両国本町に新規開店。なんとも懐かしい地名、今でも貨物列車撮影場所としては、私としては一番バランスの取れた所で、未だここを越えるところは見つかってません。ネットで見ると、その湘南からわざわざ徳島に出店したとのことで早速ランチで利用してみました。
普通に美味しかったんですが、1200円だとちょっとなぁと思います。百均で揃えたような皿も好きになれん。たぶん、夜が主体のお店なんでしょうね。
大型連休後半の中日、徳島を始発の各停で出て三縄駅へ。この日は連休中のせいかバスも順調に走って31D+2003Dに余裕で間に合いました。
三縄駅手前のいつもの場所から。三好橋を潜った列車が25パーミルを駆け上がってくる所です。
次の36D通過に備え場所を移動中に各停が来ました。山田始発の4226D、全く意識していませんでした。2020年ダイヤまで似たようなスジの各停があって、今回の改正で復活したようです。高知でもパターンダイヤが導入された影響でしょうか?
大歩危-池田間はほぼ同じ時間帯で四国交通のバスが走ってます。ただでさえ少ない利用者を取り合いするようでもったいない。公共交通維持のためにも何か工夫が欲しいところです。
明るい笑顔を振り撒きながら36Dの登場。
連休中で中間に一般車を増結してますね。
次の朝ドラはやなせたかしさんらしいですから何か変化があるかもしれませんね。
特急が上下交互に来るんでホームを挟んで何度も移動です。高知方の線路収束部にある小さな踏切。何度か紹介してますが、線路の下を潜る通路が設けられてます。
ここで2005Dを待ってましたが、ファインダーに青い車体が見えました!
これも想定外。何と2000系ですよ!
ニーナナを南風号の増結に回してるんで、しまんと号は2000系で代走と言う訳です。おかげで懐かしくも格好いい車両に再会できましたわ。
また池田方に移動して38D。普段3両が2000系代走のおかげか、5両です。
半室グリーンの車両には瀬戸大橋三億人輸送を記念するステッカーがありました。
後追い。左手の大きな楠?結構凄いと思います。
下りホームの高知方端から33D。左端の地元の方が野良仕事してる辺りを以前見てみたことがありましたが、右奥の白い建物が入り込んで使う気になれませんでした。
この日も後の予定があってカーブの先へは行かず。
大歩危方面への移動に備えて三好橋に戻って来ました。古い橋と、その下を行く線路を上手く活かしたいと前々から思案していますが、なかなか叶わず。
つい最近、新プロジェクトエックスで明石海峡大橋のをやってまして、吊り橋ちゅうんは難しいンやというのがわかりました。ここは当初は吊り橋で、その後アーチ橋に替えてます。
今回も40Dと35Dは橋の上から。先ずは40D。
緑が眩しい。
こちらは35D。背後の山の中腹にある集落は地元の方に伺うと、たぶん馬場(ウマバ)だろうとのこと。
第二鉄橋に着いて最初は42D。木陰から出てくるのをずっと待ってるのはしんどい。来たっ!とシャッター押すと合焦出来ず。。。原因が分からず困ってます。
次は4227D。この列車も約半時間前をバスが走っています。
で、次が観光列車。徐行サービスでそろりそろりとやって来ます。
対岸の山林は杉林の中に広葉樹が増えてきた気がします。
迷彩塗装の効果確認に使えそうなカンジ。
撮影場所の遊歩道。陽射しがキツいんで木陰がありがたい。直ぐ先がコンビニもあるWest-West。
観光列車とならぶここでのメイン、黄色あんパンマン37D。
今朝、三縄で撮った編成が4時間弱で岡山から折り返して来ました。
これはさっきの4227Dが大歩危で折り返して来た4234D。池田-大歩危間を交換も待避もせずに走り抜ける各停は稀。
