みことばの光的毎日

聖書同盟「みことばの光」編集者が綴るあれこれ

訪ねて来た使者に

2016年02月16日 | 民数記

民数記 22章1−20節

 春を探しにというテーマで写真を撮っていますが、決して当地に温かな春が訪れたわけではありません。相変わらず気温は低くきのうの最高気温は6度で体感温度はもっと低かったと思います。きのうはこんな一枚を撮りました。

 民数記22章から24章には、モアブの王バラクがユーフラテス河畔に住むバラムというまじないを生業(なりわい)にしている男に、怒濤の勢いで押し寄せるイスラエルをのろわせようという顛末が記されています。ろばが話をするとか、のろってほしいとというバラク王の思惑とは裏腹にバラムがイスラエルを祝福するなど、どこかユーモラスなところもありながらいろいろなことを考えさせられます。

 バラク王は評判を聞いてユーフラテス河畔に住むバラムのもとに使者を遣わします。道のりはおよそ600キロだと言われていますので、バラムという男の評判は周り中に知れ渡っていたと言えます。あるいは、それほどバラク王は切羽詰まっていたということでしょうか。

 きょうの箇所には、バラムが神に伺って神がバラクにお答えになるというやりとりが見られます。神は、バラムにお話になったのです。聖書全体のバラムについての評価は芳しくはありません。たとえば新約聖書ペテロの手紙第二2章15節には「不義の報酬を愛したベオルの子バラム」とあり、ユダの手紙11節には「彼らはカインの道を行き、利益のためにバラムの迷いに陥り…」とあります。このような評価からきょうのことばを考えますと、「主が私に告げられるとおりのことを答えましょう」などとバラムが使者に言うのは、自分がさも立派な人物であるかのように見せているとも思えますが、主は確かにバラムにお告げになったのです。

 私たちの考えの範囲を超えて神は人を用い、物事をお勧めになるお方なのだということを伝えているのだ、と考えるのです。


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