今日で夏休み終わり、明日からまた会社デス。今回は地元での撮り鉄が充実してたのでなにやら虚脱感がアリマス。この夏の写真は別の機会に紹介シマス。
さて、タイトルの「犬山」は牟岐線二軒屋-地蔵橋間の園瀬川鉄橋のチョイ先にある踏切デス。
上は犬山踏切から二軒屋方を望んだところです。C58-332牽引の回送が園瀬川鉄橋を渡り終えたところです。ちょっと切り通し風になっています。
反対側の地蔵橋方。列車は法花の踏切を通過しています。左のクルマは初代サニーだと思います。
↑これは法花の踏切から犬山方面を望んだところです
↑二枚目の写真とほぼ同じアングル。この辺も今はすっかり住宅地になりました。
↑犬山踏切を通過して園瀬川鉄橋に向かう回送(徳島から池田行き423レ)
↑犬山踏切横の切り通しを反対側の園瀬川鉄橋方から望んだところです。
園瀬川を渡り終え切り通しに突っ込んで行くところ。’68年の項でも紹介しましたがここは良く通ったところデス。
↑珍しく早起きして午前中に撮った写真。こちら側は午前中が順光なのは分かっているんですが起きられません。。。列車は穴吹始発の424レ小松島行きですがC11がなんと9両も牽いて快走しています。今は1000系4両が限界なのに・・・
↑「二軒屋を出た牟岐行き521レが園瀬川鉄橋へ駆け上がって来ます。眉山も裏から見るとスカイラインの造成跡が痛々しいデス。
上の列車が園瀬川鉄橋を渡っているところですが、1両目の客車は窓配置から元・特ロのスロ51をリクライニングシートからいきなりロングシート通勤改造したオハ41・350台だと思います。当時、小松島に350台3両と元スロ53の450台1両が居ました。
ここはどっちに向いても視界が開け(当時は)午後一杯で回送中心ですが6本の蒸機が撮れるので
こんな事になった8月まではずいぶん通ったものでした。