以前は42Dを撮った後で小歩危まで歩き、小歩危からこの列車に乗って池田に戻ってましたが、今日はバスで戻ることにしてここで撮り続けてます。
今度はどうにか飛び出して来たところを撮れました。ここからだと前照灯が木々を透かして見えることがあるんで、置きピンで構えることが出来ます。
赤あんパンマンはちょっとケバい気がしてあんまり好きやない。
とは言え、新緑にはよう映える。これを撮ってオシマイです。
この前、彩雲が出ていたんで撮ったんですが写りませんでした。なんか二月に逆戻りしたような天気が続き、改正目前というのに寒さに負けています。
右は随分苦労して手に入れた記念のヤツ。ネットで、10年間使ってないと無効になると言うハナシを見て、急ぎ使って来ました。幸い無事に使えて無駄にせず済みました。左の仙台のヤツも気になって試してみましたが、こっちはハネられました。エリア外でダメなんだか期限切れなのかは不明。他にも名古屋と北海道で土産に買って来たのもあるんで、早い内に確認しとかな。
前にも使った格安パスの期間内にもう一度行こうと天気を待っていました。今回も下り特急の一番で出発。妻板の改正ポスターは徳島専用のヤツか?車両がどれも徳島関係です。
前回同様、最初は三縄から始めましたが今回は31D+2003Dに間に合わず後追いだけ。
36Dも前回とほぼ同じ場所から。
今回は線路際の梅が満開でした。
池田方も梅がいっぱいです。
次は高知方の踏切へ移動。左側は元・町営プールですが今でも使えるんか?
背後の山の中腹にある集落。地図で見るとウマバの辺りか?
その集落を背景に入れて土讃線らしさを出そうと毎回試してますが、まだまだ満足いくのは得られず。
この踏切からの後追いもS字が良いカンジです。以前、一度大回りして先の方を偵察しましたが、線路際は個人宅で近寄れませんでした。
38Dはまた最初の場所に戻りました。
逆光気味で背後の木々が良いカンジになります。新緑の頃にまた来たい。
もっと視点下げたいところですが、ホーム端よりはまだマシなはず。
池田方も毎回同じカンジばっかり・・・
33Dもここで。真ん中に立ってるのは勝手踏切の注意立て札。あそこの先からだと木が邪魔で見通しが効かないんです。
ここで撮る度に箸蔵の桜坂も久しぶりに行ってみたいなと思います。
移動に備えて40Dは三好橋の上から。
池田で交換して来る35Dも反対側に移動してここで撮りました。背後に橋と集落が写るんで、もうちょっと上手く収めたいところです。
さて、今回タイトルにある白川鉄橋です。これは42D。
ここは小歩危峡を入れた俯瞰撮影が一般的ですが、私はこの線路と同レベルから撮るのが好きです。
実はこの場所は線路の上にある民家への入り口で私有地だと思います。下の道路はR32。
更に上の方。何度か折れ曲がって民家に続いてる様です。昔の写真では民家の庭先から撮ったと思われるのを見かけますが、私はそこまでは侵入したことがありません。この場所だってホントは許可を得ないとイカン場所ですからね。
と言うわけで、早々に降りて4227Dは下から見上げます。そもそも、さっきの場所は上り列車限定です。山の上に小歩危峡展望台があり、そこから撮るのが一般的。
窓を開けて動画撮ってる方が居ますね。
鉄橋の下一帯は建設会社の事業所。
前に来たときはここに小さな橋が架かっていたと思うんですが・・・
地図にも載ってるんですが、建設会社の私道だったのかもしれません。
下りの千年物語も下から。
第2鉄橋同様、ここでも最徐行。
大歩危・小歩危のハイライトシーンのひとつですからね。
なんかずっと見られてるようで恥ずかしかった。
下りが三本続いて37D。
目測誤って編成が入り切りませんでした。
さっきの1000形各停が折り返して来るんで、上流側から撮ろうと移動。
途中、何やら異様なものを。谷底に祠でもあるんか?
