先日、撮り鉄に行った帰りに山陽電鉄のこちらの駅に寄り道してきました。
朝イチの高速バスで舞子に着いた直後から下り貨物が続けて通過します。ほとんど諦めてますが、ひょっとしたら撮れるかな思ったんですわ。これは明石方向を見ています。柵の直ぐ横が下り列車線、ちょっと近過ぎ。
上り列車にはエエかも。ただ、明石方は緩くカーブしてる上にホーム端まで行けません。まあ、エエ場所ならとっくにネットに出てますわな。
徳島に舩本うどんと言ううどん屋さんが何店かあって、先日駅前のアミコ地下にも店が開業。ウチは家内も讃岐うどんが好きじゃないんで、これ幸いと行ってみました。私は鰺フライ付きのセット。
家内は正統鳴門うどんと言ったカンジのヤツ。大阪うどんや伊勢うどんみたいな「やりこい」うどんです。駅前に土休もやってる手軽な店が出来てよかった。
こんぴらさんに行くつもりで買っておいた回数券の期限が迫り、志度線と長尾線の乗り鉄で消化してきました。
琴電はこんぴらさんへの本線は何度か乗ってますが、長尾線と志度線は初乗です。先ずは長尾線で長尾に向かっています。交換がなくても右側に停まることがありますが、これも利用者の便を図ってでしょうね。
運転台脇の非常梯子に小さい鞄が下がってました。中にスーパーの袋が敷いてあるようで、最初はくず物入れかと思ってたんですが、後で回収した使用済み切符を入れる為だと判明。
終点近くなると味わい深い区間が出て来ます。
電車区間にスプリングポイントは何か不似合い。
終点の長尾駅が見えてきました。
降りる前に銘板を確認。昭和53(1978)年の東急車輌製。平成23年の改造は琴電への転入時か?
長尾駅改札口。琴電の凄いところはバスも含めて交通系ICカードが使えることです。徳島も見倣うてほしいわ。
駅舎外観。よく言えばちょっと洋風のお洒落な造り。二階のバルコニー?の柵にもこだわりが感じられます。
長尾と言えば八十八箇所霊場の87番札所・長尾寺。遍路装束の方が多かった。
ここに来た目的は「甘納豆おはぎ」。毎週拝見してる「どーらく」様のXで以前見かけて買うてみたいと思ってました。
土休限定販売で日によっては午前中に売り切れと出ていたんで急ぎ入手。
帰ってから撮ったんでカメラの下敷きになって原型をとどめてませんが、名前から想像するのと違い、穏やかな甘さで美味しかった。
おはぎも買えたんで今度は志度向かいます。帰りの電車は川重製。昭和46年と言えば1971年で徳島の蒸機が廃止された年です。
KHKは京浜急行。これは50数年前のもんか?
琴電は二両でワンマン運転してます。秩父鉄道もそうでしたが、特にワンマン対応の設備がなく、運転士さんはいちいち立ち上がって後方確認とドア開閉をせんといかんので、大変な負担やと思います。JR四国は二両でワンマン運転の場合、後方車両を締切り扱いせずに運用する際は信用降車方式としていますが、発車時の後方確認はどうしてるかな?
うどん県ですから麦畑が多い。
瓦町で志度線に乗り換え。
結構長い連絡通路で動く歩道まである。
志度線ホームにやっと到着。
旧・名古屋市営地下鉄車両が走ってると言う予備知識はありました。
小雨降る中、志度駅に到着。標準軌がもったいない様な狭い車体。
ここの駅舎もええ感じです。
ICカード読取り機もなかなか馴染んでますね。奥にはちゃんと便所もある。
通りから見るとかなり地味な感じで、車で通ると見落としそうなカンジです。
直ぐ先が海で、その先にうっすら見えるのはたぶん屋島。
駅の表示や案内所の類いも頻度の高そうな言語に対応。この辺もJR四国に勝ってますね。
雨も降ってるし、散策せずに次の電車で戻ることに。常用されて無さそうなこちらの線は、どう見ても二両填まりませんがちゃんと出発信号機もあり。工事用の単行車両みたいなのがあるんか?
