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つきみそう

平成元年に出版した処女歌集の名

中学生のスリランカ旅行 2

2014-09-09 | 海外旅行
 8月20日に書いた中学生スリランカ旅行の後日譚です。先日のニュースで、安倍首相がスリランカを訪問され、大統領と会談されたことが伝えられていました。岐阜の中学生も、あの赤いショールを首にかけた大統領と会ってきました。
 仏教国に行かれる時は黄色いショールだそうです。

 テレビでの安倍首相との会談では、大統領は、シンハリ語かタミール語だったとか・・・スリランカの義務教育は、小学生からシンハリ語、タミール語そして英語の三ヶ国必須。英国の植民地時代は英語以外は禁止だったため、母国語は高齢の人は話せません。

 シンハリ族とタミール族との内紛が長く続き、勉強しにくい環境だったため、エランガ先生は、1990年代に日本に留学。ご主人は、中学生から英国に留学されていて現地語は話されません。お子さんのサチンくんも日本語と英語だけ。でも彼は今度故国を友達に案内して、現地語の必要性も感じたそうです。長い内紛も近年終わりました。

 余談ですが、一国で一つの言語しか話さないのは日本とフランスくらいだそうです。

 写真は、昨日の英会話の後でエランガ先生に見せて貰ったものをコピーしたもの。無事大統領との交流会が開かれたようです。

   
    中学生と大統領の交流会 女子の方が多い

        
         大統領と挨拶するサチンくん(向こう側は彼のお父さん)

                  
                    スリランカの新聞にも掲載
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フランスより

2014-06-24 | 海外旅行
 リンクしているtonaさまが、フランスより先日帰国されました。一歩遅れて昨日、絵葉書が届きました。印象派のモネにゆかりあるジヴェルニー庭園です。モネの好きな人なら憧れるバルビゾン村に行かれました。前日は、フォンティーヌの森にある宮殿見学。その後は、パリで美術館見学。日本は蒸し暑いのに、涼しく快適だったようです。

  この絵葉書そっくりの風景を先月(記事は5/24) 日本で見ました。浜名湖花博で。睡蓮のある印象派庭園の池ばかりでなく、この建物まで再現されていたのを知り、二度びっくり。あの日は睡蓮ばかり追いかけて、美しい建物を撮らなかったことを悔やんでいます。

 彼女からのメールによりますと、フランスから日本への郵便物所要日数は5日。とても早くてさすが先進国です。ジヴェルニー庭園は、四国にもあるそうです。



 昨日は、4/16にアップしているイタリアンのラ・カラにリピート。友人に紹介したら喜ばれました。メーンのパスタは、前回アップしているので、写真は別の物。毎月一部メニューが変わります。あの日と、スープやデザートは変わっています。

  
      
       豆のスープもカルパッチョも絶品 デザートのチーズの入ったケーキも美味しかったです

 数日前に、版画家の牧野さんから版画作品のお礼状が届きました。6/7に音彩で作品展を見たので・・・下がその葉書。

 
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ロンドンより

2014-04-24 | 海外旅行
 一昨日、リンクしているtonaさまからのロンドン便りが届きました。投函されてから半月。美術館中心に周られたようです。頂いた絵葉書は、ビッグベン。
 昨年の放送大学の英語セミナーでは、これがクイズに出題されました。設問は、「顔が4つで、手が8本はなあに~」というもの。時計の針は、handですからすぐ分かりました。




切手は連刷になっています
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ベトナム・カンボジァ紀行 6

2014-04-12 | 海外旅行

 帰りの成田着は朝8時。飛行機の中で朝を迎え、富士山上空も晴天。雲海からの姿が捉えられました。撮影してしばらくしたら、着陸態勢に入り、電子機器使用禁止。デジカメは使えなくなりました。以前も飛行機から撮ったことがありますが、夏だったため、灰色の富士で、つまらないものになりました。富士は雪がないと絵になりません。成田空港周辺の桜も満開で、さくらに迎えられた気分でした。

