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雇用機会としての農業

『農業と人間』より 開かれた議論のために

成熟社会への移行のプロセスにあると言いながら、大きな声で成熟社会と叫ぶ気持ちにはなれない。経済成長が諸悪の根源で、成熟社会が理想の社会だと言いつのるつもりもない。こんな気分は私自身の属している世代のポジションにも関係しているように思う。一九五一年生まれだから、いわゆる団塊の世代のすぐあとを追ってきた。けれども、戦争を体験することなく育ち、高度成長と安定成長の恩恵を存分に享受した世代としては、ひとくくりにできるであろう。安定成長のあとに訪れた経済の不振と政策対応が、非正規雇用の拡大に象徴されるように、若い世代の暮らしを脅かしている。そんな若者と入れ替わるかのように退職の日を迎える世代。その世代が経済成長に別れを告げて、成熟社会をエンジョイなどというのは、いささか虫が良すぎる。

ある程度の成長は必要である。成長という表現に手垢が付きすぎているとすれば、日本の社会として、ある程度の余剰の捻出が必要だと言い換えてもよい。ただし、成長にせよ、余剰にせよ、これを自己目的とするわけではない。高齢化する日本の社会保障の資源を確保しなければならないし、子供や若者にも社会的なケアを必要とする層が拡大している。そこに投入される資源は国の経済力から生み出される。ここは所得の再分配政策の役割だが、そもそも再分配が可能な所得がある程度存在することが前提となる。そのためには、ある程度の成長ないしは余剰が必要だと述べたわけである。成長はあくまでも手段である。やみくもな成長路線からの脱却が、成熟社会への移行のひとつの要素だと言ってよい。

成熟社会に移行するための必要条件は社会の安定である。それでは社会の安定という観点で、農業にできることはないだろうか。さまざまな貢献が考えられる。まず、ミニマムの食料の確保という点では、農業は人々の冷静な判断と安定した行動を支えることであろう。これはおもに第3章で論じたとおりである。あるいは、第5章で吟味した中山同地域の農業は、奥行きのある二次的自然との触れあいの場として、その存在自体が人々の気持ちを和らげることを通じて社会の安寧に結びつく。けれども、ここではもうひとつの視点として、雇用機会としての農業の重要性を強調しておきたい。

これも第5章で論じたことだが、水田農業の活路のひとつは経営の厚みを増す点にあった。集約的な作物の組み合わせや食品産業の要素を取り込むことの重要性を強調した。その結果、農業経営の規模は垂直方向にも拡大するわけである。これは見方を変えるならば雇用力の増強にほかならない。働く側からみれば、就業機会の拡大である。ここでさらに強調しておきたいのは、農業はむろんのこと、食品産業のうち食品製造業も地方に密度高く立地する産業だという点である。農業プラス食品加工の組み合わせは、地方の雇用機会の拡大に貢献することができる。

農業も食品製造業も大儲けできる産業ではない。ものづくりの地味な産業だと言ってよい。けれども、相対的に安定した産業であることも間違いない。人々の消費生活のうえで食品はもっとも優先度の高い品目であり、したがって食品製造業は経済環境の変化に対して比較的耐久力のあるビジネスなのである。もうひとつ、農業や農業から素材を調達する食品製造業が地域に密着した産業である点も見逃せない。これも雇用機会としての安定度に結びつく。

農業はものづくりの地味な産業だと述べた。けれども、現代の日本社会では希少性を増したタイプの活動の場を提供する点で、農業には若者を惹きつけるパワーもある。魅力の源泉は、ほかならぬ生き物が相手の営みという点にある。思いのままにはならない生きた植物や動物、みずから育ちゆく植物や動物を、その生育環境を整えることで育てあげる。製造業のように対象物に物理的・化学的な加工を施すわけではない。多くは無言の対話の積み重ねによって、人間にとって好ましい成果を手にする。ここに農業の本質がある。思いどおりにならない生き物が対象という点に面白さがあり、難しさがあり、したがって深い達成感もある。

第2章や第3章で振り返ったように、経済発展のプロセスでは、農業はマンパワーを第二次産業や第三次産業に供給するかたちで日本の社会に貢献してきた。しかしながら、第二次産業や第三次産業に過去と同じレペルの雇用吸収力は期待できない。成長の経済は幕を閉じた。これからの農業には、マンパワーを受け入れる点で、逆の方向への貢献があってよい。国全体の経済のサイズからすれば、量としては小さな貢献かも知れない。けれども、地方に安定的で持続的な雇用機会をもたらすことの意味はけっして小さくはない。
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マーシャル諸島の財政状況

『マーシャル諸島の政治史』より 国内経済開発政策と国民の労働観 国内経済の特徴と政府による経済政策

マーシャル諸島の歳入は、おおまかに言えば、各種税収や入漁料収入等からなる一般財源、保険基金や輸送料の徴収などからなる特別財源、自由連合協定に基づく経済支援としてのコンパクト資金援助、米国連邦政府の担当機関との交渉で毎年支給額が設定される米国連邦プログラム資金、及び台湾やADBによるその他の援助金で構成されている。

2002年度以降の2年間は、2001年9月末に終了した第一次協定の改訂交渉猶予期間に入っていた。政府は米国との交渉において財政の健全化姿勢を示すべく予算の合理化を進めていたため、2003年度予算は前年度より減少している。しかし2004年10月より改訂協定に基づく経済援助(コンパクト資金)が開始され、以後20年間にわたりコンパクト資金がマーシャル諸島政府に支給されることになった。その結果、米国連邦プログラムによる資金援助等と合わせて、財源の60%以上を米国支援に頼る構図が維持されるようになった。一方で、税収等からなる一般財源部分は、この間コンパクト資金支出部分を除くと2001年度以降金額は増加し続けているものの、歳入全体における割合は常に30%前後を推移している。

