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エジプト型民主主義とは 伝統化しつつある、軍部への「委託」

『エジプト革命』より 民主化の挫折 エジプト型民主主義とは

ムバーラク後のエジプトでは、民主制度を機能させるにあたり、議会制民主主義と直接民主主義(街頭の政治)という二つの民主主義の間でその正当性をめぐる対立か顕わになった。そして、エジプトの事情を複雑にしたのは、この対立の構図に軍部か介在したからである。二〇一三年六月末に始まった大規模な反同胞団デモでは、軍部は大規模デモに乗じてムルシーを追放するクーデターを実行し、反体制勢力の側もまた、同胞団の排除を望む軍部の思惑を利用した。

振り返れば、エジプトでは近代以降、デモによっても解決が困難な問題を克服する最終手段として、軍を位置づけてきた歴史があった。王制末期のエジプトでは、デモか頻発して社会が混乱し、短命内閣か続いて議会も空転する状況に陥っていた。このようななか、ナセルを中心とした青年将校たちが決起してクーデターを実行し、王制を廃止して自ら政権を担うようになった。つまり、最初に路上で声を上げた大衆の求めに応える形で軍が登場し、大衆もまた軍部に政治を託してしまったのか、ナセルからムバーラクまでの第一共和政であった。

国民かムバーラクとムルシーという二人の大統領に辞任を求めた際、したたかな軍部は「国民の声は我々に届いている」と声明を出し、あたかも国家の家長のように登場した。スィースィーがムルシーを失脚させ、暫定政権の背後で再び軍部か民主化を主導し始めると、国民は主権者として有する権利を一時的に軍部に委託するという意味の「委託」(タフウィード)という言葉を積極的に使った。同胞団に反対する人々が結集したタハリール広場で掲げられたビラやポスターには、「人民はエジプト軍に希望を託す」「この男(スィースィーなら信用できる)などの言葉か躍っていた。

ムバーラクが辞任した時、エジプト人の多くは政教分離を重視するトルコ型でもない、三権の上に宗教界が位置するイラン型でもない、第三のモデルであるエジプト型の民主国家を作る意欲に燃えていた。しかし青年勢力を中心とするエジプト国民は、自身も参加した選挙によって選ばれたムルシーを、軍の力を借りて政権の座から引きずり下ろしてしまった。しかも、青年勢力かムルシーを追放するのに助けを借りた軍部は、ムルシーが大統領に当選する以前に彼ら自身か反軍政を唱えてデモを繰り広げてきた相手であった。

批評家はこの状況を、リベラルでない民主主義者の同胞団が、民主主義的でないリベラル勢力によって失脚させられたと評した。二〇一一年の一月二五日革命で血を流し、命を投げ出して勝ち取った民主主義を、軍の思惑に同調する形で自ら否定した者たちがこれから作り上げる民主主義とは、一体どのようなものだろうか。長く大統領が絶対的な存在であったエジプトで、短期間のうちに二人の大統領を失脚させる昂揚感と熱狂を経験してしまった青年たちにとって、自らか主役を演じる「タハリール劇場」の幕を下ろすのは簡単なことではないだろう。

「エジプトに民主主義はまだ早い」。ムバーラクの腹心だったスレイマーン総合諜報庁長官の言葉と、ムバーラクが政権崩壊の瀬戸際で語った「私の治世は後の歴史か判断する」という言葉か、不気味な響きをもって蘇ってくる。多数決によって物事を決定する民主主義の欠点を克服するために、軍部によるクーデターという民主的手続きを踏まない手段を選んだことは、今後大きな「つけ」となって彼らの上に重くのしかかるに違いない。エジプトの未来を担う若者は、これからも様々な矛盾と葛藤しながらも、自分たちの民主主義を模索していくことだろう。
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ムスリム同胞団の夢と現実 二極化する社会