ちょっと遠目ですが、この場所だと分かる構図で。
せっかくここに来てるんでこの日最後となる44Dはまた坂道を上って最初の場所へ。
もう10年以上前になりますが、前回初めてここに来たのはまだコンデジしか持ってない時代でした。
あの時は夏場でもっと視界が悪かったです。
初めてで夢中で登ってましたが、年取った今ではマムシとかコワくて躊躇しそうです。
橋の下にあるバス停付近。前回来たときは、この上に展望台みたいなのがあったんですが、今はもう廃墟の様。
小歩危展望台に向かうと思われるライダーが結構入って行きます。39Dをチラッと撮ってオシマイです。
城山を背景にクレーンが三基。
地検の建替工事が進行中。市内では解体工事の方がはるかに多いですが。
先日、この橋を初めて歩いて渡りました。県内に一箇所しか無いドンキへ家から5キロを1時間でしたからまあまあかな。
前回使った切符が良かったんで使えるウチにと、また土讃線へ。今回も朝の特急「剣山」で出発。早くホームを空けろ!と高松行き47を追い立てる様に迫ってます。
前回で第2鉄橋は冬場は午後の方が光線状態が良いのが分かったんで、今回は先ず三縄に来ました。
三好橋の袂でバスを降り、10分弱早歩きして31D+2003Dの通過に間に合いました。
この日は朝方霧が出ていて雨が降ったように濡れて良い感じです。
36D通過時には背後の山にはまだ霧が掛かったまま。
後追い。背後の山の山頂付近にやっと陽が当たるようになりました。ここの25パーミル勾配も望遠で上手く撮りたいなと以前から試行錯誤中。
特急の通過時刻表にあんパンマンの表示があったり、千年物語の時刻と運転日が出ていて地元の方のお手振りに応えてます。
阿讃山脈に掛かる陰は手前の山か、あるいは雲か?左端の水色の橋は三好橋。
反対側の高知方。霧と製材所の蒸気で良い雰囲気です。こんな時に来てくれると良いんですが。
2005Dは三好橋を入れようと跨線橋の上から。
だいぶ陽が差してきて、さっきと少し雰囲気が変わってしまいました。
約50分後の38Dは下りホーム端から。もう完全に逆光状態ですが、これはこれで良かったと思います。
ホントはホーから降りて、もう少しローアングルで撮りたいところですが、そんなことは決してしません。
これもホームの上から。もっと背後の山を入れたい。
33Dです。右手に老人施設があって、これは隠したい。
午後はまた第2鉄橋へ行くつもりなんで、バスの乗車に備え三好橋に移動。この橋はウィキによれば完成時は吊り橋だったものをアーチ橋に改修したらしいです。
橋の上から北の方を見たところ。この先に池田ダムがあって、ここらは池田湖と呼ばれてます。赤い橋は国道32号の池田大橋、背後の高い所を通ってるのは高速道。山の中腹は白地の集落か?
橋の上から40Dが三縄駅を通過するところを撮ります。だいぶトリミングしてます。
あの中継信号付近で地上から撮れる場所があると良いんですがねぇ。
この橋の上から撮るんは初めてです。
次は池田方に向いて35Dを撮ります。
良いS字カーブで、後で下のグランドに降りて撮れそうな場所を探しましたが、見つかりませんでした。
その後はバスでいつもの第2吉野川鉄橋へ行き、42Dから開始。落葉樹は完全に枝だけになってます。
貴重な各停4227D。
振り子でない一般車は制限55キロ。
千年物語はサイドから撮るべく、遊歩道を高知方に移動。
オシ16を彷彿させる中間車は元キロハです。先頭車の前寄りにあった乗降口は特大のガラス張り展望窓になってます。
橋上はぼぼ停止状態、その後は微速で通過。
赤あんパンマンで来る37Dは今回も流してみました。
ゆっくりだと流すのはかえって難しい。
この次はキュートなドキンちゃんを狙います。
さっきの4227Dが大歩危で折り返して来た4230D。いつもガラガラで大歩危の車窓を眺めるのに最適です。40分後を走るバスもあるし、次の改正で生き残ってるか心配です。
またこの構図に戻って金比羅カラーの44D。
この季節なら赤あんパンマンよりこっちの方が映えます。
最後尾の半室グリーン車は結構乗ってました。これを最後にバスで池田に戻りました。このお得なパスはもういっぺんくらい使いたい。
あけましておめでとうございます
なんとも波乱の年明け。大晦日が日曜だったんで、年が明けて一週間経ってしまいましたが、本年も拙ブログをよろしくお願いいたします。
さて、今年最初の月初の一枚は夏の写真ですが、「さあ架けよう鳴門↔明石を結ぶ橋」と言う標語が新年らしくてエエんやないかと。寺島川が埋め立て寸前の頃。昔は新町川に繋がっていて、ここに材木が筏で貯木されていました。背後は現在「千秋閣」となっている当時は自治会館。右端には当時市役所の隣にあった東消防署の火の見櫓が写っています。左側の建物は医師会館ですが、ひょっとして今の建物は当時のまま?
