今回は写真が多いンでいきなり本文。前回の有年行きより先に男木島に行ってました。金比羅参り用に買った回数券の消化です。
次の便でもフェリーに間に合うんですが、一本早い便で来て高松港見物。この日は何と自衛艦が寄港していました。掃海艇二隻と掃海母艦「うらが」だそうです。
艦内見学もできるそうで早くから列が出来てました。
掃海艇「あおしま」と「みやじま」。いかにも特殊用途の補助艇と言ったカンジの船尾が格好いい。
「うらが」の艦尾は掃海ヘリの発着甲板。艦尾の扉は掃海用具と機雷敷設用らしい。主力艦ではなく、こう言う補助艦艇が好きです。
高松港の北の端になるこの岸壁は初めて来ました。自衛艦が泊まってる所が5万トン級岸壁で、このずっと沖に延びてるのは玉藻防波堤と地図に出てます。これが徳島市内なら毎日散歩に来ますわ。
高速船乗り場の方に移動。9:20,大島に向かう「まつかぜ」(右手)と四国汽船の直島行き「サンダーバード」(船尾を向けてる船)が同時出帆。左端の派手な塗装のフェリーは国際両備フェリーの小豆島池田港行き第十一こくさい丸。
港外にでると競争・・・サンダーバード号は船尾が大賑わい。半分くらいは外人で、やはり直島は人気があります。前にも参考にさせてもらった「Sea Road」様のサイトによると、写真ではわかりませんが「まつかぜ」は珍しい三胴船だそうです。こちらに向かってくるのは四国フェリーの第二しょうどしま丸。
自衛艦の脇にはツバメマークの中国JRバス。多分、呉から要員を運んできたのでは?「うらが」の艦橋前にある柵で囲まれた台は後日装備の兵器設置場所で、艦橋頭部の四角い台はその指揮装置が装備される所ではないか?と想像します。
これから乗る女木島経由男木島行きフェリー「めおん」が到着。乗船券の販売は半時間前からで列に並びました。こちらも外人がけっこういました。
東側には屋島を背にして四国ドック。手前に第三しょうどしま丸が係船中。この前、琴電乗り鉄後に寄った時から居ました。千潮丸は千葉県の館山総合高の実習船だそうです。煙突を見ると海保の船かと思ってました。船形は499t型遠洋鮪延縄漁船とほぼ同じなカンジ。
出港したフェリーの後部から高松港を望むと立派なアリーナが存在感を出してます。
やはり業務用エアコンはダイキンやねぇ。潮風で錆んのかと気になります。ここは艦橋後のデッキで屋根も椅子も無し。一つ下に椅子もあるデッキがあるんですがこの日は満員でした。
20分で女木島に到着。左に屋島、右に高松市街が目と鼻の先。
女の子ではなく、防波堤に並ぶカモメのオブジェを撮っています。
女木島は通称・鬼ヶ島。半分くらいの方がここで下船。
消波ブロックを並べて砂浜を造った海水浴場がありますね。とにかく海も浜もキレイ。
お椀を伏せたような山が並ぶのは讃岐平野の特徴ですね。この中のどれかが讃岐富士と言われる飯野山だと思います。どれも屋島と同じく太古の火山活動の名残らしい。
去りゆく女木島。上空に男木島に向かって送電線が渡されてるの見えますか?
