徳島鉄道風景(新)

昔の徳島の蒸機が尽きて関東中心にしてましたが
戻って来たんで、これからは徳島起点でやってきます。

紅葉後の土讃線その2、大歩危・池田

2015-01-25 21:00:20 | 土讃線


ちょうど一年くらい前、

寒いのに早起きして、しかも遅れて来ないのを待っていたり・・・
ところが今年は、
訳あって暫く撮り鉄に行けないので普段より2~3倍に薄めてます。一日の撮り鉄を2回に分けます。

前回最後のアンプウ7号が大歩危に向けて走り去るところを超トリミングしてます。鉄橋の向こう側に行ってみたいところですが、トロッコ車中から見たところ道はありません。

さっきのアンプウ7号と岩原で交換してきた44D南風14号です。土讃線で高知県最初の駅、岩原もいっぺん行ってみたい駅です。

向こう岸の鉄橋袂と手前に杉か檜があって常緑が季節感を混乱させます。

R32をオーバークロスして小歩危に向かうところ。国道脇に遊歩道があって小歩危駅まで徒歩20分くらい。

バスで大歩危に移動。駅舎前から池田方を見たところ。背景、山肌に家が建ってるところが小生のイメージする土讃線らしく割に気に入ってる場所です。

上の走り去る南風16号を小歩危で待避していた4245Dが来ました。土讃線では珍しい便所付きの1000形です。

トロッコ8275Dが到着です。8千台と言うのは予めスジが用意されている設定臨と言うヤツ。

前記事でも書きましたが、この色は土讃線では保護色と言うか迷彩塗装というか全然引き立ちません。どういう状況での使用を想定していたんでしょうか。

下り列車が続きます。41D南風11号。

やっぱり3両はないと様にならん。背景の家をどこまで入れるか迷うところです。

48Dアンプウ18号。さっき第二吉野川鉄橋でアンプウ7号として撮った編成が、もう高知から折り返して来ました。おおよそ2時間20分、働き者です。

そもそも今朝、財田で撮った編成でこの日3度目。岡山を目指して走り去ります。
ここからはさっき着いたトロッコの折返し、8276Dで池田に戻ります。トロッコ車両に乗らなければ乗車券だけで臨時快速列車として185に乗れます。

上りは自由席扱いの185が先頭。国鉄ムード満点です。

皆さん当然トロッコに乗ってるので185は貸切状態。川口手前の伊予川鉄橋ですね。

川口では南風13号と交換です。この185-20はトロッコ専用で、もう一両の専用車26番はトロッコと共に近々改装されるそうです。JR四国のHPで見ると、瀬戸大橋線向けのデザインになってるようで、しかもグリーン車扱いになるそうです。

三縄の第一吉野川鉄橋。丁度この真上をR32が通っています。手前の袂右手と向こう側の同じく右手から撮ったことがありますが、土讃線らしさは第二鉄橋にかないません。

ここまで下ってくるとだいぶ穏やかな感じになりますが、これはこれでいい感じです。

三縄駅に進入中。背景は香川県境の阿讃山脈、中央奥に見える三好橋を潜るため緩い下り坂になっています。

望遠で背後の山を引き寄せ、坂を上ってくる列車を撮るのに良い場所だったんですが左手に今風の家が増えて雰囲気変わりました。(それでも翌日撮りに降りたんですが)

池田駅高知方にある踏切から構内を望んでいます。以前ここには跨線橋があって、小生は行ったことがありませんでしたがそこそこ撮影名所だったようです。

トロッコ8275Dから徳島行き剣山8号までは30分以上時間があるので、初めてこっちの方に来てみました。トロッコの入れ換えには間に合わず。

その踏切脇に駐めてあった貸切用救急車。

さらには初乗り570円の賃走救急車。ワゴンタクシーの救急車版といったところか。過疎化と高齢化が進むとこういう需要もあるんでしょうね。貧乏人は健康でないと田舎暮らし出来んなぁ。

跨線橋や地下道より踏切の方がバリアフリーですが、入れ換えなんかで長時間閉まったままなのもやっぱり困る。単線でも広い構内の収束する前で幅も広い踏切です。

折返し剣山8号になる列車が到着。3両で、中間にアンパンマン車両を挟んでいます。

同時期の北海道183系と基本的に同じ顔つきです。登場時は向こうに見える緑の帯で冴えない色でしたが、JR四国色になって少し良くなりました。九州に渡った車両は内外とも別の車両の様になってますね。