 このまま岐阜へ帰るのもどうかと思い、上野に寄り、国立博物館で特別展「栄西と建仁寺」を見ることにしました。建仁寺には行ったことがありますが、これだけのものを一堂に見られる機会はありません。関連の国宝級の仏画なども多数展示。お茶の祖栄西の業績をつぶさに見られました。有名な喫茶養生記もはじめて拝見。
 博物館庭の桜も何とか間に合い、これもラッキーでした。

 ベトナムもカンボジァも、日本との時差は2時間。時差ボケもなく、帰国後も東京をまたさまよいました。

     

  

                
                 博物館からのスカイツリー

     
      博物館庭園の桜

                
                 博物館前の桜

紀行文にアップしそびれた二枚


ドリアンの赤ちゃん

              
               ホーチミン市のレストランに掲げてあった日本の皇太子さまの写真

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ベトナム・カンボジァ紀行 5

2014-04-11 | 海外旅行
 旅の最終日は、また1時間余の飛行機でカンボジァからベトナムに戻り、ホーチミン市。旧サイゴンです。歴史ある町でもあり、ハノイより高層ビルも多いです。ハノイは、曇っていてそれほど暑くなかったのですが、カンボジァとホーチミン市は30度を越える炎天下で、外を歩くのもハードでした。
 メコン川を船で渡り、タイソン島へ。島はトロピカルフルーツが栽培され、一切れ頂きました。ハチミツも特産。ロイヤルゼリーも信じられない程安いので買い求めました。

 ホーチミン市の統一会堂は、支配者の歴史が詰まっています。フランスから米国へ、最後は北ベトナムの勝利によってここに旗が掲げられました。負けた南の大統領はアメリカに亡命。ベトナム戦争を始めたのはケネディ。英雄と讃えられても負の部分があります。この戦争で米国は膨大な経費を使い、国の経済も危なくなりました。
 戦争をしかけたのは愚かなアメリカばかりでなく、日本も第二次大戦の時攻撃しているのです。過去には、モンゴルも攻撃しました。

 ベトナム語は、本来漢字で表記されていたのですが、フランス統治の時、アルファベットになり、文字によりアクセントも付けるのはフランス式。中にはそのままフランス語のものもあります。「越南」と書かれるのは、中国に支配されていた時のもの。
 中国は、ベトナムに国境を侵略しているせいか、現地ガイドはとても嫌っていました。言葉の端々に、「中国人はうるさい」などと言ったりして・・・
日本に対しても、尖閣諸島など問題行為が多い中国です。

 日本はカンボジァに多大な援助をしていますが、ベトナムにも子供病院を建設したり、巨大な橋を架けたり、トンネル掘削の援助もしています。
 ベトナム戦争の後は暫く、地雷が残るという、どくろマークの地点も見られたようですが、今はありません。

     
      タイソン島のジャングルを小舟でクルー

         
          向こう側真中はジャックフルーツ その右はライチに似た味

              
              船着き場にあった樹齢100年?と思われるネムノキ

  
      マンゴー


パパイヤ                    ジャックフルーツ

              
               ジャックフルーツチップ

       
        ハス

     
      椰子ジュースを飲んだのは大阪花の万博以来24年ぶり


カンボジァにも咲いていたゴールデンシャワー       ホーチミンのホテルで

     
      メコン川の魚 (白く見えるのはウロコ)

 
  統一会堂 フランスから米国そしてベトナムへ

          
           聖マリア教会

          
            教会内部

    
    フランス統治時代建築の中央郵便局

    
    郵便局内部

    
     ムユウジュ(お寺で)

    
    インドにも咲いていたアデニウム(2013.3.20 記)