航跡を横切る漁船。遠方左は八栗山、中央の台形は屋島の先端「長崎の鼻」と言われる所だと思います。
瀬戸大橋も望めます。形から左端が北備讃瀬戸大橋、右端が岩黒島橋かな?フェリーは四国汽船の「なおしま」で背後は与島でしょう。
男木島に入港。予備船となってる「めおん2」が係船されてました。ネットでは2027年に引退し代船が建造されると出ていました。
沖の方を豊徳丸が航行中。艦尾の波の感じだと潮の流れに逆らって航行中か?背後は煙突があるんで直島かと思ってましたが、後で地図を見るとどうも玉野市の南端みたいです。
この男木島も高松市内になるそうで、中央の島が女木島、遠方は四国の陸地。
下船してから「めおん」の外観を。名前は女木島と男木島からとったとのこと。
「めおん2」は入梁時の代船や繁忙時の助っ人とかに使うらしいですが、キレイな状態です。
これは港のシンボルで待合所らしい。他にもセトゲー作品が色々あります。
ネットにはこの島も猫が多いと出てましたが、私は滞在中一匹しか見かけませんでした。
こう言うのんびりした風景が好きです。しばらくボンヤリしていたい眺め。
飛行機雲二条。
高松港に戻る便まで2時間ちょっとなんで灯台に向かって歩き始めます。ほとんどの方は見所や店が多い反対の南側に行かれました。
1キロちょっとかなぁと思ってましたが、地図で見ると高低差は分からん。
あっという間に高台へ。
県境の大槌島とその先の瀬戸大橋。
途中、葦が被さってトンネル状になったところもあり、この道でエエンかなぁと心配になりましたが道標が見えてホッとしました。
何度かアップダウンを繰り返し灯台に到着。途中すれ違った方は三名でした。
まあ場所の割には適正な価格。
キャンプ設備もあり。
素敵な浜とキレイな海。流れが速く、残念ながら遊泳禁止です。
絵になる風景ですわ。
ここで昼食。歩き始める前に出会った地元の方に、灯台の方に食べ物を売ってる店を尋ねたら無いと言われ、この日島の学校の運動会と言うことで配られた寿司を譲っていただきました。カロリーメイトしか持ってなかったんで助かりました。ありがとうございました。
無理してこの灯台まで来たのは、ここと対岸の豊島の間が地図で見ると瀬戸内海の東西を結ぶ主要航路になっていたんで、いっぱい船が見られるだろうと思ったからです。ファンネルにJFEのマークを付けたこの船は何と徳島の千羽海運所有の「白隆」。一昨年12月就航のまだ新しい船で運航はJFE物流、RORO式の鋼材運搬船だそうです。
裏手を登ると更に眺めがエエとこがあるそうなんですが、しんどいのでこの辺で止めました。
確かに通る船は多いんですが、ほとんどは内航タンカー。船を見るだけなら舞子で明石海峡を見ていた方が効率良さそうです。
鳴門海峡並に潮が速そう。
港に戻る途中で東航する帆船に遭遇。
日本丸でした。
港に戻ると程なく折返となる「めおん」が到着、また観光客が降りて来ます。
午前中とは違う方だと思います。あの梯子は持参だろうなぁ。
サイドスラスタ装備なのか、あの狭い港内で向きが変えられます。
飛行機雲が崩れた筋雲。こう言うの見るとつい撮ってしまいます。
高松港に帰着。行き帰りともこの方々が同じ便に乗ってました。
高松駅前に飾られてる宇高連絡船「讃岐丸」の錨を撮ってオシマイです。
なかなか順番が来ず、6月号を今読んでます。今回はなじみ深い地域で、私も読むのに時間が掛かりそうです。既に読んだところでは「1874-1945 大阪神戸間鉄道の戦前史」が特に良かった。戦前の「べうか」が如何に発展してきたか鉄道を中心によく分かります。
家内の買い物に付き合って久しぶりに大阪へ。写真では何度か見てましたが、改装後の大阪駅を上から見たのは初めてです。
目当ての一つがこの仙台銘菓。家内の推しが土産によく使うそうです。東京では時々出張販売してるそうですが、上手い具合に阪急梅田での販売時にタイミングが合い、大阪到着後直行して入手。餡の中に塩バターが入っていて、なるほど美味しかったです。
こちらも初めて買いました。さすがに夏は主力商品の売り上げが落ちるんでしょうね。私は左のを食べたんですが、井村屋のヤツの方がエエなあ。
有年駅下りホームから姫路方を見たところ。朝イチの高速バスから上郡を目指すと直ぐ後を55レと1051レが追いかけて来ます。上郡では駅近くで下りを撮れる適当な場所が無く、自転車の借り出しが遅れると1050レも逃すことになるんで適当な場所を探してました。以前、竜野を試してみましたがイマイチだったんで今度はこちらに。
駅前は開発の最中。
まるで新興住宅地に出来た新設駅の様なカンジ。家並みの向こうを2号線が通ってます。
ストリートビューで見当を付けていた姫路方の踏切を目指します。一箇所は開発のため閉鎖されてました。
更に先の踏切脇にバラストが残ってます。駅に向かって側線が広がっていた名残か?