政府の税収入のうち約半分が所得税であり、民間企業等より徴収される法人税は20%前後に過ぎない。また法人税は2001年より3年間減収が続いていた。この間にはRREのマジュロ2号店や他の国内民間企業資本によるスーパーの閉鎖が続き、これが直接影響している。一方、2003年まではおおよそ増加傾向を示してきた所得税や輸入税も2004年に減少に転じている。これは6月以降のPMOP工場閉鎖問題が大きく影響したと思われる。その結果、税収入全体も2004年は前年より減少している。

こうした税収入の伸び悩みについて、多くの雇用を生む民間企業の行き詰まりが原因と指摘され、その経済的影響が統計の数字にも表れている。

一つは雇用者数の減少である。表6-3が示すように、2002年以降ビジネスの中心である首都マジュロ市内の民間企業の数は増加を示しているが、この間、民間企業雇用者数は減少を続けている。これは中国人が経営する小規模商店が増えているのに対して、大きな雇用を生む企業の閉鎖・撤退が続いたからと考えられる。本件調査は毎年5~6月に行われたため、この数字にはPMOP工場の閉鎖による従業員の失業は反映されていない。ゆえに、2005年のデータではその数字はさらに低い値を示すことが予想される。


さらに政府部門と民間企業との所得格差の拡大が続いている。政府の給与は1997年度より2004年度にかけておよそ9000米ドルから1万3000米ドルに上昇した。一方、民間企業は6000米ドルから4800米ドルに減額していることが示されている。これは自由連合協定のもとで政府部門へは安定的に給与の支給が確保されているのに対して、民間企業の方は、新たな外国資本の進出はなく、既存企業の規模縮小などが賃金の伸張にも影響していることを示している。

政府による経済政策:米国をはじめとしたドナー国からの支援に支えられた経済に依存しているマーシャル諸島では、米国などのドナー国から支援を受けるために相手ドナー側が納得するような綿密な国家戦略を作り上げる必要があった。こうした国家戦略の作成を担ったのが、新興エリートたちを中心に構成された官僚組織である。本項では、マーシャル諸島が建国以来策定してきた国家計画について、主に産業の育成の面から指摘していく。
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時間を止めることの意味

存在の力という第三の道

 会社に残るか、辞めるかという、第三の道。これは存在の力です。労働基準法の根幹です。意思の力が、社会に合わなくなっていることを、シナリオとして出してきている。ドラマから得るものは多い。

 組織が嫌なら、辞めればいい。昔は辞められなかったけど、そうではない。自分の存在をどう見ていくかの根本が違っている。自分でしか見えないのであれば、戦えばいい。経営者を含めて、皆、存在の力を出していくしかないでしょう。

 最大の組織は国です。それを組み替えるのが、LL=GGの世界です。

デトロイト化を避けるには

 豊田市をピッツバーグに! これを合言葉にすれば、図書館にも、新しい意味付けができます。このままでは、デトロイトになってしまう。

時間を止めることの意味

 時間を止めるためには、亡くなればいいんです。単純でした。時間を止めて、何をするかと聞かれた時に、パートナーの髪をなでるぐらいしか思いつかなかった。時間が止まっている時には、髪の毛も凶器になるでしょう。

 そして、周りのすべてがなくなる。それは死と一緒です。だから、時間を止めることは私の死と一緒です。それで十分、答になります。

 ミカロスを無駄に過ごしている。それよりも、先を急ぎましょう。

本当のコンパクト・カー

 この会社がμボックスを作った時には、いかにコンテンツを入れ込めるかです。それとマルチ・ユースという概念です。

 1か月前に来た新車(ポルテ)には未だに乗っていない。

朝のガストは雰囲気が悪い

 やっと、ガストへ来たけど、何か、雰囲気が良くない。年寄りばかりです。それも態度が悪い連中ばかりです。接客もそれに合わせている。隣は、中年のおじさんと外国の娘の組み合わせです。

 やはり、私にとっては、スタバぐらいがちょうどいい。本が読めます。

 ガストに違法駐車禁止と書いてあるけど、意味は、お客以外は入るなと言うことです。こんな法律はあるのか。本当に法律があるのであれば、入られないための手段を講じないとダメだし、許可制とか罰金とか、裁判対策をしないといけない。

存在の力の根本

 皆、この世界に放り込まれた経験を持っていることでは一致します。放り込まれた理由を知りたいというのは、全ての人の内にかかわる事柄です。存在の力の根源です。

 意思の力では、そう簡単ではない。なぜ、彼がリーダーなのか、私がリーダーなのか、なぜ、従うのか。なぜが多く、発生します。その結果としては、思考停止な連中だけになります。何故を放棄してはいけない。それしかないのだから。

Iさん待ち

 「Iさん待ち」はスタバでも特殊みたいです。今週は少ないけど、出てきたら、それにしましょう。

岡崎図書館の10冊

 391.6『英国二重スパイ・システム』ノルマンディー上陸を支えた欺瞞作戦

 493.7『脳の病気のすべて』頭痛、mrまい、しびれから脳卒中まで

 361.8『「機会不均等」論』人は格差を背負って生まれてくる?

 302.3『イタリアを知るための62章』

 302.4『エジプト動乱』--1.25革命の背景--

 161『神』

 163.1『日本人はなぜ富士山を求めるのか』富士講と山岳信仰の原点

 227.9『鉄の壁 下巻』

 104『パラレルな知性』

 302.5『繁栄からこぼれ落ちたもうひとつのアメリカ』果てしない貧困と闘う「ふつう」の人たちの30年の記録
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