池田の売店で買ったお茶です。前とデザインが変わった様な・・・

この日のレシートなぞも。バスセンターの食堂、地名がサラダになってますが皿田とか佐良多なんでしょうか。トロッコの記念乗車証は本来トロッコ車両に乗った証なんですが、余ったからと恵んでくれました。
一日目はこれでお終いです。

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紅葉後の土讃線その1、財田・大歩危

2015-01-18 20:53:25 | 土讃線


前回の記事に載せ忘れた船の切符。宇野→小豆島の高速船はモノクラスですがちゃんと「2等」の表示がイカシてます。取扱印の「廻漕店」というのもシブイですね。いかにも瀬戸内海の海運を担ってるという感じが伝わりますよ。
さて、やっと今回から四国内の話に入ります。
帰省時はいつも土讃線で撮り鉄。

そしてこれもいつものことですが、4時半に起きて一番列車で池田に向かいます。徳島駅掻き取りホームの一番線に停車中。2両編成ですが、手前の一両は穴吹まで回送扱いで、どんなに混んでいても乗れません。JR四国は「ワンマン運転時は一両のみ客扱い」と決めていて、その理由が「高校生がイタズラをするから」ということらしいとはアホな話です。私鉄を含めワンマン運転の形態は様々で、再検討してもいいんじゃないかと思います。なにせ本数は減る一方ですから。

今回の土讃線撮り鉄は紅葉を目指したんですが、どうも遅すぎたようです。
お気に入りの第二吉野川鉄橋は2日間とも寄りますが、財田と小歩危にも寄る予定です。坪尻も考えてましたが、ご覧の通り全く色気が無い。本来ならここで10分停車して、しまんと1号+南風1号としまんと4号+南風4号の上下2本をまとめてやり過ごすんですが池田までに空転発生で遅れていて無しです。

財田駅です。乗って来た4224Dが琴平に向けて発車していくところ。ここまではずっと動画を撮っていたんで写真はほとんどありません。

池田方の眺め。通過したのは何度かありましたが、去年バースデー切符で周遊したときに降りて見て、程よいカーブが気になっていました。

ウロウロしてる間に特急が来ました。後で副支部長に伺うと、この先が有名な「財田のカーブ」だそうです。

2005Dしまんと5号ですね。2000系の貫通幌をつけた正面は特急気動車の中では一番好きな顔です。

2面3線の駅で一線スルーになっているので下り列車も駅舎側を通過。
直前まで雨が降っていて、ここでも降っていたら駅舎の屋根の下で撮ろうと思っていたんですがどうにか外に出られました。

こっちは池田方。さっきのしまんと5号と箸蔵で交換した南風6号です。

同じ貫通型でも塗り方で全然印象が違いますね。付近の家が今風の造りではないので救われます。

アンパンマンナンプウ、略してアンプウと呼んでます(小生だけですが)。うーん、ここで撮って良かったのか・・・いつか改めて場所を探したいです、天気が良ければ全然違うはずですから。

さっきのアンプウを塩入で待避してきた4231Dで池田に戻ります。どーも天気が優れず小雨がぱらつくのが気になります。

来るときの4224Dはガラガラでしたが、この列車は乗り鉄風多数。坪尻に着くと普通の乗客も立ち上がって外を見ます。

スイッチバックが始まると前後で撮影会。真ん中の人はストロボをバシバシ焚いて困ったモンです。

いやぁもう完全に観光地と化してます。

その後、第二吉野川鉄橋へ向かうためにバスセンターへ。隣の食堂で早めの昼食です。薄い上品なタレと青いネギが関西の証。蒲鉾も欠かせませんね。

食べてる最中、バスセンターにボンネット車が入って来ました。この定期観光バスはいっぺん乗ったことがあります。かずら橋より途中の道でダンプとすれ違う時の方がよっぽどスリルがありました。

こんな山奥に阪急の高速バスが来ました。四交のHPを見ると大阪へは6便、神戸へ3便(神戸線は山陽、神姫と共同運行)出ています。この先、阿波市、吉野川市、板野と停まるんで結構利用がありそうです。大阪まで4時間弱と言うのは以外に速い?池田から南風と新幹線を乗り継ぐと新大阪まで約2時間半。