55レ。この日は前日の大雨の影響で大幅な遅れが出てることはJR貨物のHPで分かっていましたが、この列車と次の1051レはこんな時も最優先らしく、定時で来ました。
1051レ。この場所は思ったより良くないと言うことが分かりました。
駅前で自転車を借り、お立ち台の鉄橋に向けて出発した途端に上り貨物が通過。ここは駅の下り側で、直ぐ右にホームがあります。山陽本線はこの辺で大きくカーブして真っ直ぐ西進する2号線と別れて上郡に向かって千種川沿いに進みます。列車はダイヤ通りなら1062レだと思います。
先ず2号線沿いのファミマで食料調達してから線路沿いのR373を進みます。一応、踏切は全部覗いて見ます。それほど良いなと思った所は無かったかな。この観音一踏切は取付道がご覧の通りで贅沢な勝手踏切と言うカンジです。
次いで柏原踏切では8069レのスジを行く桃太郎牽引の下りが通過。そして2分後には赤い電機が牽く上りが来ました。この辺で510牽引と言えば1086レ。私製ダイヤよりは10分早い・・・機関車の運用変更か私製ダイヤの精度不良か?
さて、柏原踏切の次が鉄橋袂の南二踏切です。なるほどエエ場所ですわ。
最初は編成から5050レだろうと特定出来る列車。この時11時丁度くらいで、やはり私製ダイヤより数分早い。かなり修正が必要かもです。
直線から曲線に入る所はよく使われる構図ですが、さてどのタイミングで撮るかは悩むところです。
ここは姫路方も気に入りました。緩い坂を越えてくるところは好みです。
向こうの橋はR373。鉄道橋と同じく千種川にそそぐ支流に架かっています。鉄道橋の名称は釜島川橋梁。
この列車は該当するスジが無い。普通のコンテナばかりかと思ったら後半は西濃で統一された編成でした。
ずっと同じ場所で撮るのも何だし、どうせダイヤは乱れてるんで更に上郡方を探索。鉄橋を渡って最初の踏切は時代劇のロケにも使えそうなカンジ。
振り返れば立派なお寺。代掻きは終わってるようですがまだ田植えされてないのが残念。
踏切から下り列車を。この列車も該当するスジはなし。
ここは上り列車が私好みの構図で撮れます。少し先の灌木が邪魔して編成後部が見えん。5070レのスジに近いんですが、やはり私製ダイヤより5分くらい早いなぁ。
続いてきたこの列車は少し引いて撮りました。このくらいがマイベストです。一週間後だったら手前の田圃も田植えされてたかもしれませんね。牽引は久々に見た901号機でした。機関車次位の赤いMDIタンクコンテナは新居浜から来るヤツかなぁ?