徳島(小松島区)で唯一の門デフ装備機だった33号機が牽くこの列車は朝の池田発小松島港行きの422レではないかと思います。ただ、’67年8月ならこの列車はハチロクが牽いていたと思ってるんで、別の回送列車かもしれません。
同機は九州から四国に転属してきたようですから、この写真で付けている門デフも九州で装着されたんだろうと思います。ネットで検索すると、北海道に渡ってからは門デフを外され、北海道型の寸詰まりなヤツに交換されたようです。操車掛の作業性向上のため前端を切り詰めたデフはD51の写真をよく見かけますが、C58にも装備されたとは知りませんでした。前照灯は大型に換わりスノウプラウも付いていかにも北海道型と言う感じでした。最後は釧路で他機から移設された後藤デフ?を装備し、JNRマークも付いて同区のスターだった様です。現在も斜里郡清里町で静態保存されてるそうです。
去年の暮れ、撮り納めで神戸方面へ行き、昼食はテレビで紹介されていた「恵愛」に行くことに決めていました。少し油の付いたような店内が街中華のあるべき姿。
住吉の国道2号線からちょっと入った所。なんと元CEOがこの店の常連で、テレビに出る前から人気店だと言われてました。
初めてですから定番のネギラーメンと半チャーハンのセット。ストレートの細麺にそこそこ辛いスープ。そして程よい量の半チャーハンが絶妙です!去年食べた最高のラーメンでした。
年初から閉鎖・解体の話題はアレなんですが、年末目に付いたのを二件。先ずは新町橋袂にあった元交番。もう随分昔から交番としては使われてませんでしたが、いよいよ解体される様です。
去年の11月撮影。円形で横は小さな公園です。背後の川向こうはアミコ(旧・そごう)とスマイルホテル(旧・東急イン)。
年末に見たら板囲いされて建物は姿を消してました。背後の赤い広告塔が載ってる建物は再開発対象ですから、その関連かもしれません。
同じ日に撮ったのがこちら。
後のヨコシマ模様の建物は市役所。私は左側の建物のばら組でしたね。先生の名前は忘れてしもうた。11月くらいに周囲の荒れ放題な生け垣を刈ってたんですが、解体の準備だったんですね。まあ、少なくとも70年近くもよく残っていたもんだと思います。検索すると、2018年3月に閉園式があって105年の歴史に幕とありました。最後の園児は14人だったそうです。
さて、やっと本題に入ります。50数年ぶりに帰郷して市内を歩いてると、ここはなんやったかいなと思うことが多い反面、ここはまだがんばっとんやなぁと感心するとこもあります。今回は両国橋北詰から旧・両国ロータリーの方に向かって行く通りで気になった所です。
最初は両国橋袂で、交番(現在改築中)を背にして撮ってます。中央の建物は今は焼き鳥屋ですが、昔は「おおぎや」と言う喫茶店でした。子供の頃、連れてってもらったことのある喫茶店はここと新町橋南の「さくらま」でした。さくらまがあった場所は今はラーメン屋みたいですね。
両国通りを挟んで反対側にあるのが元「やっこ食堂」。看板の「こ」の字は「古」を崩したやつかなぁ?飲食店検索サイトにはまだ店名がどこも載ってますが、投稿された最新は2011年1月でした。けっこう最近まで営業されてたんですね。一度だけ入ったことがあります。うどん屋と言うか食堂と言うか、橋の向こうで今も営業中の「福助」さんと似た感じだったと思います。