さて、第二吉野川鉄橋に着いて最初は南風12号から。ここも赤や黄色の鮮やかな葉は既にすっかり落ちて枝だけで、全体的に茶色くくすんだカンジで冴えない。

小生お気に入りのアングルですが、曇りを通り越して時々雨がぱらつく始末。枯れ木の山肌と相まって陰鬱な雰囲気。

下は32号線。原木を積んだトラックはこの線の風物です。

上の南風を小歩危で待避していた4237D。土讃線もほとんど1000形になりました。朝夕には54や32もあるようですが。

トロッコが来ました。翌日が今期の運転最終日という日です。残念ながら紅葉は終わってますが、こいつが運転されてれば撮影可能列車が4本も増えるんですよ。

下りは鉄橋上で停車サービスがありますが、上りはなぜか無し。もちろん超低速運転ですが。

今度改装されるそうですが、是非もう少し引き立つ色にして欲しいもんです。

雲の切れ間から太陽光がスポットライトのように射しています。ああ、ここに列車が来てくれたらなぁ・・・そうは行かんのですね。写真奥が上流=大歩危駅方です。

上の写真からわずか2分後、池田行き4236Dが来ました。惜しい、悔しい、はがいたらしわぁ。

2~3両の半端な特急より単行の方が絵になるカンジです。画面左上は雨避けに掛けていたタオルが入ってしまいました。

直ぐ下には民家の屋根があって細かくトリミングしています。背景の山肌は陽当たりの違いか、未だ少し色が残っています。

5分後、列車が通り過ぎるのを待っていたかのように天使の階段が降りてきました。

で、その4分後。スポットライトが移動した後にこの日ここでのハイライト、37Dアンプウ7号が来ました。

何度か書きましたが、どうも皮を剥いだ蛇の様で好きになれない塗色です。

他の列車より長いので見応えはあるんですが、どきどき拝見する「サンライズエクスプレス」様のブログに多客期1両増結で8連のアンパンマンしおかぜの写真が載ってました。あんなのがここを通ったら壮観でしょうねぇ・・・連射で枚数を稼いだところで続きます。


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島伝いに徳島帰省、後編

2015-01-11 22:11:03 | 乗り鉄と帰省の道中


去年の、たぶん12月頃から上野駅の発車案内に変化が。線名の前に「始発」の文字が見えます。これまで上野発高崎・宇都宮・常磐の各線は始発しか無かったんですが、間もなく「始発でない」列車が来るようになるんでその準備でしょう。上野以南に通う小生としては3月の改正が待ち遠しいです。

元日初詣後の街歩きの途中、やっとこれを撮ることができました。100周年が去年の12月だったんで、もう止めたんだろうと思っていたんですが継続中でした。例の記念スイカは20日頃に販売方法発表のようですね。

さて本文は季節外れになりつつあります。

殆どの方は船室に入ってますが、宇野での買い物帰りと思しきマダム2人とおっさん1人が後部デッキに居ました。マダムの買い物を見ると、この船は宇野-直島・豊島の海上バスみたいなもんやなぁと想像出来ます。

宇野の岸壁でお握りを食べていたときから気になっていた島。まるで盆栽の島です。

直島の沖はいつも小型の内航貨物船が頻繁に航行中。

んっ、これはさっき宇野港に居たヤツですね。検索すると四国汽船のフェリーで、直島でも観光地とは反対側の工場地帯にある風戸港に発着する産業車両優先便の様です。

その直島の工場地帯が見えてきました。

今は芸術の島ですが、昔は金属精錬の島でした。

今はその技術や設備を利用して有価金属の回収をやってる様です。秋田・大館の山中に似たような経緯の施設があり、あっちは鉄道輸送が盛んですね。

植林したのかだいぶ緑が増えましたが未だ一部地肌が見えますね。

この辺、昔連絡船の航路だった様な気がします。

直島が後ろに遠ざかって行きます。

こういう風に島影が折り重なる、と言うのが小生の思い描く瀬戸内海で

もうアホの様にシャッター押しまくりです。

ブイブイ・・・

瀬戸内海の上空は関西や東京と九州を結ぶ空の幹線。徳島上空もそうですね。あれは何か売り物に出来んもんでしょうか?日本一ヒコーキ雲がよく見える街とか。高度が違うんでしょうが同航する飛行機を見たこともあります。

えー、写真を撮らないまま豊島・家浦港を出港。宇野から乗ってきた方の半分くらいがここで下船し、代わりに数人乗り込んで来ました。その中には背広・ネクタイ姿の方も二人。営業マンか役所関係の方か?さすが日本はきめ細かい。