1974年の日車製。名古屋ですから日車はわかりますが、改造が京王です。えらい長距離移動してきたんやなぁと感心。
有名な海沿い区間。天気が良ければ降りてみたかった。その前に併走する高徳線もチラッと見えたんですが撮れず。
再び瓦町に戻って築港方面に乗換。
ビルの一階部分に乗換駅が入ってる構造。奥が築港方面で一番右の線が長尾線だと思います。
奥の電車が停まってる所は片原町駅。7百メートルちょっとの区間に踏切多数。
一番手前の人が通ってる所は車不可みたいですが、車が通ってる所はR11、一番奥は有名なアーケード街を横切る踏切。
予定より早く乗り鉄が終わったんで、一本早く帰ろうと思ったら何と運休中・・・もうコロナ減便ではなく、供給過剰ということでしょうね。港に行って船を見ながら時間潰し。徳島県民には羨ましい新ホール建設が着々と進められています。開業後、エエのが来たらいっぺん観に来てみたい。
おなじみのフェリーや高速艇に混じって初めて見る船がいました。屋島の直ぐ沖の、国立療養所がある大島に渡る船で、「Sea Road」様のサイトによると厚生労働省所管だそうです。
この後は開業後初めて駅の「オルネ」をちょっと見物してオシマイです。
いやあ~寒いです。徳島は日本海側の大雪に比べたらマシやと言いますが、突然雪が舞い出すのには驚きです。年末年始は温いらしいですから今は耐えるしかないか・・・
夜明け前の豊橋からこだま号に乗って出発するところから開始。
この前日、東京で内輪の同窓会があり久々に上京したのを利用して、帰りはサンライズを姫路で降りてフェリーで小豆島に渡って帰ろうと目論んだんです。で、姫路からのフェリーを調べてるところで気になる情報が出てました。
全く知らなかった航路ですが、この機会を逃せば乗れんなぁと言うことでこっちに変更。ところが何とサンライズが取れん!去年もほぼ同じ時期の同窓会で、コロナの時期やし空いとんだろと思って数日前に聞いたら満席。なので今年は一ヶ月前の翌日くらいに聞いたんですが、やはり満席・・・やむなく一泊することにしたんですが、東京ではフェリーに間に合わん。名古屋辺りが丁度良いんですが、豊橋の方が安いんでこっちにしました。それでもサンライズの「のびのび座席」なら1万円くらいで済むところを東京-豊橋に豊橋-姫路の新幹線+宿代で大変な出費増となりました。。。
姫路からの新快速を赤穂で乗り換えた総社行きはほぼ原型のままの115-300代。ドアの開閉ボタンが付いたくらいかな?
日生に到着。前後の「そうご」「いり」も漢字で書かれると結構難読駅。「にっせい」の駅前に居ると電話して犯罪がバレたとか・・・
相生方に
岡山方。単線とは言え電化路線で、昔は「つくし」の1往復がこの線経由で走ってました。確か、この交直両用急行型の間合い利用で多客期の季節臨として夜行鷲羽の続行便が運転されてました。昔、宇野発は徳島出発日の翌日になるのを失念し、指定券乗車日を間違えた恥ずかしい思い出があります。
記録してる方もチラホラ。
ホームは一段高い所。この道路の反対側は直ぐに岸壁。
駅の隣で乗船券購入。
折返となるフェリーが到着。昔の宇高フェリーと同じ様な感じですが、船首に荒天対策あるいは日除けか、可動式の覆いが付いています。休止後はどうなるんだろ?
船内に売店あり!
