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今週の気になる本「消えていく島言葉 八丈語の継承と存続を願って」

2010-10-07 00:13:29 | 青ヶ島

201010050011 「消えていく島言葉 八丈語の継承と存続を願って」

 かつて「絶海の孤島」「鳥も通わぬ島」と言われた八丈島。これまで古から連綿と受け継がれてきた「八丈語」が、いま文化・交通の発達により、失われかけている。本書は八丈三島(八丈・小島・青ヶ島)の八つの地区に残る貴重な島言葉(1427語)を収集したものである。
 

 新刊案内でも「青ヶ島」の文字を見逃さず、丹念にチェック。
 著者:山田 平右エ門
 出版社:郁朋社 (2010年9月23日 発行)
 ページ数 191ページ /大きさ 21センチ・ A5判
 ISBN: 9784873024776
 NDC: 818.36 (言語-日本語-方言・訛語-東京都)
 価格:1575円

 中身はまだ読んでいませんが、八丈島、八丈小島、青ヶ島で使われていた島言葉1427語も収録しているなんて貴重な本。

 私の知っている島言葉は、青ヶ島で普段話されている、「おじゃりやれ」は「ようこそ」、「おもうわよう」は「さようなら」、「わせ」は「いらっしゃい」の3つくらいかな。
 
 青ヶ島の人たちと話・・・(筆談ですが)をしても、天下の東京都に属しているので、島言葉を全く使わない100%標準語でした。

 高津勉先生の文献を読んでみると、昭和25年初めて青ヶ島に赴任した日、島の子供たちに歓迎されていたのですが、言葉は全く理解できなかったと書かれています。
 ちょうど島言葉と標準語のバイリンガルを話せる生徒がいたので、通訳してもらったとか・・・。

 たとえば、「ヒックグル」は寝る、「カンヨメ」は猫、「ヤスミヤッタカ?(休みやったか?)」は「おはよう」、「~タモゥレ」は「~してください」といったように、初めて聞く人にとっては理解できるわけではありません。

 青ヶ島に電燈が入ったのは、昭和41(1966)年11月1日。多くの発電機材は船と艀で運ばれてきましたが、巨大な発電機はそれらの手段では到底無理なため、自衛隊の大型ヘリコプターで空輸。
 しかし、今みたいに24時間使えるのではなく、発電機の稼働時間は夕方5時から午後10時まで。それまでは薄暗いランプの下で不自由な生活を余儀なくされていたので、昼のような明るい電燈は斬新だったそうです。
 テレビも集会所の1ヶ所しかなく、子供から大人まで(当時の人口250名)ぎっしりと集まり、普段目にすることのない内地での話題に興奮をおさえていたそうです。

 島言葉で話していた子供たちもテレビで覚えた標準語を話すようになり、少しずつ変化が起きるようになったのはその頃からだそうです。
 今の子供たちは上に書かれているとおり、知っている島言葉は3つくらいしか知らないだろうと思います。
 
 あれからもう40年。内地との格差はほぼなくなりましたが、残るのは現在工事中の地上デジタル。今度の青ヶ島はきっと、くっきりした美しい映像に字幕も楽しめるようになるかも知れませんね。

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