徳島鉄道風景(新)

昔の徳島の蒸機が尽きて関東中心にしてましたが
戻って来たんで、これからは徳島起点でやってきます。

新緑の土讃線へ

2021-04-25 22:06:12 | 土讃線


ジジイだと台湾の果物と言えばバナナですが、今回はパイナップル。台湾産を大陸の某国が買わなくなったんで日本が輸入してるのに協力すると愚妻が買ってきました。ヘタを育てて三年後に実が採れるのを楽しみにしています。
そんなことより、徳島の感染状況が異常ですよ。大阪や神戸で流行ってるのが来とんでしょうか?明日の様子で徳島も蔓延防止措置を要請するそうです。


今まで土讃線に行くときは徳島線始発で下り、接続する琴平行きで坪尻へ行き、午後に大歩危方面へ移動するのを常としていましたが、この下り始発の徳島-穴吹間が廃止されてしまいました。(写真は第二鉄橋近くにあったフィールドアスレチック?かなり高くて怖そう)


で、今回は次の各停より40分遅く出て池田着は2分しか違わない剣山1号で出発、池田駅前からバスで第二鉄橋へ直行です。


第二鉄橋ではサンリバーホテル側から見上げる構図がお気に入りなんですが、バスが着いたと同時くらいに36Dの通過音が聞こえて諦め。次の2005Dから開始。


この線では珍しいG車無しのモノクラス2両編成。


光線状態が微妙。こう言う構図ではどこがベストなのか迷います。


次の38Dでやっとお気に入り構図で撮れたんですが・・・接近を知る術がない所で置きピンして待ち構えるのが持続できませんでした。こう言うときだけは三脚があった方がええなあと思います。


ダメ写真ですが、ここは今までほとんど午後に来ていたんで午前中の光線が新鮮です。新緑は盛りを過ぎて藤が満開でした。


続く33Dはアンパンマンなんで、また上流側へ移動。


40Dでどうにか撮れました。


35Dは半車のグリーン席を含む標準的な三両編成。この系列は中間車が造られてなくて皆運転台付き。


今春の改正では徳島線の夕方上り特急も廃止され、かなり早めに池田を出んと徳島着が遅くなってしまうんで第二鉄橋は早々に切り上げ、いつものように歩いて小歩危駅へ移動。


第二鉄橋から小歩危は遊歩道があるし、ずっと下りなんで20分で着きます。なので、35Dを第二鉄橋で撮ってからでも42Dの通過には楽々間に合います。


ここに来れば必ず撮る構図。山が重なり合って、しかも山によって植わってる木が違うんです。


緑が濃いのは主に杉とかの針葉樹、明るいのは常緑樹、かな?


やって来たのは土讃線では貴重となった各駅停車。今改正でもまた何本か減らされました。


珍しくお一人下車されました。この4227Dには20~30分で併走する四国交通のバスがあるんですが、こう言うのは何とかならんのかと思います。少ない乗客の奪い合いは共倒れになるんとちゃうか・・・まあ、池田への通院・買い物の便を考えると同じようなスジになるんでしょうね。


写真とは全く関係ありませんが、小歩危駅も便所が「封鎖」されました。


高知方の急カーブも何回も試した構図です。障害物が多くて上手いことイカン。


ここは一線スルー駅で、特急は上下別なく山側の2番線を通過。各停は駅舎寄りの1番線に入線するんで、2番線に各停が停まるのは各停同士が交換するときだけで、今のダイヤでは19時台に一回あるようです。


小歩危の次は久しぶりに三縄へ寄ってみました。小歩危から乗ってきた4230Dが出て行くところ。この列車も以前は高知始発でしたが、今は先の4227Dが大歩危で折り返す運用です。


直ぐ先で三好橋を潜るんで緩い下り。背後の山を入れた構図がお気に入りです。


元の貨物ホームが隣接する製材所の敷地に利用されてます。


4230Dを追いかけて来る44Dは赤アンパンマン号。ド派手な塗色は、遠目には外国の車両の様です。


ここは何故か非一線スルー駅で、両端にY字ポイントがあるためゆっくり通過。


幌付き端部の顔つきはスハフ12を連想させますね。


お気に入りの池田方ですが、数年前に右手に新しい家が建ち構図の難易度が増しました。


なんとか右上の山の中腹にある集落を入れて土讃線らしさを出したいんですわ。


御覧のように、出たらイカンと書いてるとこはちゃんと守って撮影。


高知方もええんですけどね。


下り列車を1番線から撮れば新しい家は躱せますが、山腹の集落は写らん。


防錆塗料のままか、と言うカンジの跨線橋も緑の中では映えます。


当初の予定は4232Dまで三縄に滞在し、特急が無くなったんで16時過ぎの各停で徳島に戻るつもりでしたが、三好橋のバス停まで出れば14時半の特急に間に合いそうなんで試してみることに。