          
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ベトナム・カンボジァ紀行 4

2014-04-10 | 海外旅行

 3日目は、待望のカンボジァのアンコール遺跡群。行く前は、アンコール・ワットしか知らなかったのですが、他にアンコール・トムなど300もあり、驚きました。しかし、35年前のポルポト政権時代、大量に破壊されたことが惜しまれます。軍資金を調達するために、遺跡の一部を切り取って売却してしまったのです。多数の国民を殺害したことも許されないですが、遺跡まで破壊するとは・・・
 現地ガイドのセアンさんの家族にも犠牲者があり、全国民に及びました。

 遺跡の修復には、日本の3つの団体も貢献。その中でも上智大学アジア文化研究所所長の石澤教授の活躍が目立ちます。修復指導の他に図録(4カ国語) まで編集されています。
 日本は遺跡ばかりでなく、汚水浄化にも多大な貢献をしていることが、飛行機の中で読んだ新聞により分かりました。その記事が、Shinzo Abe という名前と共に、広くスペースをさいて書かれてあるのも誇らしいです。(19年前、米国に旅したときは、オーム真理教 Asaharaのニュースが大きく伝えられ、日本人として恥ずかしかったです)

 電気が使えるのは都市だけ。地方には電柱もありません。最近送電されるようになったところも電柱はなくて、街路樹の椰子などの幹に電線が巻きつけられています。地方の人がテレビを見る時は、車のバッテリーに繋ぎます。

 9-15世紀にかけて、メコン川流域に壮大な文化を築いたクメール人たちは、その宗教的、文化的小宇宙をアンコール遺跡に集結させました。ヒンズー教と仏教への信仰が、調和しています。驚くべきことは、アンコール・ワットの一番高い塔の先端から、秋分と春分の日は太陽が上がるよう設計してあることです。
 料理はベトナムに似て、どれも美味しかったです。タイスキも、日本の水炊きに似ていて、あっさり味ですが、独特のタレで頂きます。
 夜は、民族舞踊も観賞。10年前タイで見た踊りと手の動きが似ています。
 言語は、クメール語。通貨はリエルですが、買物は米ドルで・・・

 最下段は、電池切れのため携帯で撮影したもので画像がよくないです。ガジュマルの太い根がからむアンコール遺跡群。


         
          聖池に映るアンコール・ワット

         
          聖池の睡蓮

   
    巨大な石仏が続くアンコール・トム


   
    上智大学により修理された遺跡

   
    上智大学活動のパネル   

         
          戦争場面の多いレリーフ

                
                 ヒンズーの女神も

   
    ホテルに掲げてあったシアヌーク殿下などの写真

   
    タイスキ

   
   カボチャの原産地カンボジァで出たカボチャのデザート 

         
          民族舞踊

   
    カンボジァの通貨 リエル (1000リエルは24円)

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ベトナム・カンボジァ紀行 3

2014-04-09 | 海外旅行
 ベトナム二日目は、世界遺産のハロン湾クルーズ。炎天でもなく、雨も降らず快適でした。ハロン湾の中の島に洞窟があり、鍾乳洞は秋吉台を凌ぎます。世界中からの観光客があり、英語圏、ドイツ人と、韓国人、中国人などなど・・・

 ベトナム航空の客室乗務員は民族衣装のアオザイでした。エンジとブルーの二色。売店の女の子もアオザイ。こちらはピンクだけ。すてきだったので、写真を撮らせてもらいました。買物の後、May I take your pictures? と聞くとポーズをとってくれました。

 鉄道は普及していなくて、一日一回昼ころ見られるだけです。写真が撮れたのはラッキーでした。車より信じられないほど時間がかかり、利用価値は低いのです。フランスが作った当時のままらしいです。


     
          
           ハロン湾と鍾乳洞 世界遺産のマークも・・・


     
      生春巻きとフォー(ライス麺)

     
      見かけより美味しかったカニ


     川魚の臭みはなくて淡白な味

         
          空港売店

     
      一日一回運転の鉄道
      
     