こうして見ると豊島も紅葉の盛り。いや、あんまり紅葉する木が無いんか。

またフェリーが行きます。検索したところ、今乗ってる高速船と同じ会社が同じ航路に運行してるフェリー「てしま」で365tと出ていました。さっき直島・風戸港に向かった「せと」の半分くらいの小型フェリーです。

ここが豊島のもう一つの寄港地、唐櫃(からと)です。

唐櫃港でもほぼ同数の乗り降りがありました。平日のせいか観光客はほとんどおらず、乗っているのは用務の方ばかり。豊島への行き来はフェリーとこの高速船しかないわけで当然ですが。中央、屋根型のシルエットはたぶん屋島。

右の頂部が割に平たいのが豊島。隣の島と送電線が渡ってます。

遠目には浮上航行中のヴィクター型原子力潜水艦の様に見える平べったい島。たぶん豊島の隣にある小豊島(こでじま)だと思います。検索すると、「人より牛の方が多い島」だそうで豊島・唐櫃港から連絡船もあります。

晩秋の午後二時過ぎの太陽の方角に見える、と言うことはだいたい南、やっぱり屋島でええんや。

小豆島の端っこです。立派なホテル?が見えます。

前方に土庄港が見えて来ました。「島の港」と言った風情は全然ありませんね。

この辺まで来ると胡麻油のにおいがブンブンと漂って来ます。逆光で見えにくいですが、港口に「かどや製油」の工場があるんです。同島創業の東証一部上場企業ですよ。

瀬戸内海では淡路島に次ぐ大きな島で観光地ですから港はフェリーで賑わってます。

我がマーレてしま号が着く高速船桟橋も各地からの船でいっぱい。土庄港は海上交通の要衝ですね。

約一時間の丁度良い乗船。いやぁ良かった。児島-塩飽本島航路共々季節を替えてまた是非乗ってみたい。

20分の接続で高松行きフェリーに乗船。小豆島ではトイレに寄っただけの滞在。

小豆島は小学校の時に遠足?で一泊して寒霞渓や二十四の瞳像を見た記憶がありますがなんせ50年くらい前のハナシ。

このファンネルは何度か乗った宇野-高松航路と同じ会社ですね。

そろそろ出港と言う頃に同じくらいのフェリーが入港。高松と宇野にこのサイズのフェリーが就航しています。

降りてきたバスを見ると高松から来たようです。ここは香川県ですから高松の方が便数も多いんでしょう。

後進で出港。あの山が寒霞渓のあるとこか?

回頭して高松を目指します。それにしてもべた凪。いわゆる瀬戸の夕凪かいな。

その穏やかな海を行くのはさっき豊島沖ですれ違ったヤツでしょう。

こちらが出港してきた土庄港に入港するところですね。

屋島がだんだん大きくなってきました。あの右手が高松。

この写真でまだ15:14ですがもうだいぶ日が傾いています。時間が許すなら瀬戸の夕焼けも見たいですね。

小さくて見えづらいですが、カモメが数羽チャプチャプ浮かんでいます。空も飛べるし便利でええなぁ。

屋島の左に八栗山が見えて来ました。以前、宇高航路のフェリーから見たときの感想は今でも同じ思いですがセクハラまがいなんで止めときます。

ピンぼけですが、艀の後部に船橋を付けた様な船が行きます。前もどっかで見たような気がするんです。これも検索すると、プッシャーバージと言う輸送方式で写ってるのはJFE物流のバージ(艀)の様です。青い箱状が艀部分で後方の船橋・機関部分は切り離すことが出来、艀の荷役中に船橋・機関部分(プッシャー)は別の艀輸送を効率的に行える、とありました。ふむふむ・・・

いやぁ瀬戸内海は船の見本市みたいじゃ。

10㌧くらいの小さな漁船が雄大な艦首波を残して去っていきます。波が穏やかなせいです。

えー、写真のサイズが変わりましたね。ここまでずっと高倍率コンデジFINEPIX-S2500で撮ってきましたが、撮りすぎて電池切れ。おかしい、今朝替えたばっかりなんに・・・当機はどこでも手に入る単3電池を電源としていることが特長のひとつですが、なんと船内売店に電池は無し。デジイチは波飛沫に当てるのが嫌で鞄の奥底にしまっていましたが、やむを得ず取り出した次第です。

