徳島鉄道風景(新)

昔の徳島の蒸機が尽きて関東中心にしてましたが
戻って来たんで、これからは徳島起点でやってきます。

眉山の写真

2011-05-29 20:58:01 | 徳島で

関西が梅雨入り、早いなぁと思っていたら翌日には関東も5月だというのに梅雨入りしました。金曜の夜から帰省するつもりでいたので、週間予報で三好市の天気をずっと見て居ましたが日を追う毎に悪くなっていき、ついに断念。来月に延期しました。5月の末にしたのは大歩危でトロッコ列車に乗ろうとしての事なんですが、夏は大歩危では運転されないし秋か来年5月までお預けとなりました。入梅だけでなく気の早い台風まで来てるようで延期して正解だったようです。

そんな矢先、身内がやってるブログに眉山の写真の記事が出ていました。徳島市内出身の者にとって眉山は徳島の象徴ですから今回帰省出来なかった悔しさも込めて写真を探しました。

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市内の大概の場所から見える眉山ですが、富士山みたいに円錐形ではないので角度によって大分形が変わります。小生の場合はこの角度というか形が眉山です。上の写真は3年前の6月1日に帰省した時に実家近くの徳島本町交差点歩道橋上から撮影。

帰省というと、徳島を出てから40年になりますがやはり眉山を見ると戻んて来たなぁ~という気になりますね。

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汽車が好きなんで若い頃から帰省と言えば遠回りを承知で宇高連絡船から高徳線で徳島に入っていました。

列車が吉成の駅を通過して吉野川鉄橋へカーブしながら駆け上がると、それまで進行正面にあって見えづらかった眉山が見えて来ます。

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鉄橋に上がると眉山の前方に子クジラのように城山も見えて来ます。

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眉山と吉野川と青い空と。徳島じゃぁぁと感激する一瞬ですね。

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高松から1時間、徳島駅の情けない構内もたまりませんね。上3枚は去年8月、久々に宇高フェリーから高徳線経由で帰省したときの撮影です。

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鉄道に続き船で帰省した時の写真です。上は3年前の5月30日、入港直前の南海フェリーから撮影。

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続いて翌年8月20日、同じく南海フェリーから。どうも小生は船に乗るとスカッと晴れてくれなくて靄というか蒙気というんでしょうか、はっきり見えませんが手前には小さく城山も望めます。眉山の由来は昔、海上から見た姿が人の眉に似ていたからと聞いています。なのでこれが眉山の正式なシルエットか。

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同じ日、着岸後に撮った写真です。眉山の上に掛かる雲が怪しい感じで気に入っています。

眉山と雲、というと眉山の上に湧き上がる入道雲を夏に帰省する度に狙っているんですがなかなか上手く行きません。

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4年前の8月19日。これが今のところ一番それらしい。

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去年の8月23日。ムチャクチャ暑い日だったのに空がスカッと青くないんで雲が引き立たない。

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奇しくも同じ8月23日ながらこちらは3年前。県庁の対岸(この辺もケンチョピアと言うのかな)から撮っています。実家に近いかちどき橋周辺から見た姿はこの辺でよく汽車の写真を撮っていたので一際懐かしい。

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一枚だけ当時の写真を。1970年8月ですが頂上の様子は今と変わりません。パゴダを挟んで左右にアンテナ塔が建っていますが右は四国放送、左がNHK(いや逆かもしれん)とおしえられました。

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同じく県庁対岸、一昨年の8月21日。しまりの無い雲で入道雲にはほど遠い。

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同じ日に新町橋から。撮影時刻はこちらの方が先です。夏らしいけど雲はなし。

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同じ帰省の8月24日。

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望遠にすると後ろに入道雲になりそうな雲が見えますが、、、

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同日午後、吉成駅近くから撮影。徳島では阿波踊りが終わった頃には稲も色付いて秋らしい。充分暑いのに雲も秋の風情。

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最後は6月1日(2008年)市役所前跨線橋から。地元の方情報によると仲ノ町の佐藤病院跡地が更地になったとか・・・中心部が駐車場だらけになりそうで心配です。みんなどこに行ってしまうのか。。。

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GWに秩父鉄道へ行ったときのこと

2011-05-22 21:10:26 | 関東近郊、JR特定線区外と私鉄

先週から風邪をひいてしまい、おまけに膝まで痛くなって(季節の変わり目に良く出ます)何もしていません。夏物出したぐらいか。

前回、武州原谷駅の続きですが順番は逆。先ずは朝の熊谷駅。

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秩父の急行用車両です。西武の通勤車の面影が色濃く残っています。