地元の方に聞くと、10分あったら行けるとのことでした。


標識を見れば僅か600m、楽勝でした。このコースはまた使えそうですが、次は箸蔵も行きたい。とは言え、この状況で行けるんかいな。


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遂に市外へ足を伸ばす

2021-04-18 22:33:49 | 徳島で


一昨日は聖火リレーがかちどき橋のとこを通るんで見にいこうかとも思ったんですが、時間が中途半端なんで止めました。直近の感染状況みてるとホンマに出来るんかと心配になります。


新町川の河口に架かる新しい橋の進捗を見に行った時のこと。津田の岸壁にクレーンがいっぱい建ってる。


あんなようけあったんかと拡大すると荷下ろしを終えた材木運搬船が停泊中。船名から検索すると内海造船瀬戸田で建造された二万四千トンの船だそうです。ついでに萩沖で漁船と衝突したことがあるなんてことも出てました。


大それたタイトルではありますが、今回も10時頃からの開始。元の麻植郡鴨島町にある牛島(うしのしま)駅、今は吉野川市になってるそうです。ホームの楠?が素晴らしい。


ホームは素敵ですが駅舎は近代的な待合室に置き換えられた無人駅。利用する方にとっては古い駅舎よりこっちがエエはず。


牛島に来たのは、以前「1551tokutetsu」様のブログでここの写真が載っていて、厚かましくも場所を教えて貰ったんですわ。駅から徳島方に少し戻った飯尾川鉄橋。


今の時期ならまだ近寄れますが、夏になったら草が茂ってアカンかも。それよりマムシがおるんやないか心配でした。この橋脚は開業当時のもんか?


いやはや・・・


最初の写真が単行で目立たんかったんで近寄ったら何と三連、それも1000系で。時刻からすると450Dだろうと思います。早速ダイヤにメモです。


鉄橋の袂から徳島方を撮ると逆光で列車が目立ちません。


ステンの車体は周囲の色を写すせいかなあ。順光なら光ってええんでしょうが、ここはやっぱり40・47みたいに白っぽいヤツがええんでしょうね。


40や47を撮るには早起きして朝の通勤列車が走る時間帯に来んとアカンのです。まあ、もうちょっと気温が上がったらチャレンジですね。


駅に戻る途中で、徳島方にある牛島第一踏切から構内を遠望。両側に出発信号がある一線スルー駅で、今は二面二線ですが、昔は右側ホームの外側にもう一線ある二面三線だったと思われます。左側ホームの先には貨物扱いの形跡もありました。


この駅で交換する下り列車が到着。


鉄道も左側通行が原則ですが、なぜか逆に停車。交換がなければ上下の別なく跨線橋をわたらくても良いように左側の線に停車ですね。


ここの踏切も狭いのに交通量が多く、道端でカメラを構えてるのは気が引けます。


右手が田圃だったらええんですが、もう長いこと耕作されてなさそう。


徳島線はこの春の改正で特急が一往復減らされてます。四国の185は何種類か塗色があって、小生は緑の帯が入った原色と言うか登場時の塗色のヤツが嫌いです。


今更ですが、左端の山は高越山かなぁ?聞いとけばよかったと後悔。


今度は上り特急の通過。左側の線が一線スルー化された通過線で上下の別なくこっち側を通ります。


観光列車「伊予灘ものがたり」も2代目は185が種車になるようです。余ってそうやし当然でしょう。有料特急としては接客設備が限界を越えてると思います。


池田方の第二踏切に移動。


こっち側だと大楠が一層存在感ありです。


ホームから上り列車の入線を。非通過側はポイントがきつくて車体は大きく揺れます。


後追い。古枕木の柵はイイ感じなんですが・・・


この日2番目の目的地、川島に着いたところ。


ここは徳島方の切り通しが割と有名で、いっぺん来てみたいと思とったんですわ。


車内からは通るたびにエエ場所に見えたんですが、実際来てみたらものすご撮りづらい。


俯瞰は嫌いやけどシャーナイなあと上る途中でお城が見える!いかがわしいホテルなどではありません。


大坂峠とか、牟岐線の先の方にもありそうなカンジ。


まあ、宿題がひとつ片付いたようなもんです。


ここは今も二面三線。今春の改正で半時間パターン化され、川島折り返しの列車が増えましたが、これもそうでした。


約10分で折り返して出発。


こことか板野もそうですが、折り返し運用のある駅でも無人駅と言うのが当たり前になってきました。


入口脇のガラス戸に「いらっしゃいませ」と言う文字が残ってたんで、以前はなんか店舗が入っとったんでしょう。実は地図で見たときに駅前に和食?の店が表示されてたんで、そこで昼食するつもりでしたが見当たらず。他に食べ物を扱ってる店も無く早めに切り上げです。ウチの近所でも既に廃業してる店が何カ所か表示されたままになってるんで信用したらアカンなあと痛感。
今回見ていて、徳島線の駅前には飲食店は無くても各駅にクリーニング店があるのに驚きました。


