刑務所の前/花輪和一著(小学館)
漫画、全三巻。凄い作品であるという噂を聞いて、ずいぶん前に買ってはいたが、積読のまま月日が過ぎてしまった。書類に埋もれていたのを、ああそういえばと手に取ったら、ぐいぐい引きこまれて読むことになった。まさにむさぼり読むという感じだろうか。
著者は銃刀法違反で実刑を受けた経験があるようだが、そういう経緯を含めた体験談が語られているはずの内容である。そうであるのだが、実はいきなり時代劇(おそらく室町)でもあり、鉄砲鍛冶屋の娘の視点で、親子の屈折した憎悪や愛などを描いたものである。あまりにも内容が錯綜してあり、とても一言では筋を語ることはできないが、著者の銃に対する強い偏愛も描かれるし、デフォルメした銃の収集喜劇も挟まれる。刑務所の克明な生活の記録もあるし、銃そのものを丹念に描いた世界も十二分に描かれている。ものすごく変だけど、ものすごくリアルで、なおかつ得体のしれない説得力がある。いや、とても理解できない世界なのだが、その理解できなさ加減が半端なくて、ただ呆れているが、同時に引き込まれてしまうのである。まさに魔力的な世界観である。
この作品では主に娘の視点から、母や父との関係を描いているのだが、この関係は、おそらく著者の実体験が元になっているのではないかということが、容易に想像される。凄まじい憎悪の中でもがき苦しんでいるわけだが、同時にふっと冷めた視点や科白が挟まれて、しらっとしたりギョッとしたりさせられる。いったい何なんだこれは。という妙な宗教観が随所に挟まれていて、人間というものが本当に恐ろしい存在のように見受けられる。デフォルメがあるのだが、こんな苦しい世界にありながら、人間は生き続けなければならないのだろうか。親にどうして欲しいという思いがありながら、しかし苦しめられた自分というものがあって、おそらく復讐もしたいのである。しかしそれは自然任せというか、自分自身で何か実行した結果ではない。いざ境遇が変化すると、今度は冷たく距離を置いて、自らも泣くのである。冷めた視点で見ると、妙にバカバカしいようなやり取りがあるのだが、しかし事は大仰で残酷で、そうして救いが無い。うげええ、とか、うぎゃああ、とか、そういう偽濁音で呻かなければしっくりこないような感情が渦巻いており、実際にぐあああ、というようなぐちゃぐちゃな気分にさせられる。
この作品に驚愕し、同時に感心してやまないプロのファンがたくさんいるだろうことは、それだけこの世界が、異常で素晴らしいからである。感動するとかしないとか、そういう次元では語ることのできない傑作漫画である。