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太平洋戦争の責任者はだれ?

林茂『日本の歴史25 太平洋戦争』210.08で、戦争責任からするとだれが悪かったのかということを考えています。

このタイミングで、この本が新刊書コーナーにあったということは、私に太平洋戦争を考えてくれ、という指示(だれから)なのでしょう。そう思って読み込んでいました。

日本と比較すると。ドイツのほうはハッキリしています。なぜ、こうなったものを文献も含めて明確にしようと努力し、それを教育の反映してきました。また、ナチは「明るい未来」を国民に提示しようとしました。右でも左でも、国民に受けることは全て言うだけは言って、希望を持たせた。実際は何もしないで、ナチのやりたいことをやりぬいた。

日本のファッショは何しろ、「暗くて」何も未来を示していない。軍備軍備でお金がない。だけど、ロシア、アメリカ、イギリスに対抗するためにお金を使うしかないと自分を追い込んできた。満州から華北への侵入にしても、方針が合ったわけではなく、どんどん入り込んで、100万人を貼り付けてしまった。

太平洋戦争も、2年後に石油がなくなって、細々と暮らしていくか、ここは一か八かで戦うのかという、次元の低い選択肢で、山本五十六のいうような「とりあえず一年はやりましょう」みたいな突入していった。一か八かで占領しても、心がない以上はどうみても維持できないと分かっているのに。

そのときの武器は「美しい日本」の「愛国心」だけです。といっても、それを要求したのは国民にだけです。軍部は自分の主張を通すだけで、政治家は薩長政治の末期でだれもこれからの日本を考えるものはなくなって、押し付け合いです。首相指名しても皆避けてきた。その結果、軍部が勝手にやる世界を作り出してきた。坂本竜馬みたいな人間は皆死んでしまった世界です。

元々の原因は石油確保であったので、そのための戦略をとればいいです。エネルギー戦略です。このときの石油というのは、船舶用の燃料です。つまり、戦艦が動かせなくなるということみたいです。そのためには戦艦を使わない戦略に切り替えればいい。

むしろ、石油を民生で使って、日本での暮らしを変え、そこで作られた文化そのものをアメリカに対抗して、輸出して、アジアでなくてはならない国していけばいい。

と同時に、ファッショ化している列国に対して、アジアの人たちと夢を共通にして、中国を含めた各国で「維新」を起こしていけばよかった。それらも未来への夢があってこそできることです。

台湾・朝鮮・満州での成功体験しかない軍部では何も生まれてこない。その意味では、アメリカを簡単に理解できる"理数系"の人間に任せてしまえばよかった。現代の中国のように。

これも「未唯への手紙」の歴史編に組み込んでいきます
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