『エジプト革命』より

憲法発効

 さて、草案か強行採決されると、ムルシーは憲法草案を近代エジプトの祖ムハソマド・アリー以来一七五年ぶりの偉業であり、真に全てのエジプト人の思いを代弁する一月二五日革命の成果であると称えた。しかし反体制勢力は採決された憲法草案と憲法官一呂の撤回を求め、タハリール広場を始め全国で大規模なデモを実施した。民政移管される前に軍部に対して行われていた「(軍部は)嘘つきたち」運動は、今度は同胞団に向けて行われるようになった。デモはやがて暴動に変化したか、それか長期にわたって収束する様子を見せなかったのには理由かあった。憲法の改正は国民投票でのみ可能であるが、仮に、今後リベラル派が改正を問う国民投票に持ち込んでも、同胞団の動員票には太刀打ちできない。すなわち、事実上一度憲法か制定されれば、同胞団の意に沿わない改正はほぼ不可能であった。

 一方、憲法を支持するムスリム同胞団やサラフ主義勢力らは、憲法草案への支持を表明する大規模集会を開いて反対派を牽制した。そして、遂に一二月一五日と二二日に国民投票が開始された。同胞団とサラフ主義勢力か結束して臨んだ結果は歴然で、賛成派約六四パーセント、反対派約三六パーセントと、賛成派が圧倒的であった。民主化の最終作業である新憲法の制定作業は、社会を分断する事態を引き起こした末、二〇一二年一二月二六日にムルシーが署名して発効した。投票によって民意を問う限り、同胞団やサラフ主義者に対抗するのは非常に難しいことか再び証明された。民主化の皮肉な現実か、またもやリベラル勢力に突きつけられた結果となった。

「軍は沈黙しない」

 社会が同胞団とそれに敵対する二つの勢力に二分されると、軍部は静観していなかった。国民投票を前にした二一月六日にはアフマドーアリー軍報道官が軍の声明として国民対話を呼びかけた。その後もスィースィー総司令官が、国軍は人民の所有するものであり、対立する両者を仲介する用意かあると述べ、混乱に介入する姿勢をみせた。スィースィーのこの提示には同胞団も国民救国戦線も応じなかったため、この時は軍部か政治に介入することはなかったが、社会で騒乱か起こる度にスィースィーは「軍は沈黙しない」というコメントを出しムルシー政権の政治運営に介入する意欲を示した。

 ムバーラクの辞任後全権を掌握した軍部は、体制移行期を通して最大の政治勢力である同胞団と権力闘争を繰り広げた。大統領選挙では同胞団出身のムルシーの当選を阻止することはできなかったか、憲法の起草では軍部は同胞団と新憲法にそれぞれ都合のよい条文を盛り込むことで合意し、政治の表舞台から撤退していった。しかし、王制を廃止した一九五二年七月革命以来の支配エリートであり国家体制そのものである軍部は、いずれ軍の利権に切り込んでくる同胞団に絶えず圧力をかけ牽制する必要があった。体制移行期を通して、軍部はフェィスブ″クで軍の活動を広報し、積極的に国民に向けメッセージや声明を発表した。またネット上で新憲法についてのアンケートを実施するなど、明らかに国防以上の役割を担おうとする姿勢が表れていた。

 二〇一三年に入り、ムルシー政権に対する社会の不満がいっそう高まると、国民の側からも軍部の介入を期待する声が聞かれるようになった。スィースィーが出席した集会では出席者か軍部に行動を促すような場面が度々目撃された。三月に開催されたある催し物では、出席者は「決起」という言葉こそ出さなかったが、明らかにそれを請う様子か見られた。スィースィーが出席者の思いを察して「エジプトのことは心配しなくていい」と述べると、一同は歓喜し涙を流す者もあった。

 エジプトの人々は、これまで社会が乱れた際に「秩序の回復」という名目で軍が政治に介入することを許してきた。状況次第では国民によって介入の正当性を付与される軍部は、ムルシー政権の政治運営に介入する時期を虎視沈々と狙っていた。そして軍部と同胞団の直接対決は、ムルシーの大統領就任一周年を記念する二〇一三年六月三〇日に持ち越されたのだった。
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模倣されない人作り、国作り