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中央の両開き扉があった場所は埋められてここだけ大きな窓ガラスが填め込まれています。一日乗り放題のフリー切符:1,400円と急行券:200円(確か・・・)で出発。この西武通勤車格上げ急行は一見転換クロスに見えますが向かい合わせに固定されています。今日みたいにハイカーのグループや家族連れが多いと一人モンは座ってるのが辛い。

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丁度70分で終点の三峰口着。入れ替わりに発車する上り各停で浦山口に折り返すつもりでしたが隣のホームで間に合いませんでした。

次の発車は約20分後の元・東急車輌。日中でも1時間に片道2本の各停が運転されています。

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外見から東急8500かと思っていたんですが7200というのは秩父の呼称なのか・・・ローレル賞のプレートが残っています。秩父鉄道もワンマンですがどの車輌も運転台周りはほとんど改造されていません。理由は車内で運賃収受を行わないから。小さな駅でも最低一人、OBを再雇用したと思しき年配の駅員さんがいます。列車密度との兼ね合いでどちらが良いのか判断しかねますが、ここはどの駅も登山やハイキングの入り口になっているのでやはり人が居た方が安心。ただしほとんどの駅で詰めているのは日中だけでそれ以外はどうしてるんでしょうか。

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まったく東急時代のまま、ひょっとして借りてるだけで後で返すのか・・・などと勘ぐってしまいます。

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手前は東急の一段下降窓、向こうは元101系の2段上昇窓。約20年の年代差ありますが旧国鉄が通勤・近郊型に一段下降式窓を採用したのは205・211になってからでしたね。

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浦山口は車窓で確認、影森まで来ました。現役の貨物扱い駅で下車してウロウロしてみます。

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三峰口方の踏切から構内を望んでいます。コアラのような顔をした貨車は秩父名物ヲキフ100です。

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GW中のせいか動いている貨車には会わずじまいでした。それにしてもこのヲキフの車掌室内は暑そうですね。

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踏切脇には趣のあるポイント小屋とか

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貨物ホームの名残。いやあ、こういうの大好きです。

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ここからは元101系。ホームが右側にある時、運転士は電車停めた後席を立って右側乗務員扉から後方確認、ドアスイッチを操作します。なので電車が停まってからドアが開くまで少し間があります。

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簡易荷物車として使用するのでしょうか、アコーディオンカーテンの仕切があります。

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JNRマークそのままの扇風機。3両編成で中央の1両が非冷房です。

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運転台周りの色合いも国鉄時代のままですね。

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その非冷房車の天井です。101系だけでなくこの時代までは客車も気動車も窓より上の支柱は天井と同じ色に塗られていました。こうすることで天井に溶け込ませて見た目をスッキリさせる、ということを昔鉄道ファン誌で読んだことがあります。

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昼食確保に下車した秩父駅で元101系の並びが撮れました。塗色一番人気の通称「あずき」は熊谷駅側線で休んでいるのを朝見てるし、この日はこの後元都営三田線車両が良く当たりました。

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西武からの乗り入れ車はあちこちで見かけます。2扉と言うことはそこそこ長距離運行用なんでしょうね。

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浦山口駅まで戻ります。ホームのカーブがきつく4扉車の両端ドアは閉め切り扱いです。

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三峰口方にある鉄橋でC58を撮ろうと予定していました。ちょっと電柱が邪魔。

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電柱を左に避けると今度は白い標識板がちょっと邪魔。多くの方は左後方にある山の中腹、あるいは左下の鉄橋を潜る遊歩道からの撮影のようですが逆光になります。

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結局、駅への登り口途中から撮りましたが、ご覧の通りブレブレでした。通過時刻は14:25。

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この後の各停が長瀞でC58に先行するので明野に先回りしてホームから撮り直し。

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最後は熊谷より先、羽生方面に初乗です。行きに良いなと思った武州荒木で下車。

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もちろんここも単線ですが有効長の長い側線があり、昔は貨物輸送が盛んだったのでしょう。

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ホーム横には立派な農業倉庫?があります。現役ではなさそうですが。

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田植えの終わった頃に是非もう一度訪ねたい場所です。

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秩父鉄道 武州原谷駅

2011-05-15 21:09:52 | 関東近郊、JR特定線区外と私鉄

連休の真ん中辺で秩父鉄道に行って来ました。当初予定では田植えの終わったいすみ鉄道に行こうと考えていましたが直前に急な出費があって断念。秩父鉄道は自宅から一番近い私鉄です。

