本来なら今回は「糸崎の夜’71年8月、その1」として
掲載する予定だったんですが準備不足で次回にします。
写真は結構あるんですがネガホルダーには日付と使用フィルムと
フィルム現像のデータしかなく撮影順番すら不明。
自分の記憶だけでは心許なく当時の時刻表もないので
昨日早めに退いて図書館で時刻表1971年8月号の東海道本線・山陽本線
米原-岩国間を上下ともコピーしてきました。
改めてみるとすごいモンです、深夜から明け方にかけてでさえ
15分以上列車がない時間はありません。
新幹線開業前の幹線の稠密ぶりにしばし見とれていました。
ところで時刻表といえばJTB時刻表は今月号が1000号記念号。
だいぶ前から情報は入っていましたが
そういえば、と思い出したのが一昨日。
帰りに上野の本屋を覗いてみると既になし・・・
昨日、図書館帰りに初めて寄った小さな本屋にありました!
一冊取ってみると下は全て弘済出版のJR時刻表、最後の一冊でした。
本屋のおばあさん曰く「どこにもなかったでしょう、ウチは多めに仕入れたから」
おばあさんの商売感に救われました。
これで夏の帰省ルートでも考えることにします。
やっとタイトルの41年前、1968(昭和43)年の4月29日に撮った写真です。
当時は天皇誕生日。
写真は牟岐線二軒屋-地蔵橋間にある犬山踏切から地蔵橋方を望んでいます。
C11は写真ではわかりにくいんですが戦時型ドームの320号機。
レンゲの花が盛りですが今はレンゲを植えるのを見なくなりました。
当時、レンゲの花はちょうどイチゴ(もちろん露地物)の旬と重なっていました。
木箱に入ったイチゴが懐かしいです。
画面右端、真っ茶色の棕櫚が季節感を台無しにしています。おまけに
ピンぼけな上に天気が良くないので発色も悪く古いのだけが取り柄です。
フィルムはフジカラーN100。
色が悪いのはスキャンが下手なせいもあると思います。
保存が悪かったのか水洗い不足なのか紙のネガホルダーがネガに付着して
左上のほうにシミのようになって見えます。が、懲りずにもう一枚。
こちらは反対側、二軒屋方を望んだところで手前が犬山踏切です。
切り通しのような先は園瀬川鉄橋があります。
撮った順番はこちらの方が先で、列車は小松島への回送です。
当時、徳島本線には3往復の蒸機牽引の客車列車がありました。
うち2往復は夕方下って翌朝上ってくるんですが
一往復は朝下って昼前に帰って来る運用で、
その回送だろうと思います。(たぶん)
連休はちょっと乗り鉄も予定していますが、資料を整え
次回は「糸崎の夜」を載せる予定です。