名前は寺の下三踏切。のんびり撮れる良い場所なんでまた来たいと思います。ただ夏は日陰がなくて暑そう。
鉄橋の所に戻って下り列車。
こちらも不明の上り。鉄橋の名前入れて撮ろうとしましたが上手いこといかん。
このくらい引くと入ります。特急はだいたい私製ダイヤ通り来るんで、やはり貨物は乱れてるんだと思います。
編成からして多分1055レ。ほぼ時刻通りでした。
後追いしてたら遠方にウララが見えました。
岡山発相生行きです。JR西の電車は線区を問わずだいたいこの顔つきになりましたね。
ここは踏切脇の茂みが日陰を作ってくれるので助かります。柵がありますが、やはりイノシシでも出るんかなぁ。
鉄橋の名前にこだわりすぎて中途半端なことに。この上りも不明。
これとか、
これも。この日はこう言うのが何枚かありました。昔、コンデジでも似た症状があったんです。SDカードの不良かと想像して交換しました。
上の写真の続きですが、この列車は無動回送を繋いでました。12時23分で列車番号は不明。
回送されていたのは146号機。後のコキも札が入ってますから回送でしょうね。
一時近くになり、自転車を返却してホームへ。12時54分でしたが、この時間に上りのスジは無し。
今度は下りが来ます。緩い坂と曲がった線路が良いカンジです。朝は駅外に行かずここで撮れば良かった!ずらりと並んだモニターが列車をお辞儀して迎えてる様に見えます。階段とホーム屋根が上郡方に偏ってるので先頭位置を固定した結果だと思います。向かいの上りホームには停止位置目標がズラッと並んでます。
12時57分は新潟発の2073レが近いスジですがどうでしょう?この次来たら最初はホームで撮ろうと決めて引き上げました。
先日、撮り鉄に行った帰りに山陽電鉄のこちらの駅に寄り道してきました。
朝イチの高速バスで舞子に着いた直後から下り貨物が続けて通過します。ほとんど諦めてますが、ひょっとしたら撮れるかな思ったんですわ。これは明石方向を見ています。柵の直ぐ横が下り列車線、ちょっと近過ぎ。
上り列車にはエエかも。ただ、明石方は緩くカーブしてる上にホーム端まで行けません。まあ、エエ場所ならとっくにネットに出てますわな。
徳島に舩本うどんと言ううどん屋さんが何店かあって、先日駅前のアミコ地下にも店が開業。ウチは家内も讃岐うどんが好きじゃないんで、これ幸いと行ってみました。私は鰺フライ付きのセット。
家内は正統鳴門うどんと言ったカンジのヤツ。大阪うどんや伊勢うどんみたいな「やりこい」うどんです。駅前に土休もやってる手軽な店が出来てよかった。
こんぴらさんに行くつもりで買っておいた回数券の期限が迫り、志度線と長尾線の乗り鉄で消化してきました。
琴電はこんぴらさんへの本線は何度か乗ってますが、長尾線と志度線は初乗です。先ずは長尾線で長尾に向かっています。交換がなくても右側に停まることがありますが、これも利用者の便を図ってでしょうね。
運転台脇の非常梯子に小さい鞄が下がってました。中にスーパーの袋が敷いてあるようで、最初はくず物入れかと思ってたんですが、後で回収した使用済み切符を入れる為だと判明。
終点近くなると味わい深い区間が出て来ます。
電車区間にスプリングポイントは何か不似合い。
終点の長尾駅が見えてきました。
降りる前に銘板を確認。昭和53(1978)年の東急車輌製。平成23年の改造は琴電への転入時か?
長尾駅改札口。琴電の凄いところはバスも含めて交通系ICカードが使えることです。徳島も見倣うてほしいわ。
駅舎外観。よく言えばちょっと洋風のお洒落な造り。二階のバルコニー?の柵にもこだわりが感じられます。
長尾と言えば八十八箇所霊場の87番札所・長尾寺。遍路装束の方が多かった。
ここに来た目的は「甘納豆おはぎ」。毎週拝見してる「どーらく」様のXで以前見かけて買うてみたいと思ってました。
土休限定販売で日によっては午前中に売り切れと出ていたんで急ぎ入手。
帰ってから撮ったんでカメラの下敷きになって原型をとどめてませんが、名前から想像するのと違い、穏やかな甘さで美味しかった。
おはぎも買えたんで今度は志度向かいます。帰りの電車は川重製。昭和46年と言えば1971年で徳島の蒸機が廃止された年です。
KHKは京浜急行。これは50数年前のもんか?