花環装飾のイマデヤ。建物は変わりましたが、場所は昔から変わってません。左側の駐車場になってる所は古い地図を見るとパチンコ「甲子園」だった様です。この通りには何軒かパチンコ屋がありました。写真右手に紳士服「ボストン屋」、通りの反対側に「たけだ」果物店と何れも写真撮り忘れてますが、今も営業中です。
「いずみや」洋品店。ここも昔と変わらぬ場所で営業中。高校の頃、この付近に「レコードショップ りょーごく」と言うレコード屋があったハズです。友人がピンキーとキラーズのファンで、ドーナツ盤を買うのに付き合った記憶があります。
市役所裏から続く新内町通りとの角にあるライオン薬局、ここも昔から続いてます。写真では切れてますが、右手には「八百利」と言う乾物屋があったんですが、だいぶ前にコインパーキングになりました。奥に続く道の右側は二層の両国館モータープールですが、ここも昔はその名の映画館がありました。
上の写真を撮った場所から反対側の市役所方向を見たところ。
上の写真で左側の灰色の壁の所は現在コインランドリーですが、私は全然記憶にないものの、古い地図ではユーハイムがあったことになってます。壁の意匠は名残でしょうか?私が小さい頃、ここにおもちゃ屋があったと思うんですが・・・中央の木造住宅の背後は市役所。
ちょっと市役所寄りに入った所にある吉田米穀店、ここも昔から続いてますね。木箱にガラス戸の入れ物で豆類を扱ってるのに懐かしさを感じます。
前にも一度載せたことがあると思いますが、中央の店は高田商店と言う青果店。左隣は昔「かもや」と言う履物屋があったようです。狭い空き地を挟んだ更に左のシャッターが閉まった店は庄野肉店。
別の日に撮った写真。青果店は高齢のおじいさんが一人で営業されてるような感じです。
上の青果店の向かいは久米乳母車。ここも昔から続いてます。少子化で乳母車の需要は減っておもちゃや高齢者用補助器具を扱ってるんかな?右隣はメトロと言うパチコン屋だった様です。更に古い地図では左隣が小山助学館になってます。私には本屋があった記憶はないんですが。
中通町との角にあるヤラカス、ここも昔からあります。ヤラカスというと秋田町に立派なホールがありますが、本社はここのようです。
上の写真から中通町を両国橋寄りに渡った所で、右手がヤラカスです。横断歩道を渡った先のシャッターが閉まった所は昔は小男鹿の店舗がありました。その小男鹿の店のあったビルの裏手には昔はホテル赤石だったようですが、今はホステルになっていて大きな荷物を持った若人や外人が出てくるのを見かけます。
今度は小男鹿の店があったところから市役所方向を見ています。屋上にピンクの広告塔を載せて遠くからでも目立つこの建物は、今は老人ホームですが以前はこのままの外観でマーストングリーンというホテルでした。更に昔、私が小さい頃は両国オデオンと言う大きなパチンコ屋でした。あの頃冷房があるんはパチンコや喫茶店ぐらいで、父に連れられて入った記憶があります。
お茶屋さんの立石園。元ロータリーの所の三好園と共に古くから続く店です。ここの左側、ヤラカスとの間には昔JTBの店舗がありました。グーグルの地図を見ても表記がありますが、看板等は全然ありません。
立石園の向かい側から元ローターリーの方を見ていて、背後はコンビニのローソンがある所です。右の鉄塔は四国電力。中央左手は愛媛銀行徳島支店で、やはり昔からこの場所にあります。少し前に小さく改築されたんでATMコーナーに格下げされたんかと思ったら、ちゃんと窓口営業継続されてました。直ぐ近くには高知の四国銀行もあり、どちらも頑張ってます。今はローソンになってる通町との角には昔「スミヨシ」鞄店と徳島画廊がありました。ローソンは以前、さっきのコインランドリーの隣にあったんですが、いつの間にかこっちに移転してました。やっぱりコンビニは駐車場が無いとアカンのですね。
