東京アイランド

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【祝】1週間ぶりに船が来ます!

2016-07-16 07:37:11 | 2014~2020青ヶ島
 7月9日の土曜日に入港してから、梅雨前線の影響で1週間も欠航。16日はやっと条件付きで就航しますっ!!青ヶ島も全然暑くはなく、「夏」の感じは全然しない、とのことです。内地(首都圏)も最高気温28度、最低23度なので、去年に比べると少し肌寒いです。
 たぶん、青ヶ島も真っ白な霧―っ!だと思うので、せっかく尾山展望台(右側のプロフィールに載っている写真)からの眺めは見えないかもしれません。梅雨が明けてピカーン!と晴れていればいいですが・・・。
 18日(月)、19日(火)の船はバッチリ!!就航できそうです。もしも、私が20代だったら、ふらふらと昨夜の「たちばな丸」に乗り込み、となりで停泊する「あおがしま丸」に乗りかえてまっしぐら。気がつけば、ここは青ヶ島!?ということも平然とやっていたかも知れない。今はもうオジさんなので、必ず事前に連絡をするようになりました。
 <<(注)当日いきなり上陸しても、民宿はどこも受け付けてくれないので、必ず事前に予約を入れてからでお願いいたします。>>
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仁山駅

2016-07-16 00:11:37 | 2016JR北海道H5系旅

 昔は有人駅だったという名残。改札ラッチが残っていました。昭和30、40年代の國鐵時代。自動信号機の代わりに人の手で動かす腕木信号、単線での衝突防止のためにタブレットの受け渡しをする人や、分岐器を手動で動かす人などなど・・・・全国津々浦々駅員さん配備。わが故郷の何もない小さな漁村の長門二見驛も、8人の駅員さんが駐在。朝3時から最終の23時まで改札口に駅員さんが立っていた。駅長事務室の奥に和室の宿直室もあったので、交代しながら寝泊りしていたようです。JR西日本発足時の1987年当時は、直営の駅員さんが1人で仕切り、1989(平成元)年10月24日からついに無人駅化。仁山駅の話だというのに、故郷の山口県に脱線してしまいました。おそらく、仁山駅も昔は駅員さんがたくさんいて、賑やかだったかも知れません。

 ここはたぶん、出札窓口があったところなのかも知れない。

 3月25日まで「おしまおおの」なので、その上に「しんはこだてほくと」のシール。

 近くにニヤマスキー場があるので、東京から新幹線で来て、わずか隣。スキーヤーにとって嬉しい駅。

 昔は家の中にポットントイレがあると、においがとってもきつい。このように家から離れた場所に建つのが普通だったようです。昔の人は真夜中、用を足すのにいったん外に出なければならず、大変だったかも。当時の子供たちは想像力が逞しい。ポットンで用を足していると、中からヌーッと人間の手が出てくるとか・・・。

 「しんはこだて」のままだと、新幹線駅所在地の北斗市民から「函館市と混同してしまう」と反発があったため、「しんはこだてほくと」となったそうです。

 列車の数は、新幹線10往復にあわせるように設定。そこそこある、という感じ。

 5月14日。まだ桜が咲いていました。次は・・・新函館北斗。
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