琴電は二両でワンマン運転してます。秩父鉄道もそうでしたが、特にワンマン対応の設備がなく、運転士さんはいちいち立ち上がって後方確認とドア開閉をせんといかんので、大変な負担やと思います。JR四国は二両でワンマン運転の場合、後方車両を締切り扱いせずに運用する際は信用降車方式としていますが、発車時の後方確認はどうしてるかな?
うどん県ですから麦畑が多い。
瓦町で志度線に乗り換え。
結構長い連絡通路で動く歩道まである。
志度線ホームにやっと到着。
旧・名古屋市営地下鉄車両が走ってると言う予備知識はありました。
小雨降る中、志度駅に到着。標準軌がもったいない様な狭い車体。
ここの駅舎もええ感じです。
ICカード読取り機もなかなか馴染んでますね。奥にはちゃんと便所もある。
通りから見るとかなり地味な感じで、車で通ると見落としそうなカンジです。
直ぐ先が海で、その先にうっすら見えるのはたぶん屋島。
駅の表示や案内所の類いも頻度の高そうな言語に対応。この辺もJR四国に勝ってますね。
雨も降ってるし、散策せずに次の電車で戻ることに。常用されて無さそうなこちらの線は、どう見ても二両填まりませんがちゃんと出発信号機もあり。工事用の単行車両みたいなのがあるんか?
1974年の日車製。名古屋ですから日車はわかりますが、改造が京王です。えらい長距離移動してきたんやなぁと感心。
有名な海沿い区間。天気が良ければ降りてみたかった。その前に併走する高徳線もチラッと見えたんですが撮れず。
再び瓦町に戻って築港方面に乗換。
ビルの一階部分に乗換駅が入ってる構造。奥が築港方面で一番右の線が長尾線だと思います。
奥の電車が停まってる所は片原町駅。7百メートルちょっとの区間に踏切多数。
一番手前の人が通ってる所は車不可みたいですが、車が通ってる所はR11、一番奥は有名なアーケード街を横切る踏切。
予定より早く乗り鉄が終わったんで、一本早く帰ろうと思ったら何と運休中・・・もうコロナ減便ではなく、供給過剰ということでしょうね。港に行って船を見ながら時間潰し。徳島県民には羨ましい新ホール建設が着々と進められています。開業後、エエのが来たらいっぺん観に来てみたい。
おなじみのフェリーや高速艇に混じって初めて見る船がいました。屋島の直ぐ沖の、国立療養所がある大島に渡る船で、「Sea Road」様のサイトによると厚生労働省所管だそうです。
この後は開業後初めて駅の「オルネ」をちょっと見物してオシマイです。
「眉山も新緑から深緑へ」と言う文言も考えてこの写真を用意してたら本日梅雨入り。。。かなりの風雨で一日中籠もってました。
先日NHKの徳島版でもやってましたが、西新町の再開発に伴う解体が始まりました。これは先月末で、アーケード内に廃材搬出用?の車両が居ました。
上の写真の額縁屋さんの向かいは洋菓子屋さんでした。ずうっと前は駅前の一番町にあったと思います。いつ頃出来たんか知りませんが、帰省したとき「ケーキはここんが一番美味しいんじゃ」と家族が言ってました。さて、その後どうなったんかと検索してみましたが不明。
右側にはこの日も営業中の店もありました。前方左側で解体が始まってるようです。奥の東新町のアーケードもなんとかせないかんな。
新町橋通りに面した所。右側の電気屋さんで先月だったか在庫処分みたいなことやってたんで覗いて見ましたが、白熱球とか蛍光灯とか今は使えんもんが多かった。看板の二桁の市内局番に時代を感じます。左側の角には化粧品屋さんがあって、わりと最近まで営業してたと思います。