神姫バスの観光バスを始め結構載ってました。ちょうど寒霞渓の紅葉シーズンでした。
直ぐ隣に小型フェリーが繋がれてます。検索すると大生汽船のチャーター用19トン型。このタイプのフェリーは乗るときか降りるときにバックせないかん芸予型と言うやつ。
東の方の島にキレイな橋が架かってます。地図で見ると「備前♡(←ハートのマーク)日生大橋」と言う凝った名前。
西の方では児島消防署所属の化学消防艇が点検か修理中。
日生港のある入り江も多島美と言うか瀬戸内海らしい風景。
瀬戸内海→フェリーとくればうどん、早めに注文しとかんと売り切れることが多いンです。
10:45に出港。
さっきの変わった名前の橋が繋いでるのは鹿久居島(かくいじま)。ウィキによると岡山県最大の島だそうです。
その鹿久居島から更に南の頭島にも橋が架かっています。
この頃、右舷では鴻島が見えます。別荘の島らしいです。
この島には橋が架かってないんで、さっき日生港で見た小型フェリーが活躍してる様です。
いや凄い数の別荘。電柱が目立ってお洒落でないなぁとやっかみ。
左舷では大多府島。灯台と建物もいくつか見えます。
曲がったんで後を見たら漁船と航路がクロスしていた様です。
瀬戸内海では一般的な19トン型高速艇と反航。高福ライナーで検索したら姫路-家島航路を運航する会社の様ですが、ここはだいぶ航路から外れてるんでチャーター船かもしれません。
凪いだ海にブイが目立ちます。これも「大そわい」で検索するとオオソワイノハナサキ北東灯浮標だそうです。グーグル地図にも表記がありました。もうすぐ大部港、ここで南西に変針です。
小豆島が見えてきました。寒霞渓のある山にガスが掛かってキングコングが住んでる山みたな感じになってました。
大部港全景。
船尾から見ると気味悪いほど凪いでました。
まもなく接岸。桟橋には折返便に乗る方々が待機中。この港も定期航路はなくなりますね。
バイクや自転車も結構乗ってました。手前の白いクルマは関東のナンバー。
県道に出て大部のバス停で半時間ほど待って、北回り福田線のバスに乗ります。フェリーから7人が乗換。皆さん男性一人、たぶん私と同じく記念乗船かな?
バス停背後に学校。小豆島で学校と言えば二十四の瞳ですが、ここは関係なさそう。
この県道を西に進むと姫路からのフェリーが着く福田港。
半時間近くバスに乗って島の北西側を回り、オリーブタウンで慌ただしく乗り換えて土庄港へ到着。
何と言っても土庄は小豆島の表玄関ですね。
高速艇後部に開放デッキがあったんでしめしめと思ったら、この船やなかった・・・これは豊島に行くヤツらしいんで以前乗ったことがあるはず。
港入り口にカドヤの工場があってゴマのエエ香りがします。
ここから暫くガラス越しの写真が続きます。。。
出航後に反航した白いフェリー。新岡山港と土庄を結ぶ国際両備フェリーの「おりんぴあどりーむ」の様です。
高速艇は小さくて乾舷が低いんで泳ぎながら撮ってるような絵になります。
天気が良くてべた凪。
外で撮りたかったわ。
反航するオリーブマリン号。今乗ってるスーパーマリン号と同型?
女木島から派手なフェリーが出て来ました。ジャンボフェリーの配色に似てる気がします。
ここらを通ると必ず撮る、岡山・香川県境の大槌島。右のフジトランスのRORO船も今年三回目くらい。
高松港に建設中の香川県立アリーナ。中四国最大らしいですよ。徳島は場所さえ未だ決まらず・・・生きてるウチに出来るかいな?
向かいには「しょうどしま丸」が接岸中。赤いファンネルとジェットエンジンみたいな意匠は宇高フェリー時代から続いてます。
反対側には屋島。小学校の遠足以来行ってない。気候が良くなったら登ってみるかと思いつつ、高速バスで帰宅しました。
毎回同じようなこと言ってますが、もう11月です。今年も残りあと二ヶ月ないんです。
ここは佐古駅の德島方で、今は高架になってるところです。当時は田んぼがあって、横には田宮川に繋がった貯木池もありました。昔は稲刈りが今みたいに早くはなかったんです。
10月末の日曜日、市役所前から東の方を撮った写真です。今年は各地とも11月になっても夏日が続出してるそうで。寒暖差が激しいと着るもんに困ります。
水間(みずま)鉄道から続きます。
貝塚で電車に乗ったときは東急の旧車をほとんどそのまま使ってる味気ない鉄道って言う印象だったんですが、終点の水間観音駅はそこそこ装飾がありました。
やはり何かのロケ地だったようです。
改札辺りは門前駅のせいか、琴電琴平駅に雰囲気が似てる気がします。
改札直ぐ横のうどん屋とか、
駅正面のラーメン屋とか気になる店が多い。
隣の時計屋さんはもうやってなさそうですが店構えは素晴らしい。昔、レイアウト用の駅前商店は大体こんなカンジでした。
観音さんということですが、駅舎は異国の寺院みたいに見えます。奥の商店も由緒ありそう。戦災を受けてないんかもしれません。
直ぐに折り返すんでサラッと見ただけでしたが、ゆっくり散策したい街です。
さて、来るときと逆コースで和歌山市駅に戻り、今度はJRで和歌山駅に行きます。
JRホームの横に加太線の電車が停まってました。後で乗る予定です。
この駅も乗換はちょっと戸惑います。加太線の電車が別の私鉄みたいなカンジですわ。
このJRの電車が2両ワンマンとは言え最新型でビックリ。非常用梯子はどう見ても忘れてて後から付けた雰囲気。誰かの忘れもんみたいです。
JR和歌山駅に戻って、次は和歌山電鐵に乗り換えます。右側にチラッと写ってるのが和歌山電鐵のホーム屋根。
ここの乗換も独特。駅改札はJRで、共用通路でホームに上がると和歌山電鐵の改札が改めてあります。銚子駅の銚電乗り場みたいなカンジ。
和歌山電鐵はネコ電車が有名ですが、今回当たったのはこの赤いヤツ。外観から元・南海車とわかります。
これがまた凄い!JR九州の観光列車みたいな設え。それもそのはず、ウィキで調べたら水戸岡鋭治氏らしいです。
車内中央にあるのは猫用貴賓席?
