参加してくれました。去年と変わったのは、被災者が家の下にいることを知らせる声の量を測定するもの。大声で人を呼ぶ時、どの程度か数値に出るのです。昨日の最高値は88. 上の写真は簡易トイレ。
 綱引き遊戯も終わると、とん汁を頂きます。200人以上参加。写真はCDに取り込んで、早速届けました。

   
    たんかのない時は毛布の四隅を持って人を運びます


      毛布と竹で作ったたんかに乗った子

   
    右の男性はマイクで女の子の声量を測定しています

   
    楽しそうなバケツリレー

      
       綱引き遊戯

   
   とん汁を待つ人

    

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絵手紙 16

2013-11-15 | 災害
 柿のお礼の絵手紙がYさんから届きました。奥様のテーブルには、いつも絵の具と筆が置かれています。2011.11.8 には、柿の絵手紙をアップしています。今年は柚子。柿のなり年には、送っています。本物よりみずみずしく描かれていて感心しました。

 ところでフィリピンが台風30号に襲われて一週間。被害甚大でお気の毒なことになっています。死者は2000人を越え、家を無くした人が30万人。でもまだ詳細は分かりません。規模は途方もなく巨大で風速80mとか・・・伊勢湾台風を上回ります。コースがそれて日本に襲来したら大変でした。日本と違って略奪があるのは悲しいことです。

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釜石の奇跡 2

2012-12-03 | 災害
 前記事の片田先生の講演会の折、前置きがあり、これも聞き捨てにならないことと思い加筆します。地震も心配ですが、台風も見過ごすことが出来ません。
 近年の洪水の規模は想定外の大きさばかりです。これも海水の温暖化によるもので、普通台風の発生は、赤道あたりでしたが、温暖化により日本近海で発生。九州から上陸することが多かったのに、近畿や東海の直撃となっています。昨年の台風12号では、奈良の十津川ダムが大洪水でした。海水温上昇のために暖流の魚が北で獲れると言う異変もあるとか・・・

 これまでに日本に上陸した台風で最大のものは室戸台風。その台風と同じ規模の台風が、今年9月の15号台風で、910ヘクトパスカルでした。続いて襲った16号台風は、900ヘクトパスカル。50年に一度程度の規模のものが年二回も襲来するとは異常です。
 あの怖かった伊勢湾台風でさえ、927ヘクトパスカルだったのに・・・

 これからは台風の発生数は減っても、規模は増すのだそうです。昨年は14号までしか発生していません。これは過去最少。今年の15号台風の降雨量は過去最高でした。

 前日の記事に追加があります。
 生徒たち4人が一緒に津波から逃げる時、義足のAくんを3人が交替でおぶって避難したこと。Aくんは、「僕のために3人が死んでしまうから先に逃げて」と訴えたそうですが、3人はかわるがわるおんぶして高場に逃げたそうです。

 母と一緒にしか寝られなかった甘えん坊のBくんも一人で必死で逃げたこと。日ごろから「津波てんでんこ」と教わっているので、母にも心配かけまいと逃げたのです。

 1896年の明治三陸津波では、2万人以上の犠牲がありました。32基の石碑があり、どれもここより先に家を建ててはならないという教訓ばかり。しかし、その碑は、草に埋もれていました。生徒たちが草を引き、今は大切にされています。

         
          高い所に逃げる子たち
 
 
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釜石の奇跡

2012-12-02 | 災害
 昨日は、東日本大震災で話題となった「釜石の奇跡」の立役者、群馬大学教授の片田敏孝先生の講演を聞くため、大垣まで出かけました。主催は、西美濃政経塾。片田先生は岐阜県出身です。
 釜石市の学童の99.8%生存率の陰には、片田先生の震災前からの徹底した防災指導がありました。小中14校の先生たちに防災教育を施されたのです。ご自身も何度も釜石に通い、生徒指導をしておられました。3000人の生徒のうち5人の犠牲があったことを今でも悔やまれています。一人ずつ検証しながら…
 二人は当日学校を休んでいました。事情で別居している母親に久しぶりに会えると言うので、早退したため母子とも犠牲になった生徒。学校が信じられず、自分の子を学校まで車で迎えに行き、連れ出した親と共に帰らなかった生徒。あとの一人は、日頃弱いものを助けるよう教えられていたので、一人暮らしの祖母を迎えに行き、家具の下敷きになった生徒。片田先生は、この子のお墓まいりもされました。

 俗に「津波てんでんこ」と言って自分の判断でとにかく逃げるという基本を教え、三つの鉄則を指導。1に、ハザードマップを信じるな。(想定にとらわれるな) 2に、最善をつくせ。3に、率先避難者となれ。
 事実、市の作ったハザードマップの安全圏を信じて逃げなかった人は多数犠牲になりました。生徒たちは、これを守り、高い生存率となったのです。

 昨年3/14現在では休んでいた子の犠牲のことはまだ知らず、犠牲者ゼロとして取材に答え、翌日15日の新聞に、「釜石の奇跡」と報道。イギリスのBBCでは、「ミラクル カマイシ」と伝えられたそうです。