右はつい最近まで営業を続けていた八百秀の入っていた建物。子供の頃、右手に映画館があったなぁと検索したら「消えた映画館の記憶」と言うサイトがあって、どうも新町劇場あるいは新劇と言う映画館だった様です。
新町橋南詰。右の囲いの所にあった元交番が解体されたのは以前載せましたが、西側のビルも解体が始まってました。
上の場所の反対側から。八百秀が移転してから中は空っぽの様です。
新町橋を越えて藍場浜公園入口付近から。赤い清涼飲料水の看板が無くなって眉山がだいぶ見えるようになりました。これからもどんどん眺めが変わっていくんでしょうね。
やっと本文です。
瀬田駅に向かう途中でひだに追い越されましたが、なんと2両。この区間を走る特急としては最短でしょうね。シーズンでもなければ利用は少ないんかなぁ。
瀬田駅上りホーム米原方で1058レを待ちました。
前にも書きましたが、篠原まで100キロ超の切符ですが途中下車出来んと言ういやらしさ。ホンマは瀬田川の鉄橋で撮りたかったんですが、駅撮りするしかありません。
初めてでしたが、なかなかエエ場所やったんで1081レもここで撮りました。
桃太郎は正面から撮るんがあんまり好きやないんですが、なかなかそうはいかん。
1055レは草津で。難しい場所やと言うんはネットで見ていましたが、篠原至近の途中駅で改札内に売店があるのはここしかなかったんで食料調達のために寄りました。
シノヤスでの貨物時間帯まで間があったんで栗東も降りてみました。草津以東だと単純な複線で間が取れんな。
篠原に着いて最初は1071レ?私製ダイヤより10分くらい遅かったんで確定出来ませんが。線路南側ではまさにこの日田植えの真っ最中。
56レ。去年までは一昨年建て替えられた古い架線柱が残ったままでごちゃごちゃしてました。さすがに古いヤツは撤去されましたが、何やらゴツいカンジになりました。
ありがたいことに線路脇は除草されてスッキリ!さすがは上場会社やぁ。
この前は確か須磨で見たか?大河ドラマは今回欠かさず観てます。
1070レまではほぼ楽しく撮影。
この写真だけで季節が当てられるか?篠原到着前の電車からこの光景を見て思わず声が出そうになりました。
去年の穭がそのまま残って耕耘されてません。
こういう風景を期待して来たんですがねぇ。
安土-能登川に移動しようかとも考えましたが、もう昼近くで断念。
これは5060レでしょうね。いつも機関車次位は空ですが、今日は一両だけで後にAKCのが載ってるんが救い。
天気はエエし編成はキレイやし後は田圃だけ。これで今から田植えするんかなぁと心配になります。
過去の例からみると5月20日過ぎ辺りで、今回は3日ほど早かったと言うことになるんですがどうでしょう。散歩中の方(農家の方ではなさそう)に伺うと、この辺はもともと遅いそうですが。
とは言え、1200トン列車がほぼ障害物無く撮れるのは魅力です。18切符でまた来てみようと思います。
これは62レです。
5085レだと思います。JFEの無蓋コンテナも久しぶりに見ました。
1072レかな。この日は各列車積載率そこそこ良かったんですが、こいつは気の毒な感じ。
5085レでJFEの久しぶりに見たとおもったらこっちにも載ってました。さっきは幌を被せた荷が載ってましたが、こちらは橋桁みたいな太いヤツ。隣にタンクコンテナ三基が載るのも同じ組み合わせ。コキ一車に三基載せられると言うことは空か?