『働く。なぜ?』より なぜ「就職」ではなく「就社」か--長期観察・長期育成・長期雇用 おじさんたちと「日本型雇用システム」

どんな仕組みにも光があれば影もあります。先の菅山真次は、「原理的矛盾を含まないシステムは世界のどこにも存在しない」とさえ言っています。だから、その「矛盾の存在に自覚的でありながら、なおかつ、「伝統」の最も優れた部分を活かしていくという視点に立つ、制度改革へのアプローチ」大切なのだと。

本章の冒頭で私はこう書きました。高度化する産業社会の要請に人事としてどう応えるか(義務)、そして高賃金国・日本にありながら引き続きどうやってこの国の雇用維持につとけるか、と。

では私たちは、この「義務」に応え、この「使命」を果たすためには、これから何をめざせばいいのでしょうか。そしてそれをめざす上で、大いに矛盾をはらんだ「日本型雇用システム」にどう向きあっていったらいいのでしょうか。

結論から言えば、その答えは「模倣されない人作り」です。

なお、その立論は多分に技術経営に詳しい延岡健太郎(一橋大学イノベーションセンター)に拠っています。ついては先ず延岡の主張を紹介し、その後もう一度持論にもどりたいと思います。模倣されにくい技術とは何か。延岡は、模倣されにくい技術には先ず「革新技術」と「積み重ね技術」の二つがあるといっています。「革新技術」とは業界における最先端の技術や特許、「積み重ね技術」とは組織として長年蓄積してきたノウハウやスキルや、経験知です。そしてその二つの内、圧倒的に売上・利益貢献度が高いのは、後者の「積み重ね技術」(全体の七六パーセント)だといっています。

ちなみに、このデータは二〇〇七年から二〇一一年にかけて日本を代表する製造企業四社(電機、情報、通信、自動車部品)を対象に、成功技術と思われるものを一一九件抜き出しその中からことさら売上・利益貢献度の高い四二件を選んで分析したものです。そしてこれらをふまえて延岡は、こんな言葉を添えて企業の覚悟を問いただしています。

技術変化が速い中で、新しい技術に対して短期的な視点から対応するだけの「もぐらたたき」の状況であれば(中略)過当競争の罠にはまり、いずれの企業も高い業績をあげることができない状況に陥る。(中略)最も重要なのは、長期間にわたり鍛えられた技術者の開発・設計能力を含む問題解決能力である。(中略)日本企業は、積み重ね技術によって高度な擦り合わせ型商品を開発し、意味的価値を創出することによって、国際競争力を高めるべきでもある。

先に述べた「義務」と「使命」を果たすために私たちはどこに向かえばいいのか。この延岡の言葉を聞くとき、その方向性は明らかになります。模倣されない人作りです。それこそが産業の高度化の要請に応える道であり、高賃金国・日本にありながらもこの国の雇用を維持しつづける唯一の道なのです。

そしてその願いをかなえるために「長期観察・長期育成・長期雇用」が必要ならば「日本型」だからではなく、「論理的」に日本型雇用を是認せざるを得ないのではないでしょうか。

なお、さらに若干の補足をすれば、「勤続年数」がおおむね「OJTで獲得された能力の代理指標」であることは労働経済学の常識です。また人的資源論が専門の佐藤博樹(東京大学)によれば、「長期雇用は、日本のみに固有の制度とはいえ」ず、「長期雇用とは無関係あるいはなじまないとみなされやすい中小企業、特に小企業においても長期雇用層の蓄積が着実に進んできたことの発見は重要」であるということです。
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 継続しないのは力である。だらだらと続けられること。やはり、パートナーは一番、そんな感じです。パートナーの一年の結果として、自分がやりたいことを見つけてほしい。

企業の存続条件

 企業が存在するのは、超国家とコミュニティの間です。

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未唯へ

 「哲学がわかる本」図解 コンビニにあったが、豊田市図書館にはない。

民族と国民国家

 アフガニスタンのパシュトーン人は、国民国家であろうと、近代国家の押し付けに抵抗するだけでなく、あらゆる国家の押し付けに抵抗する。意思決定は、長老が中心となる。村単位の会合、全体一致を原則とする。

 国家レベルの場合は、全土から関係者が召集される。合意形成の手続きを社会に大きな変革をもたらさず、安定を継続させる。これが次の社会のカタチなんでしょう。

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