高速船がスイスイと追い抜いて行きます。さっき土庄港におったヤツか。

屋島の沖に来ました。やっぱりフジとキャノンでは青のカンジが違いますね。

巡視船がいました。停まってる様に見えますが碇は入れてないんで漂泊中か。船名から検索するとHL03明洋は550㌧の中型測量船と出ていました。水線部分の錆が酷いのでかなりの長期行動中?本庁海洋情報部所属とありました。

この写真で15:44、後10分くらいで高松港です。中央の見える三角の島は香川・岡山県境の大槌島ですね。
この後、高松桟橋から小走りに高松駅へ急ぎ、どうにか明るい内に徳島へ着けました。

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島伝いに徳島帰省、前編

2015-01-04 20:44:37 | 乗り鉄と帰省の道中


あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。
最近、年賀状の種類が増えましたね。地にほんのり色が付いたヤツやネズミのキャラクター物は前からありましたが、今年初めて見たのがこれです。身内から来たんですがご当地物かいな、来年は頼んで手配してもらおうか、でもね裏に絵が印刷されるのがよけいです・・・

元日は例年通りビルの谷間へ初詣。

ここ数年、ちゃんとお詣りする人が増えたと思います。鳥居の前で一礼する姿、以前は殆ど見かけませんでした。

タクシーで乗り付けてお詣りする方も結構います。商売人(今で言う企業人)には人気なんでしょうか。

どうです、看板を見ただけで味が想像出来ますね。初詣の後は、これも恒例の街歩きで今年は新橋から品川まで歩きました。終点の北品川近くに在りました。いっぺん営業してるときに食べに来てみたいと思います。

さて本文はやっと11月末の帰省のハナシに入ります。まぁ年初が帰省の話というのはさい先がええでしょう。
帰省の前、岡山の友人に瀬戸内海の島伝いで帰省するが雨なら中止するから昼飯を、と連絡していました。「帰省」という言葉は盆暮れだけに使うモノなんでしょうか?年末になって当の友人から何時なんだと連絡が来ました。

いきなり東京駅での新幹線。N700のミニエースでした。ビッグエースは新製車、ミニは在来車の改造で、Aは勝手にエースと呼んでますが実はアドバンスドの略みたいです。

あっという間に岡山へ。たまたま団体専用列車が居て、九州新幹線用700系をまじまじと見ることが出来ました。

良い色ですね、ネットで見ると薄い藍色とありました。灰青とか白磁の青みがかった色かと思っていましたが、何れにしても東海道の白とは違いセンスの良さが現れてます。

反対ホームには久々に見た500系。短くなって活躍中です。

いや、そもそも夕べのサンライズで東京を発って、本来ならこの時刻は瀬戸内海の海上に居るはずなんですが肝心な物を忘れているのに気付き、東京駅へ向かう途中で引き返したのでした。
サンライズの発車時間から逆算して、①一旦戻って再度東京駅に行きサンライズに乗る、②発車時刻前にサンライズを翌朝の新幹線に変更する、と迷ったんですがリスクの少ない②を選びました。結果的には①でも間に合っていたと思いますが歳をとるとダメですね。

宇野に向かうため、先ずは茶屋町へ。岡山発観音寺行きの電車があるのを初めて知りました。

未だ黄色くなってない電車もいますね。

で、これから乗るのは四国の電車。改造はされてますが、113系の現役車は希少だと思います。

やっぱりこっちのは長い。時間があれば前回みたいに北長瀬で撮りたいとこです。

四国はダブルパンタが好きです。技術系社長の方針だそうで・・・

本券は東京-徳島の通し。宇野までは飛び出し乗車です。雨だったら瀬戸大橋通って真っ直ぐ行こうと思ってましたし。

これは宇野線の115。西日本お得意の改造が施されていますが、戸袋窓がちょこんと残ってるのがご愛敬です。

宇野に来ました。これまではフェリーに乗っていましたが、今回は高速船です。

宇野からは直島行きと豊島経由小豆島行きが出ています。

切符売場の図を利用して本日の航路を紹介。この図で黄色の航路になりますが、宇野から直島の沖を通って豊島(池袋は「としま」ですが、ここは「てしま」です)の家浦港と唐櫃(「からと」)港に寄って小豆島の正面玄関・土庄(「とのしょう」)港に至り、ここからはフェリーに乗り換えて高松に行きます。

高速船桟橋には県警のパトロールボートも繋船中。

この浮き桟橋の造りは前回の児島港の桟橋に似ています。

天気はまずまず、波も瀬戸内海的に穏やか。

乗り場は確認出来ましたが、まだ時間があるせいか切符売場は開いてません。ここらでお握りの昼食にしようと場所探し。

県警の船を後部から。平甲板(いや船首楼型と言うのか)なのが漁船との違い?