   
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ベトナム・カンボジァ紀行 2

2014-04-08 | 海外旅行
 旅のスタートは、ベトナムのハノイです。聞いていた通りバイクの洪水。自動車の方が遠慮がちです。こんな混雑していて事故は? と聞くと、やはり多いらしく、交通事故の犠牲者は、年間15000人(人口8000万人)。日本のホンダが最大の人気。しかし中古でも30万もするので、高すぎるからと中国が作ったのが、「ヘンダ」。値段は1/10ですが2年で壊れるので、駐輪しておくのも恥ずかしいそうです。ホンダは10-20年もつとか・・・

 一台に4人家族乗ることも許されているし、大抵恋人同士は二人乗り。ヒールの人やサンダル履きが多いです。
 公務員の月収が15000円程度のため、アルバイトやワイロに頼らないと生活できないようです。日本への旅行をするような人は、多分ワイロによるものとか。それほどの罪悪感はないらしく・・・8割が仏教徒なのに・・・

 通貨はドン、肖像写真は、ホーチミン氏。10000ドンは日本の50円。全て米ドルで買物をしました。おつりにこの通貨が渡されますが・・・

 社会主義国ですが、ドイモイ政権となり、経済は発展しています。長年にわたる中国支配、94年のフランス支配。18年の米国支配。他国からの侵入を受けるのは資源が多いからだそうです。

 聞いていた通り、食べ物は全般に美味しかったです。機内食も米国に比べて抜群。フランス支配の時代、食も向上し、その時代に育った今の高齢者はフランス式のマナーで、とても品がいいそうです。

 この日はフエンさんのお姉さんと会う約束で、お土産を託されていました。現地ガイドと添乗員の計らいで、30秒だけ会えて短い英会話。プレゼント交換をしました。

 
    バイクの洪水

       
        10000ドン


   
    ホーチミン廟では衛兵の交替式の時間に遭遇


一柱寺 蓮をイメージして一本の柱の上に建っています 別名は子宝寺

   
    フエンさんの姉さんからの手紙とプレゼント(一柱寺で交換)

       
        朝食(バイキング)

   
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ベトナム・カンボジァ紀行 1

2014-04-07 | 海外旅行
 成田に前泊し、1日から昨日までベトナムとカンボジァに旅して来ました。アンコール・ワツトを中心にした遺跡は、昔から行きたかったのですが、政情不安定のためすっかり遅れました。それと、知り合いのベトナム出身のフエンさんから習った料理も美味しかったし、彼女から旅を勧められていたし・・・
 昨日は、亜熱帯の国からいきなり寒い日本に帰り、震え上がりました。3日前は、30度を越えるアンコール・ワットの遺跡を歩いていたのです。寒さで桜もまだ咲き残っているのはよかったですが・・・

 前泊したのは、妹の見舞いと、甥のつれあいが日本橋三越で今日まで開催されている院展に初入選したので、久しぶりに院展を鑑賞。片岡球子さんや、平山郁夫さんや、小倉遊亀さんが亡くなられた後はあまり見ていません。彼女の作品は地方展でよく見せて貰いますが、さすが力の入れ方が違います。これまでは、カンボジャの遺跡の絵が多かったです。
 三越への道すがら20年ぶりに日本橋や周辺のお花見も出来ました。珍しく快晴で雲一つなく、新幹線からの富士山も美しかったです。

     

   
    東京駅周辺のさくら


日本橋のさくら                       院展

         
          翌朝ベトナム航空で成田から出発 手前はフランス機

    
      機内食
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ポルトガルより

2014-01-07 | 海外旅行
 昨日、神戸の友人Sさんよりポルトガルの絵葉書が届きました。厳寒の日本を脱出し、暖かそうなポルトガルとはいかにも羨ましいです。12年くらい前にスペインは訪ねたのですが、まだここは未訪です。
 絵葉書は、オビドス。中世の城が残る古い町のようです。ポルトガル中央あたり、大西洋の東海岸に近いです。

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