次の上りで帰ることにして、その前に来た下りを。山のカンジを見てると土讃線や大坂峠も早いとこ行かんと新緑が終わるなぁと焦ります。


駅入口のバリアフリー対応スロープ。これだけ造ってもホーム間移動は跨線橋だけで構内通路も無いんで飾りみたいなモン?


無人駅になり、更に全車両に立派な多機能トイレが装備されたことで便所が「封鎖」されてます。小歩危みたいに汲み取り式のとこなんか維持管理が大変だったろうと思います。JR北海道はどうなんだろう?


最後に徳島方の切り通しを撮って終了。ここも左側の様な日本全国統一タイプが増えてます。








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勝占まで南下

2021-04-12 00:32:09 | 徳島で


徳島線の方も行ってみたいんですが、ダイヤの用意が出来てないんで前回の続きで二軒屋の先に行くことに。その前に、気になっていた御座船入江川を地図で探して寄ってみました。55号にその名も「ござふねばし」がありました。


眉山はもう新緑のカンジ。川は直ぐ先で暗渠になり、公園とポンプ場があります。


暗渠の先は二軒屋の横土手踏切手前の水路に続くと思うんですが・・・


この日の最初は二軒屋駅南側の踏切から。狭い踏切ですが交通量は多く、おちおち撮ってられません。踏切待ちの車が両方向列をなして視線が痛い。


上り列車が到着したところです。乗降とも結構利用有り。これも半時間ネットダイヤの効果でしょうか。


下り列車と交換。四国独特のホーム上屋が周りの宅地化に取り残されたカンジです。


金ちゃんラーメンの工場を過ぎて冷田川の鉄橋。送電線の鉄塔は昔と同じ場所にありますね。一見のどかに見えますが、ここも狭くて交通量が多い。


望遠すると文化の森駅が見える。


昔はここら辺はあんまり来たことなかったんですが、今は商業施設も多いようです。


通過後の踏切から後追い。背景に山が入る構図は好みです。


文化の森駅手前、眉山の裏側。


ほぼ同じ構図で1969年。


駅横だけ田んぼが残ってます。ちょうど所有者の方が仕事されてて、連休辺りで水を張るとのこと。是非また来てみたいです。


続いて園瀬川土手に上り、北上する上り列車。


これも1969年。


今はコンクリのごっつい橋になり、レンガの橋脚もすっかり変わりました。


園瀬川を渡って南側から。中央が「犬山の切り通し」。


この辺はよく撮りに来ましたわ。


まあ、どこもかしこも宅地化。今は線路の下を192号が通って様です。


昔はこっち側の土手の上にも道があったんですが、下に立派な道路が出来たんで荒れてます。今は撮れましたが、夏は雑草で近づけそうもない。今回もマムシが出るやないと心配でした。


こうやって切り取ると昔とあんまり変わらんように見えるんですが、右側は今風の家が建ってます。


さて、ここも懐かしい「犬山の踏切」。犬山にあるんでそう呼んでましたが、今回見ると法華第六踏切でした。住所は法花ですが、踏切は法華。


踏切の反対側からですが1968年の写真。右側の家は残ってますが今は空き家の様です。


後追い。向こうは法花。


これはもう同じ場所には見えんなぁ。この写真で機関車が差し掛かってるのが犬山踏切でした。


その犬山踏切を小生はずっと「法花の踏切」と呼んでいました。昔は市バスの終点で、回転場があったんでが面影無し。


踏切のちょっと先に小さな鉄橋があったんで下り列車を。右側はまだ田んぼが残ってます。


今回の南端はここ。駅舎自体は昔のままですが、無人駅。


更に下り線が撤去されて棒線駅化されてます。でも利用はそこそこ有る様です。


ホームの屋根はたぶん昔のまま。背後の山が無くなって団地が出来てます。


徳島に向かう上り列車を後追い。


ほぼ同じ構図の1969年4月2日。


左手は田んぼが残っとるんで、田植えの時期にまた来たい所です。


とは言え、かなり工夫せんとアカンでしょうね。


下り列車が発車したところ。山は無くなりましたが、左手の墓地はさすがに残ってます。


1969年。そう言えばホームの長さは昔のままのようですが、今は最長何両だろ?


