カワセミ側溝から(旧続・中岳龍頭望)

好きな言葉は「のこのこ」。好きなラジオ中継「相撲」。ちょっと苦手「煮た南瓜」。影響受けやすいけど、すぐ忘れます。

蚊取りは縦でもかまわない?

2021-10-19 | culture

 小津安二郎の「浮草」を見ていて、あっ、と思い出した。蚊取り線香が立てて煙をたてている。僕の家では蚊取り線香を焚く習慣は無いが、子供のころにはそうではなかった。そうしてそのころは、蚊取り線香は横であるというのが普通の情景だった。それだけでは無くて、あっと思い出したのは、だいぶ以前に読んだ村上朝日堂(後で調べたら、正確には「村上朝日堂の逆襲」であった)で、村上春樹が何故だろうと疑問を呈していたのを思い出したのだ。 そういえば小津映画なのである。村上春樹が指摘していたのは「東京物語」での場面だったが、それも見た記憶(それも何回か見たから)があるのでうっすらとは覚えているが、確かにあれは奇妙だった。しかし東京物語は白黒映画で、蚊取り線香らしき物体は、まあそんなもんかな、というディティールである。ところがこの浮草の方はカラー作品である。ちょっと色味が古くて後から足したような妙に濃い色のところがあるけれど、古い町並みも色が付いていて分かりやすい。そうして蚊取り線香は、緑色の渦巻きから白い煙をたてているのであった。
 今回このように思い出したので、再度子細に見る機会を得たわけだが、それでまた少しびっくりすることがあった。蚊取り線香の渦巻きの真ん中には、蚊取り線香立ての金具の部分が入り込むように小さな割れ目のような穴が開いているはずだ。それはそのように空いているのだが、小津の映画では、この割れ目部分に金具を差し込んでさえいないのだ。縦の蚊取り線香は、何かひっかけ爪のような形をしているように見える。燃えてはならないので金具には違いないだろうが、黒っぽいひっかけ爪にちょこんとまさに縦にひっかけているだけなのだ。これでは最後当たり燃えて小さくなったら、下の皿に落ちてしまうだろう。蚊取り線香だからめったなことでは消えないだろうが、しかし落ちるときにどこかに転がったりすると、危険な場合だってあるんじゃなかろうか。
 やっぱり小津監督は変わった人だったのかな、とか感じ入ってしまったのだけど、しかし今はネット社会である。一応検索してみると、さらに驚かされることになる。
 なんと、縦置き用の蚊取り線香の道具がたくさん売ってあるのだ。詳しくは実際に検索して確かめてほしいのだが、僕が子供のころから一般的に見たことがある豚の蚊取り線香置きについても、立てて線香を置ける商品が存在していた。いったい何ということだろう。僕の人生でこのような香取線香置の存在が知られないまま蔓延していたなんて、そんなミステリなことってあるのだろうか。
 場所の問題であったり、インテリアとしての見た目であったり、デザイン上の工夫もあるだろう。縦だと立体的になって、大小の変化の仕方そのものを楽しめるという考えもあるのかもしれない。夕方の草払いの作業の人など、腰にぶら下げている人だっているわけで、蚊取り線香は置物としてだけ存在しているわけではない。僕や村上さんのように、無知でそのような形態を限定して夢想してはならないのである。
 とはいえ、やっぱり世の中というのは、それなりにシュールなものなのかもしれない。
コメント
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