ダラダラと書いてきて、だいぶ長くなったんで今回はこの辺で止めておきます。
ちょうど大晦日で今年最終記事となりました。今日は陽射しがあったかと思えば急に雲ってパラパラ降ったりする、今年らしい変な天気でしたね。
今読んでるRJ誌。特急街道は北陸本線も出てます。路線自体がJR運営としては最後の冬になるんで、今は18切符で賑わってそうです。新幹線敦賀開通後は東京方面からの利便性向上が前面に出てますが、大阪方面からは敦賀乗換せんといかんようになります。大阪-金沢間で22分短縮だそうですが、割が合わん気がしますね。敦賀から西はいつできるかわからんし、何本か三セク経由の直通列車があってもエエと思うんですが。
特集が良かったんで久々に鉄ピク購入。こう言うのは大好物で、次は専用線や引込線をやってほしい。
図書館に寄ったら「ご自由にお持ちください」とあったので、特集のよさそうなんを二冊頂戴してきました。二年前のヤツなんですが、パラパラ見てる分には楽しい。
こう言う格安切符が出たんで土讃線へ。
JR特急乗り放題はもちろん、四国交通のバスまでと言うのが魅力的です。
と言うわけで、11月下旬に7時前の特急で出発です。
川田川の向こうに高越山。
毎度の第2吉野川鉄橋で36Dから開始。一両一般車が混じって、ホビダスによく投稿されてる方の表現を借りれば四分の三あんパンマンとなります。
二両編成は2005D。谷間はもともと陽が当たらないんですが、曇ってるんでよけいに暗い。
大歩危方の少し紅葉が残ってるあたり。
やっと遊歩道にも陽が差すようになりました。これだけでグッと暖かい。
これも毎度の構図で38D。
年々手前の木が大きくなって車両が見える幅が小さくなる一方です。
33Dは金比羅カラーのあんパンマン車両。
紅葉情報の「見頃」を見て来たんですが、既に落葉ですわ。
40Dの頃には陽が高くなって、谷全体に陽が当たるようになりました。
この写真が今回一番良い状態でしたが、手前の電線も陽が当たって目立ちます。
最後はキラッと光って走り去るのが格好いい。
さっき一両欠けてた赤あんパンマンは35Dに入ってました。
その後はいつものように遊歩道を歩いて小歩危に向かいます。
小歩危駅に続く坂道の途中で42D。
42Dを川口で交換待ちしていた4227D。この区間では貴重な各停。
次が終点の大歩危です。
煙をまき散らしてカーブの向こうに消えていきます。
二番ホームの山側に、上の民家に続く急坂があり、そこから撮ってみることに。
やって来たのは千年物語。カラフルな様で意外と映えない。
別の坂道から37D。どしてこない電線が多いンだろ?
前はここに花が挿してあったんですが。。。
さっきの4227Dの折返、多度津まで上る4230Dで池田に戻ります。
池田では前からいっぺん行ってみたいと思っていたこちらで遅めの昼食。
素敵な柄のネコが居ました。
時間があんまり無かったんで、直ぐに出来るだろうとカレーを注文。
人なつこいヤツで、帰るときにカメラを向けても平気でした。
乗り放題ですから帰りも特急。三分後に出る隣のトロッコ列車より1時間以上早く徳島に戻れました。
今年も一年間ありがとうございました。来年もよろしくお願いいたします。