約半時間で終点の貴志駅。いかにもローカル私鉄と言った良いカンジのホーム。
改札を出るとネコづくし。駅舎の屋根に注目です。
駅長室らしい。
なにから何まで。
折返時間6分で見るだけ。
やっぱり初代は別格、まさに救世主やったんです。
ここも直ぐの電車で折返。さっきのJRでは黄色い非常梯子があったんで、これは消火栓かと思ったら運賃箱。ぜったいカネ払えよ!と言う強烈な存在感。
途中は草ボーボーでもカーブ部分はPC枕木に交換済み。
途中で交換した「たま電車」。これのキーホルダーを持ってます。
耳を付け、端のクーラーキセを駅長帽子に見立てた凝りよう。
これは撮りに来たいなぁと思える箇所がいくつかありましたわ。
最後は先に和歌山市駅で見た黒い加太線の電車に乗ります。これもかなり凝った造りで、注目すべきはつり革取っ手。魚形が主で、優先席は音符形。水間鉄道とはエライ違いです。
目出度い、鯛がモチーフ。
20分ちょっとで終点の加太駅。ジャンパ栓がいっぱいあって、ごっついカンジが良いですね。
南海の支線ですが別の会社の線みたいです。
さて、和歌山市駅に戻り、徳島に戻るフェリーに乗るため和歌山港へ向かう時にとんでもない失態を!今回の乗り鉄で心配だったのは和歌山市駅でJRから加太線電車に4分で乗り換えるところでした。なんとかクリアして加太線往復し、後は和歌山港行きに13分乗換と言うことで、お握りや飲み物購入して乗り込み食べ始めてました。お握り一個喰ったところで発車せんので、アレッと思って確認したら乗ってた電車はなんば行き各停・・・上の写真で7の番線表示から手前が7番線(和歌山港方面)で、車止めで仕切られた先は5番線(なんば方面)なんです。
気付いたときには既に和歌山港行きは出た後。急ぎ駅前のタクシー乗り場に行って聞いたら「今からじゃ無理」と言われ、結局フェリーを一本遅らせる羽目になりました。フェリーに接続する電車は一本だけですが、夕方ラッシュ時で非接続の電車があり、それに乗って何もない和歌山港駅で1時間以上の時間調整。
当初予定では徳島港着18:30で、船上から沈む夕陽を撮れるのを楽しみにしてました。
寂しく和歌山港の岸壁から撮ることに。
この日は中秋の名月だったんです。これも岸壁から眺めました。
船上から製鉄所夜景。徳島には予定より3時間遅れで着いたんですが、接続する市バスがまだあったのは嬉しかった。
10月末とは思えない陽射し。私は超寒がりで暖冬は歓迎です。
DJ誌は本文記事ではなく、この付録目当てで買いました。山陽本線の岡山から西とは大変シブい。間もなく広島公開ですからあっちに撮りに行く人達には歓迎されるやろなぁ。いっぺん行ってみたいです。
RJ誌の先月号は特集の地方私鉄もよかったんですが、ウリの紀行文「凋落のメインライン」シリーズが今回は何度か行った室蘭本線で懐かしかった。
「秘境駅が一番賑やか」・・・シーズンならそうでしょうね。
和歌山から大阪にかけて中小私鉄や南海の支線が散在し、前からいっぺん行きたいと思ってはいたんです。
その時には使おうと思っていてた南海フェリーと南海電車のセット切符「好きっぷ」が10月から値上げになると言うのに後押しされて9月末に行ってきました。
徳島港から「フェリーあい」に乗船。2019年就航のこの航路最新鋭船で私は初めての乗船です。
直ぐに展望デッキに上がって撮りまくり。徳島港は右の新町川と中央の園瀬川の合流地点にあります。