帰りに備え、1050レは光善寺川鉄橋の所で撮ろうと戻る途中で59レが先に来てしまいました。
のんびりしすぎたようで急ぎ坂を上ってなんとか1050レを。もっと右側で撮りたかったんやけど。
鞄にパンが残ってるのを見つけて食べてる途中で65牽引の下り貨物が。北旭川発5087レの様です。まったく油断してました。
失意のまま篠原を去り、最後に尼崎に寄りました。ネットでは大阪方で格好良く撮られた写真を見かけるんで、さっきも撮った5085レを。機関車が交換されてますね。撮ったホームが良くないのか、あるいは工夫が足りないのかネットで見たようには撮れませんでした。
日没が19時過ぎになったんで、夕暮れの撮影に行きたいんですが、梅雨入りしてどうなるやら。
6月、と言うことは今年も半分が過ぎようとしてますわ。梅雨のせいか6月と特定出来る古い写真がなくて、今回はとうとう飛行機です。それでも6月の誕生石に絡めて真珠号。まだ日本国内航空の時代で、もちろんこの時代に飛行機なぞ乗ったことはありません。徳島空港から初めて乗ったのはずっと後で合併して東亜国内航空になってからでした。日本国内航空の前、日東航空が吉野川橋の袂から水上機デハビランド・オッターを就航させていたのは知ってますが、はて見たことあったかなぁ?
飛行機がらみで。ちょっとやり過ぎ?あるいは演出かと思わせるような写真です。左の方のいかにも「お役人様」然とした態度がすごい。初の女性社長、しかも非主流の旧・東亜国内航空出身だそうで、エライ時期に就任されたもんやと同情します。
これからの季節はこっち関係も気をつけないけませんね。こう言う上手い標語は大好きです。
お役所と言えば、市役所北側でこの写真の右端辺りにあった水道局が移転して駐車場になったのは去年の話ですが、今度は線路寄りの植込みも撤去されて駐車場?になりそうです。新しい市長さんが早速行動を起こしたんか?
市役所前から警察署と裁判所を見たところ。ここにあった跨線橋は撤去されて随分経ちますが、ハナシがあった代替連絡通路は未だ出来ず。ホールの場所変更で棚上げやないでしょうね?
今月は毎年趣味誌各誌で貨物が特集されることが多く、楽しみにしてたんですがダイヤが載ったのはDJ誌だけでした。それも関係ありそうなのは北陸方面が少しだけ。結局不明部分は解消されずです。
田植えシーズン本番、毎年本命としている勝占に今年も行って来ました。
今年は丁度良い時期に行けたと満足です。程よく苗が伸び、田植えが終わった状態が分かりつつ水鏡出来る。これ以上苗が伸びると写りにくくなりますからね。
5月11日の朝、1・2枚目は525D,これは522Dです。
この朝は風がほとんど無く好条件が重なりました。
もうね、列車が写ってなくて見られる写真やと思います。
40・47の最初は鳴門から直通の527D。白い部分がとんでますね。
後の山も良い状態です。樹の種類で緑の色が違ってますが、もう少しすると濃くなって違いが目立たんようになると思います。
こっちは47二連の524D。
一枚だけ田植えしてない田圃があります。遠目には麦が実ってるようにも見えますが、去年の穭がそのまま残ってるんです。
526Dの頃になると風が出て来ました。
8時を回って529D。
この時間帯は1200が圧倒的に多い。
お気に入りの中津峰背景ですが、少し波立ってまったく写らず。
注目の八千台特急。
有料特急のワンマン化がついに四国にも出そうとネットに出ていました。JR九州や「南紀」の末端1区間では既に実施されてるそうですから、四国は遅い方?
「南紀」の車両なら最新型で案内表示も充実してるでしょうが、185ではワンマン化は難しいでしょうね。
531Dの頃には陽がだいぶ高くなり、少し伸びた苗だと季節が進んだ感じがします。
毎年少なくとも一回は線路脇の雑草が刈られてるハズで、そろそろかと期待してます。雑草もさることながら灌木も伐採してほしいですわ。
534Dは勝浦川鉄橋北側に移動。
雑草に埋もれそうな40・47を撮ってオシマイです。