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霜後桃源記  

安心、安全と美味しさへのこだわり
そんな「こだわりの農業ブログ」を毎日更新
主役の妻は生産部長、夫は営業部長兼雑用係

原始農法

2006-11-24 19:30:26 | 野菜
バアチャンは暖かいハウスの中で、乾燥させた大豆を叩き、鞘から実を弾かせている。
今時こんな方法が現存するのかと思いたくなるような原始的な収穫方法だ。
大豆だけではなく小豆、エゴマ、ゴマでも同じ方法で収穫している。

米価が好調だった頃、畑作物は必要最小限自家消費する分しか作らなかった。
自家消費する分だけであれば少量なので、わざわざ「足踏み脱穀機」や「唐箕」という昔メジャーだった道具を引っ張り出すまでもなく、原始的な方法で十分に間に合った。

ところが、オバサンが農業に従事するようになってから、畑作物の栽培面積を徐々に増やし、産直にも出荷するようになったので、このような原始的な方法ではやり切れなくなって来ている。

しかし、何十年も使われなかった道具は一部が朽ちたりして使えなくなってしまっていた。
唐箕(風を送ってゴミと収穫物を振り分ける道具)はン十年振りでジイチャンが復活させたが、足踏脱穀機も早々に故障箇所を修理して復活させる必要があるようだ。
こちらの復活についても、昔のノウハウを持っているジイチャンの頑張り如何にかかっている。



先日の雨の日に、オバサンとオジサンもこの原始農法で大豆を叩いたが、
単調ながら意外と疲れる仕事で、これはベテランのバアチャンに任せるしかないと早々に離脱してしまった。

昔の農機具は、まさに道具という言葉がピッタリで、電気やガソリンを使わずに手や足を使って動かしていた。
体に負担がかかり時間もかかったが、購入費用も安く、ランニングコストが殆んどかからない優れものだった。
その頃の農家は、貧しかったかも知れないが、赤字ではなかったと思われる。
高性能な農業機械が登場し、農業は近代化され農民は過酷な労働からは解放されたが、高額な機械購入で「機械化貧乏」に陥ってしまい、農業では自立できない農家が続出してしまった。
一体全体誰のための「機械化」だったのか。

現在の高度な技術をもってすれば、もっと安価な農業機械を作ることも可能だったのではないか。
もし、それが実現できていたなら、日本の農業も食糧自給率も今とは別の様相を呈していたのでは、と惜しまれてならない。





コメント (6)
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