中央に園瀬川に掛かる津田橋。右手は昔は造船所だったんですが今は船は造ってなさそう。津田橋の遠方に尖った山頂の山が見え、ひょとして剣山かと思っていましたが、検索すると12番札所がある神山の焼山寺山ではないかと思います。「遍路ころがし」と呼ばれる最大の難所らしい。
河口に掛かる高速道路の橋。まだ一車線部分的に出来てないのか?出来てから何年か経ちますが、取付部が未完成でせっかくの投資も活かされてないカンジです。
左舷に赤の灯台。灯台の向こうに薄らと淡路島が見えます。
左舷は大神子の方。
左舷遠方には和田島の海自ヘリ基地。右は赤石埠頭のガントリークレーンだろうけど、荷役中の船は居ませんね。
このくらい沖に出ると眉山がその名の通り眉の形に見えます。見えづらいですが、眉山の裾で中央付近の茶色の四角い建物が県庁。徳島は高い建物が少ないんで、その右手にある市役所と共に存在感あります。右の眉山と同じぐらいの長さの橋は吉野川の一番河口にある高速道のサンライズ大橋。これもまだあんまり活かされてなさそう。
うっすら大鳴門橋も見えます。左の取付部は大毛島で左端に小鳴門海峡がチラッと写ってます。
淡路島の手前にある沼島。沼島の前は海の色が違ってますが、鳴門海峡からの流れだろうと思います。
出航後1時間10分で反航する「フェリーかつらぎ」。大きさはほぼ同じですが20年も先輩。向こうの主機は新潟で、こちらの「あい」は珍しくダイハツだそうです。
典型的な内航用タンカー。満載時は甲板を波が洗う様なカンジの船は瀬戸内海でよく見かけます。
コンテナ船が漂泊してるような。
南の方、紀伊水道の先は太平洋。
紀伊半島の山が重なって見えます。こう言う風景は大好きです。
わずかに動いてる?コンテナ船がクレーン装備してるのは珍しいと思います。コンテナ以外の荷物も扱うのか、あるいはコンテナ荷役設備のない港に対応するためか?
紀伊水道は阪神と太平洋を結ぶ航路ですから交通量が多い。
さっきの船は水先案内人を待っていた様です。この時は和歌山港から来たんかと思ってましたが、先日このパイロットと書かれた船が洲本港にいるを見ました。
とにかくこの日は天気が良く、波も穏やかで写真撮りまくってました。海の上で撮れるのはめったにありませんからね。
瀬戸内海も良いですが、この辺もキレイです。
あっちは有田の方か?
そろそろ和歌山入港。
元・住友金属だった製鉄所。縮小されながらも高炉は一基残ってるみたいです。
和歌山港入港。沖に鉱石運搬船が居ますね、ここではいつも見かけます。
さて、連絡通路を通って和歌山港駅ホームへ。~港と付く駅で今も船車連絡を行ってる貴重な駅です。屋根の木造部分が短くなったような気がします。
「好きっぷ」は南海線が難波まで乗れるんで、この日予定していた一番遠い水間鉄道の貝塚駅へ。
貝塚と言えば私らの世代にはニチボー貝塚で有名ですが、なんとサザンは停まらないので泉佐野で急行に乗り換えて来ました。南海の駅と屋根付きで繋がった通路の先で待っていたのは元・東急7000形。
この電車もステンレスの車体が丈夫なのか、あちこちで使われてますね。18mと言う長さも手頃なんやと思います。
座席のモケットは替えてるようですがほぼ東急時代のままの様なカンジです。
東急時代のまま、と言えばこれも!関西には縁の無い店ですよね。
改造を担当した会社は初めて知りましたが、南海に関係が深い会社の様です。
途中駅ではお座敷レイアウト並の急曲線。
終点の水間観音には車庫もあります。左の旧型車は何かのロケに使ったヤツ?