タイトルの武州原谷駅はどこに行こうかとウィキを見て居るときに目にとまりました。貨物駅ですが大野原駅からなら1.1㎞、15分位で行けそうなので歩くことに。

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大野原駅から武州原谷方を望んでいます。左側の上り線の先は安全側線のようになっていますが、昔は後述の高架線に繋がっていたようです。

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大野原駅から線路沿いに5分も行くと高架線の遺構が見えてきます。

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この辺はもう武州原谷駅の構内のような感じ。高架線は架線柱の名残があるので電化されていたのでしょう。

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そのまま工場の中に入って行ってます。

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連休中だからかシンとしていました。あちこちのサイトの話を総合すると、昔はこの高架線を通って石灰石が運び込まれていたようですが今はベルトコンベアで搬入、のようです。

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上の写真の直ぐ右手が踏切でそこから工場内を望んでいます。

大きな踏切で最初の線は検修庫に入る線でしょうか。

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中程の線は積み込み施設と思われる建物に繋がっています。

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プラットホームがあって旅客駅のようですが、上部からセメントばら積みのホキ1900みたいな貨車に積み込んでいたのかなあ。

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踏切を渡りきるところ。一番右の線が本線です。

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線路沿いに駅中心部に向かって歩きます。とにかく広い。

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有蓋貨車が見えます。袋詰め製品輸送用で旧国鉄ならスキとかテキと表記されるのでは・・・

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同型と思われる貨車が影森駅構内にもいました。ワキ50000似ですが台車はTR41風です。

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プラットホーム部分。上の跨線橋の中にホッパ車にセメントを積み込むコンベアがあるのでは、と想像しています。

昔はここから全国各地にあったセメントステーションに発送されて行ったんでしょうね。

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駅名表示板。ここが構内中心?

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旅客扱いがないのにこんな案内板が。

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工場が大きいからかC58が小さく見えます。通過時刻は12:07でした。

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ここだけ柵がなくてローアングルが撮れます。C58もここで撮りたかったんですが遠来の先客がいて・・・この日はやたらとこの元三田線電車に当たりました。ちょっと大阪市営地下鉄に似たような顔の電車がいたような気がします。

どうも風邪気味なのでここまで。

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久々に東北縦貫線工事

2011-05-08 21:32:01 | 鉄道施設
楽しかったはずのGWも今日で終わり。シメは普段の日曜通り近所でウォーキングでした。

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今年の連休は満足のいく写真が撮れなかったので、連休中の出勤日に撮った東北縦貫線工事の写真を載せます。
前回記事にしたのが去年の11月だったので丁度半年ぶりということになります。

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先ずは前回も紹介した秋葉原駅の下を通る道路に掛けられた橋桁が斜めに持ち上げられて新幹線上への勾配の一部として利用されようとしているところです。前回と全く変化無いように見えますが角度が変わったのか、それとも地震の影響で工事が遅れているいのか。

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他所様のブログで総武線への乗換通路から俯瞰してる写真を見たので真似しました。神田方にコンクリート構造物が出来ているのでアップしてみました。

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将来軌道が敷かれる部分がはっきり分かります。ホームから見るとこんな感じ↓

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凄い勾配です。この辺は前回より工事が進んでいる感じがします。続いて神田駅のホームに移動。

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東京方と同じように、新幹線橋脚の上に東北縦貫線用の橋脚が継ぎ足されています。写真では分かりませんがまだ数カ所だけ蓋をしたままの所が残っています。

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神田駅ホームの秋葉原方先端です。手前の京浜東北線南行の架線ビームも途中で切られています。

ところで

この新幹線上にくみ上げられている東北縦貫線用高架工事についての詳しい解説がありました。小生が東北縦貫線工事について最初に検索した時、一番詳しい解説をされていてその後も時々拝見している「東北縦貫線建設工事の様子」というサイトで少し前に鹿島建設のHPが紹介されていました。

これを見ると新幹線終電から初電までの短い時間で準備・作業・片付け・確認を毎晩繰り返しているとのこと、気の遠くなるような話です。完成まで後2年掛かるというのも頷けます。

その鹿島建設のHPに出てくるクレーン車は

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写真右下のオレンジ色のヤツだと思います。写真は去年の1月500系を撮ろうと国際フォーラム展望台に登ったときに撮ったものですが今でもここに居ます。毎朝通勤電車の車内から見ていましたが、てっきり東京駅のビッグルーフの工事に使われている物だと思っていました。件のHPによるとこいつが夜な夜な新幹線ホームを抜けて工事に出掛けているとは驚きです。