今週出すゴミの準備があって13時過ぎに帰途につき、途中富田で時間があったので一枚。


富田の駅なんて無かった時代。未舗装ですよ。
今回は準備不足で半端な記事になりました。





















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富田から二軒屋へ

2021-04-04 21:47:13 | 徳島で


桜も終わりかけで四月になりました。何度か掲載してる写真ですが、犬山踏切です。機関車は法花を通過しようとするところ。この日は検索すると火曜日だったようですが、春休み真っ最中で朝から撮り鉄しとったようです。今は春休みが終わって人の移動が落ち着かんと感染拡大が収まらんような気がします。


今回もお手軽に家の近所で。しかも撮り始めが11時過ぎの4539Dからと言う怠慢ぶり。左側にある元・東署構内の桜が散り始めてます。


今回もあんまりエエ写真が無いんで、昔の写真を併用して薄めてあります。鉄橋と眉山と池添蒲鉾の建物が50年以上経っても昔のままです。


4539Dと二軒屋で交換してきた542Dが新町川の鉄橋を渡るところ。1500+1200の組み合わせはこの日飽きるほど見ました。


鉄橋の向こうが昔は魚市場で今も魚屋があるせいかトンビが群がってます。時々鴎や青鷺も混じってバードウォッチングが楽しめます。


続いて4541D。牟岐線は昨年の改正で日中は半時間間隔のパターンダイヤが採用され、今改正でも継続されてます。徳島線にも導入されたんで、パターン化と増発はそれなりに効果があるようです。


まるでブルーインパルス・・・徳島は九州方面との空路が上空にあり、天候によっては飛行機雲がようけ出ます。


542Dはかちどき橋の上から。列車番号からすれば、単行で車掌乗務列車ですね。眉山の山肌に白い斑がみえるのは桜です。


阿波富田駅に移動。駅の二軒屋方にあるのが曲尺町踏切。道路の上に架線みたいな電線があって路面電車でも来そうなカンジ。


富田のガードを渡ってやって来たのは4543D。背景がすっきりしませんが良いカーブです。


牟岐発の544Dを後追い。


だいたい同じ方向の1967年。マツダのキャロルが居ますね。当時、ここに駅が出来るとは思いもしませんでした。


更に二軒屋方に進んで堀南第一踏切から。直ぐ先に東富田第五踏切があり、更に先にも富田踏切が見えていて密集地帯。


反対側の二軒屋方を向いて4546D。枕木で出来た柵は良いんですが周りは今風の住宅。


いよいよ二軒屋手前まで来て、横土手踏切で4548D。2両編成でワンマンです。今でも2両目は締切扱いにしとんのかなあ?


更に二軒屋方に進んだ神成第二踏切脇の集合住宅は昔のまま。


1968年の写真で、右端に写った建物です。今はさすがに空き家の様でした。


徳島方を見ると緩いS字カーブ。背景がイマイチでした。


二軒屋方向もマンションが増えましたよ。


ここら辺は島谷建設さんの土地が多いのも昔のまま。


これは1970年春。


なんか撮られたカンジです。この4550Dは穴吹まで行くヤツです。


二時近くになって空腹に耐えられず、二軒屋駅改札真っ正面にあるうどん屋さんで昼食。


553D。以前も探したことがあった御座船入江川はこの辺を流れてたんじゃないかと橋梁の表記を探しましたが見つからず。


後追いで二軒屋駅に進入するところ。


553Dと二軒屋で交換する554D。前回改正からの日中パターンダイヤでは徳島-阿南間で二軒屋・南小松島・羽ノ浦で交換があります。


この列車は池田まで入るんですねぇ。やっぱり1000系の色はええなあ。


駅手前の神成第三踏切は舗装されてますが、形態は昔のまま。


踏切の先にある金魚屋さんもまだ営業中です。


スプリングポイントがあるんも昔のまま。左側に進む下り列車に定位。


懐かしい場所です。背後の金ちゃんラーメンの工場は立派になりました。


構内の自転車置き場から。昔はこの辺が貨物施設だったんか。


交換列車到着。


窓が塞がれた部分は巨大な便所。


地蔵橋方もエエ雰囲気、改めて来てみたいと思います。


帰りにもう一度新町川の鉄橋で。夕方なんで上流側から撮ってます。


県庁と、右端に三河家住宅。せっかく保存されてるのに周りがこれじゃなあ。


この構図も随分撮ったなあ。この4560Dにてこの日は終了です。








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