そもそも好きな人なんているのか疑問だが、会議は開催される。もちろん必要をもって会議がもたれるのは分からないではないが、しかし、そんなに必要なのか疑問があっても、会議には呼ばれるものである。ごくたまに有意義なものが無いではないが、あまりそういう体験はしない。しかしながら少ない人数のものは比較的意見があり、会議としては成立していると思われるが、特に問題なのは、大人数での会議ではなかろうか。形骸化しているだけでなく、順に発言するようなものは、特にひどい。誰も発言しないのは論外であるが…。
しかしである。こういう会議を開催したい人が一定以上いるのも確かであるように感じられる。そうしたほうがいいと真面目に考えていたり、真剣にそういうものが正しいと信じているような人が、実際に存在するのである。だからこそ会議が開催されているわけで、さらに大人数化するのである。正直言って多くの人数が集まるようなものは、一定以上になれば(例えば20人程度)メールで送信して済んでしまいそうな内容化しているように思われる。また、多くの場合は責任逃れで開催されているように感じる。既成事実が肝心で、責任を分散させて形骸化させてしまうからである。さらにそういう席で発言するような奇矯な人の意見が生かされるような、異常事態になる。反論するとさらに面倒なことになりそうで、ざわつきながらも、変なものがまじめに取りざたされたりする。ウンザリを目撃しても、何もできない。そういう人が参加しない会議を欲して、また別の会議が開催されたりする。ものすごく無駄が増産される。呼ばれなくなることを願っても叶うわけが無く、病気になって引退するよりない。まったく恐ろしい人生だ。
ということで、大人数会議撲滅運動が必要ではないか。まずは採決のために集まりましょうか?