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東京方では横桁も出来上がり橋桁が渡される準備が進んでいるようです。この橋脚一基くみ上げるのに何日かかったのでしょうか。

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京浜東北線南行ホーム端から見たところ。一つ先に橋脚には既に橋桁が掛かっています。前から思っていたんですがどうも橋脚が華奢な感じがします。

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橋桁を送り出すトラベラークレーンも神田駅まで来ています。着実に進んでいますね。

次こそは一度品川駅の工事の様子も見に行きたいものです。

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スハネ16量産開始

2011-05-01 21:43:14 | 模型
黄金週間が始まってしまいました。一昨日はこの連休中で一番天気が良いというので観葉植物をベランダに出したりコートの洗濯をしたりと家の事で一日潰れました。昨日はちょっと出社、今日は撮り鉄予定でしたが予報で雨と強風と知り久々にNを。

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上の写真は去年の5月3日にひたちなか海浜鉄道で撮ったものです。田植え直前でした。同鉄道は復旧が7月になりそうなんですが今日は車両を全部連結しての撮影会を催していたようです。前向きな努力に頭が下がります。運転再開が待ち遠しいです.。
田植え直後の風景が好きで列車を入れて撮りたいと思っていますが、なかなか良いタイミングであたりません。今年はどうだろう・・・
さてNで瀬戸1号/2号を編成しようという計画の続き。前回記事が振り返ってみると2月、ほぼ2ヶ月ぶりになりました。

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前回では塗装前の加工(サボ受けの削除、洗面所窓桟撤去)を済ませるとこまででした。ウチは以前も書いたように愚妻がシンナー臭を嫌うため(好きだったらもっと困りますが)出来るときにまとめて塗ります。
今回、写真に写っているスハネ16×6両とオシ16の他にスロ54も塗装しました。

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塗料はモリタの青15号と自称・青17号(GMの青20号と15号を1:1)を半分ずつ塗りました。写真で左がモリタ、右がGMです。
好みは様々で皆さん記憶の中の色調と対比されると思いますが小生はGM2種混合の方が気に入っています。

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塗りおえてHゴムをグレーで差した後にネットの製作記で”GMのオシ16調理室窓が開閉可能なのにHゴムはおかしい”という旨の記載を見ました。早速写真を確認して見ると確かに下降式の窓の様に見えます。というわけで削り落としました。ところがここでまた失敗。写真をよく見ると寝台車通路側窓の様に上辺に水切りがあります。この部分だけHゴムを残しておけば良かった・・・という後悔が残りました。

ここまでは2~3月に少しだけやった作業。

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前回は平筆で素早く塗るのを優先したので細部には塗り残しがいっぱいあります。またHゴムを塗ったときに盛大にはみ出しているのでこれらの修正を今日やっと手がけました。

いやあ、細筆で修正すると直ぐに修正場所が分かりますね。同じ塗料でも日によって色合いが違うし。使う前にはよく掻き混ぜるんですが底に溜まった全部の塗料が混じり合ってはないようです。

とりわけHゴムのはみ出し修正は、はみ出したグレーを車体色の青で隠していきますが逆にHゴム部分まで青に塗ってしまう要再修正箇所が続出です。どこかで諦めないと果てしなく繰り返しそうです。

気分転換にずっと前に車体が出来上がっていた先行試作車に床下機器を取り付けることにしました。親切な原寸大の説明図も付いているし2両分くらい直ぐだろうと思っていましたが結構時間がかかり結局1両だけで時間切れ。

こういう小さくて取れやすそうな部品の接着は瞬間接着剤が良かろうと思い小さな部品を左手でつまみ接着剤容器を押したら出すぎて大騒ぎ。危うく指がくっつきそうでした。で、プラ用接着剤に変え、仮止めしてからたっぷりと流し込みました。見える部分がテカテカしているので後日また塗料で隠すことになります。

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GMの床下部品は共通のようで、オハネフ12に所要の部品を付けてもこれだけあまっています。座席車用の水タンクや旧型客車用電池箱と言った所でしょうか。右端の大きな部品はオロネ10用のユニットクーラーのようです。

床下部品取付は初めてですが、GMの床下部品は思ったより良くできていてうれしくなりました。大きな部品は足が付いてるし発電セットも三つのパーツを組む手間はありますが良く表現出来てると思います。

と、まあこうしてひとつ作業を進めると新しい作業(修正)を増やしてる みたいでいつ終わるのか・・・のんびり行きます。

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