 片田先生は、震災当日、青森で防災の会議中。400人の出席者全員の携帯コールが鳴り響いたそうです。大きく縦揺れがあり、天井から破片が落下。すぐにも釜石に飛びたかったらしいのですが、交通もままならず・・・

 私たちのなすべきことは、耐震補強と家具の固定ということを強調されました。
 なお、片田先生は、12/19(水)PM8:00~NHKTV「ためしてガッテン」に出演されます。

      
       日本の周辺のプレート図 3.11には、富士山と新潟にも地震があったのはこのプレート上にあるため

  
  
   過去に連動のあった地震

   
           
             指導されていた通り高い所をめざす生徒たち 老人を守りながら
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防災訓練 2

2012-11-20 | 災害
 今年も、昨年(11/30) に続いて町内防災訓練が行われました。上の写真は、毛布と竹から作ったタンカ。昨年覚えたので簡単に出来ました。下は、倒壊した家の中からチェンソーで柱を切り、救出する訓練。その下は、バケツリレーです。最後は、大声をあげ、瓦礫の下の人に呼び掛ける訓練。子供たちが真剣に叫んでいました。

 訓練の後は、遊びイベントとして綱引き。それから、アツアツのトン汁(牛蒡、豚肉、豆腐、人参、揚げ、葱、椎茸、馬鈴薯、こんにゃく入り)がふるまわれ、アルファー米の五目飯配布。どちらも美味しかったです。とても寒い日でしたが、これで暖まりました。130人も参加しました。

   

      
       バケツリレー

  
      
       トン汁とアルファ米五目飯
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神戸新聞の100日

2012-06-19 | 災害
 元記者の則本さんから紹介された「神戸新聞の100日」がアマゾンから届き、一気に読み終えました。(表紙の写真は6/6) DVDの「神戸新聞の7日間」より別の意味でのすさまじさが感じられます。
 100日というタイトルですが、7日間の内容が9割を占めています。DVDと重ねて見ると余計理解しやすいです。無論いつも写真を送信下さる、則本さんも登場されます。

 震災一週間目(1995.1.24) に、神戸在住の作家、陳舜臣さんが特別寄稿をされています。(最下段の写真) その日の新聞記事が、そのままこの本の巻頭言になっています。本には、記事掲載までのいきさつも書いてあります。まだ存命しておられたのですね。私は神戸にいた40年前、陳さんの講演を聞きに行ったことがあります。詳しい内容は忘れましたが、司馬遼太郎さんよりよかったです。
 陳さんが、どんなに神戸を愛しておられたかがよく分かりました。

 神戸の人が、どんなに地元を愛しているかは、つとに知られています。他市に住む人に比較して、愛郷心は並でないのです。神戸だけではなく、兵庫県全体の人が兵庫を愛しているのです。そこに住んでいた頃もそれは感じていたのですが、最近ネットで調べ物をしていたら面白いページにたどり着きました。
 東京の人が管理しているサイトで、地方を悪く言うページがあり、そこには各地方の悪口雑言が呆れるほど書かれています。ところが兵庫県のページだけは、管理者の東京人と東京を、滅茶苦茶こきおろしているのです。これは痛快極まりないです。都会人奢るなかれということらしく・・・

 この本により、神戸新聞は、明治31年創刊、松方コレクションで有名な松方幸次郎氏が初代社長であったことなどを知りました。114年間、戦時中でも休刊しなかったという誇りと愛社精神が、あの大震災後の極めて困難な状況の中にあっても、新聞を発刊させたのでしょう。なお一層団結力が強くなったのではないでしょうか。
 前日に震度1の地震があったと言う小さな記事も、後から考えると意味がありそうです。

 新聞会館のあの見慣れた富士山のモザイク画を作った職人さんの娘さんが、新聞社に出した手紙に、父曰く、「オレが死んだあとでも富士山は残ると思っていたのに・・・」と、書かれていたそうです。社屋も昭和29年としては斬新で、強健だったのに・・・
 神戸新聞社著。プレジデント社。281ページ。

  
  第一章 本社崩壊

      
      巻頭言の陳舜臣さんの「神戸よ」
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防災訓練

2011-11-30 | 災害
 先日、久しぶりに防災訓練に出ました。消火器の扱い方、人工呼吸、AED(自動体外式除細動器)の使用方法、たんかの作り方、三角巾の利用方法など消防署の職員の指導を受けました。前回出たのはまだAEDが設置されていないころ。これも時代に応じて学ぶ必要があります。機械が全部自動音声で説明してくれますが、前もって知っておれば落ち着いて対応できると思います。たんかで人を運ぶ場合、前方を頭でなく足にするようにと言う注意も・・・頭にすると、載せられている人が不安になります。上の写真は、人工呼吸。

                
                 AEDの使用方法


毛布からたんかを作る方法                         上着からたんかを作る

         
         三角巾の使用例

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