右のサイロと後ろの山並みに見覚えがあるような気がします。昔、宇高連絡船の桟橋はこの辺やったんかいな。

「たま」って書いてあると猫がカレーを作ってるような感じ、小生には宇野ですから玉野がピンと来ん。既にお握りを買っていたので入りませんでした。

眺めの良いベンチがあったんで、ここで昼食。

と、さっきの県警ボートが目の前を疾走していきます。

フェリーも入港してきました。

入れ替わるように出て行くフェリーも。カメラを傍らに置き、お握りと交互に手にするんで忙しい。

沖の島影から巨大な船が出てきました。さっぱりした船上は鉱石か小麦を運ぶ所謂バルクキャリアでしょう。浮き上がってるので空荷状態ですね。道中使用したカメラは高倍率コンデジFINEPIX-S2500で、それを望遠一杯で撮ってます。

右手には休航?中の国道フェリー乗り場が見えます。看板に足場が組まれてる様で、名前が消されるんかな。結局一回しか乗ってません。

さっき出て行った県警の船は巡視艇と共同で不審船対処訓練の様です。その先は三井造船玉野。

反対側では曳船に曳かれた艀が3艘ゆっくりとやって来ました。急がないなら経済的な輸送方法です。

こうして楽しい昼食が終わる頃、これから乗る船がやって来ました。

前回、児島-塩飽本島航路で乗ったムクジマルホープに良く似てます。今回も後部の露天甲板で瀬戸内海を堪能しますよ。

再び桟橋に戻ってきました。海上タクシーがいます。頼めばどこへでも行ってくれるんでしょうか。

さっき海保の小型船を相手に走り回っていた県警の船も戻って来ました。

振り返ると、到着したフェリーが回頭中。

直島に行くフェリーの様ですね。

更にその回頭を待っていた様にもう一隻入港。オリーブラインと言うからには小豆島からでしょう。

埠頭の端にタグボートが居ます。

格好いいですね。タグボートは消防船の役も兼ねる船が多く、この船も船橋と主塔トップに放水銃を装備。

検索してみると、こういう港に常備されてるのをハーバータグボートと呼ぶそうです。タグボートは舵を持たず、スクリューが360度回転するそうです。フェリーは大概サイドスラスターを装備してるので通常タグボートの助けは不要ですが、強風の時などはサイドスラスターでは回頭出来ないこともあるようで、そう言う時はやはりタグボートの出番だそうです。(げんかい様の「Advectionfog」と言うサイトで拝見しました)

この桟橋の向かいに新しめの旅館のような建物が見えます。乗船待ちの方に伺うと日帰り入浴施設だそうです。一見、流行のリゾート施設のようですが。

後方の桟橋にほぼ同型の直島行き高速船が到着。あっちはエライ人気ですよ。

乗り込んだ「マーレてしま」号は19トン、やはりムクジマルホープの準同船の様な気がします。

客席の造りもそっくり。

そろそろ出港。タラップ収納中なのがこの船のキャプテン。

直島行きを残して後進で回頭。あっちの後部露天客席はガイジンさんで一杯です。うーむ、直島恐るべし・・・

走り出すとあっという間に宇野港が遠ざかって行きます。出港したところで続きます。



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あけましておめでとうございます。

2015-01-01 00:37:56 | その他


添付は46年前の小松島です。
給炭・給水を終えシゴハチが
踏切を挟んで反対側にある客留に向かうとこです。
シゴハチは小松島では転車台に載せなかったようで
逆行で回送客車を牽き
徳島で転車していた様です。
以前、RM誌の付録に付いていた
沖田祐作氏作「機関車表」によれば
344号機は’43年6月名門汽車大阪製造
戦中の記録は不明なようで
’45年8月現在は宮古
’55年8月現在は高松
’64年4月現在は松山、そして
’69年6月付け、小松島で廃車
となっています。
四国では
先ず土讃線にDF50が配置され
次に松山にDE10配置。
その都度、C58は転出先のハチロクを駆逐しつつ
最終的に小松島に流れ込み
ここを最終配置として廃車されて行きました。
344号機も高松配置時代は土讃線用機
だったんでしょうか、集煙装置の他に
重油併燃用のタンクも装備しています。
これから牽こうとしている列車は
以前ハチロク牽引だった
池田行き423レです。

本年もどうぞよろしく。

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