ここで後編に続きます。
そろそろ入道雲の出番は終わりにしてほしい。
8月の今頃の時期の西日が嫌いです。阿波踊りも高校野球も終わった夏休みの終わり頃みたいな、社会人になってからは日曜日の夕方みたいな、あの憂鬱な感じ。クーラーとか無かった時代の、阿波の夕凪と呼ばれた時間帯を思い出しますわ。
撮り鉄とか乗り鉄行って時間があるとNF文庫を読むことが多いです。最近読んだ本に徳島関連が二題載ってました。
白菊や市場飛行場の話は他の本でも読みましたが、松茂に米軍搭乗員の碑があるのは初めて知りました。
今年の18切符1回目は観音寺へ。普通列車しか使えませんから高徳線上り一番列車の特急の10分後に出る310Dで出発。高松到着時点で特急との差は40分に広がります。ちょうど10分後に同じホームから312Dが出ますが、こいつは途中停車が長いので高松着は19分後です。
7月末近くで、6時ではすっかり陽が昇ってます。今回は観音寺駅で貨物を撮るのと、ラーメンを食べるのが目標。
最初に寄ったのは讃岐府中駅横を流れる綾川の鉄橋。ここで71レを待ちます。
最近は放置状態の「キョーちゃんブログ」様で以前何度か拝見して、いっぺん来てみたいと思ってました。讃岐府中はホームからは何度か撮りましたが、坂出方は初めて。
結果としては、こっち側から撮るんは失敗でした。今度は向こう側が降りられるなら試してみます。
その後は宇多津のホームで暫し撮り鉄。
千年回送と南風のすれ違いは9時丁度。
高松へ向かうしまんとを切り離した南風が煙幕を展張しながら瀬戸大橋に向かいます。
岡山から来たしおかぜが到着。左側では高松発のいしづちが併結のため待機中。
しおかぜがホームに入って信号開通。
四国の電車では一番好きな8600。増備されず、8000形に二度目の更新をすることが発表されてガッカリ。
高松行きは2両で先に発車。
岡山行きは5両で。形態も配色も格好いいと思うんですわ。
観音寺は10年くらい前に帰省の途中で宝くじ買うために寄ったことがあります。当時も気になった駅前の倉庫がまだ健在でした。
目的のラーメン屋が海沿いで、歩くのはしんどい距離なんで自転車を借りました。
炎天下を一ノ谷川沿いに進んで港にあるお店に到着。
観音寺の沖に伊吹島があって、ここのイリコはブランドもんです。
いりこだしのラーメン。地元の方が昼食に次々と来店されてました。
店の前から伊吹島への船が出ています。いつか行ってみたいです。
港のカンジはこの前の多度津に似てる気がします。
食後の目的は駅での3071レの撮影。ストリートビューで見たら柵が低くて撮れそうに思えたんです。
ホーム横のみかん選果場。昔はここにも引き込み線が敷かれ、ミカン列車が運転されてたらしいんで痕跡を探しましたが見当たらず。
どこで撮ろうかと駅の回りを二周くらいウロウロ。
松山方の踏切近くで待つことに。ここで上りしおかぜと交換です。
瀬戸内の疾風、しおかぜ号の到着。
この道路は昔、選果場に入る線路が敷かれてたんやないかと想像しました。
三面四線全てが列車で埋まってます。各停は当駅始終着となる列車が多い。
3071レの出発。高松で下ろしてしまったのか前の方は空コキ。
昔、湘南で見かけた赤いMDIのタンクコンテナ。住化ロジティクス所有ですから新居浜行きと分かります。
その後の各停で多度津へ。池田行きに乗り換える前に3079レを撮れました。
数少ない多度津発阿波池田行きは部活帰りで結構混んでましたが、財田を出る頃には乗り鉄風だけが残りました。それでも一般客と思しき方も数名県境を越えてました。
静かに車窓を見ていた乗り鉄も坪尻では動きが出ます。この日は滝も見えました。
各停の本数が減ってからこっち方面にはほとんど来なくなり、箸蔵の大俯瞰も久しぶりです。
池田から徳島行き各停まで1時間くらいあるんで本町通りを散策することに。
古い建物が多い散策に適した通りです。
洒落た店もあって寄ってみたかったんですが、時間が中途半端で断念。
うだつがある建物も多い。今度は昼食に時間を合わせて来てみたいもんです。
ちょっと空が怪しくなってきたので急ぎ駅に戻りました。
池田からは474Dで帰徳です。これでも高徳線経由よりは早いはず。日中、大坂峠を越える列車が少なすぎる。と、言うところでオシマイです。